第17話:二階の絶対聖域と、逃げ場なき『愛してる』
一階のリビングで、レンとレイが二人きりのシュールで壮絶なポッキーゲームを繰り広げていた――ちょうどその頃。
二階にあるアキの自室は、完全に外界から遮断された重厚な静寂と、濃密な愛の熱気に包まれていた。
カチャリ、と重い錠前が下りる小さな音。
アキは自室のドアに静かに鍵をかけると、抱え込んでいたさくらの華奢な身体を、ゆっくりとキングサイズのベッドの上へと降ろした。
「あっ……アキくん……っ! 本当に鍵までかけちゃうの……? 下にはレンくんたちもいるのに……っ」
ベッドのシーツに沈み込みながら、さくらが上気した頬をさらに朱に染めて見上げてくる。乱れた黒髪、潤んだ瞳、そして可憐な部屋着の襟元から覗く、うっすらと赤紫色の痕跡を残す真っ白なうなじ。
「下に誰がいようと関係ない。あの場に留まっていれば、不必要な雑音がお前との時間を邪魔するだけだ。ここはお前と俺だけの絶対聖域だ」
「もう……どこに行っても密室にしちゃうんだから……激重なんだよ……っ」
さくらは照れ隠しのように小さくポカポカとアキの胸元を叩くが、その表情にはアキの拘束を深く喜び、受け入れている甘い温もりが宿っていた。
アキはベッドの上に膝をつき、逃げ道を塞ぐようにさくらの両脇に手をついた。目の前に迫る過保護な絶対守護神の圧倒的な体躯。さくらの背中にチリッと甘い緊張感が走る。
「さて……さくら。一階で王様ゲームの興が削がれた以上、二人きりで別のゲームを始めるぞ」
「えっ……? 別のゲーム……?」
首をかしげるさくらに、アキはポケットから静かに一本のポッキーを取り出し、さらに低く甘い声で告げた。
「——『愛してるゲーム』と『ポッキーゲーム』の複合だ」
「っっ!?!?! なん……なにそれ!? 聞いたことないよぉ……っ!」
「俺が今作った。ルールは至って単純だ。このポッキーの両端を互いに咥え、一本ずつ噛み進めながら相手に『愛してる』と言い合う。照れて顔を逸らした方、あるいは言葉が詰まった方の負けだ」
「む、無理無理無理っ!! そんなの絶対無理だよアキくんっ!! 普通に『愛してる』って言われるだけでも恥ずかしくて死んじゃうのに、至近距離でポッキー食ベながらなんて……っ!」
顔を林檎のように真っ赤にしてぶんぶんと首を振るさくら。だが、アキの辞書に「さくらの拒否」という選択肢は最初から存在しない。
「拒否権はない。負けた方には、お仕置きとして相手の『どんな命令』でも一つ聞く権利が与えられる」
「命令って……どう考えてもアキくんが勝って、私に激重なお仕置きする気満々じゃない……っ!」
「勝負はやってみなければ分からん。……さあ、始めぞ」
アキは容赦なくポッキーの端を自分の唇で咥えると、顔を下げて反対側の端をさくらの可憐な唇へと押し当てた。
「んむっ……!?」
強制的にポッキーを咥えさせられたさくら。目の前わずか数センチの距離に、アキの彫刻のように整った顔立ちと、吸い込まれそうなほど深い漆黒の瞳が迫る。アキの放つ圧倒的な体温と過保護な圧迫感に、さくらの心臓がドックン、ドックンと早鐘を打ち始めた。
「……始めるぞ」
ポキッ——。
アキが躊躇なく一口分を噛み砕く。距離が一気に縮まる。アキの深い瞳が、さくらの瞳を捕らえて離さない。
「……さくら。愛してる」
「っ〜〜〜〜〜〜っっ!??!?」
低く重厚で、一切の迷いもない「愛してる」の響き。それだけでさくらの脳内は容量オーバーを起こしそうになる。
(う、嘘でしょ……!? アキくんの『愛してる』、重すぎて威力が格闘技レベルだよぉ……っ!)
だが、ここで負ければ何を命じられるか分からない。さくらは必死に照れを押し殺し、意を決してポッキーを一口噛み進めた。
ポキッ——。
「……あ、アキくん……っ。あ、愛してる……っ!」
震える声、今にも消えてしまいそうな可憐な囁き。だが、その一言はアキの中の独占欲と理性を激しく揺さぶるには十分すぎる破壊力を持っていた。
(……くっ、可憐すぎる。このまま押し倒して貪り尽くしたい衝動を抑えるのが至難だな)
アキは冷徹な鉄の理性を極限まで動員し、さらに一口噛み砕いた。
ポキッ——。
二人の距離は、ついに鼻先が触れ合うほどの数ミリ単位へと突入する。アキの熱い吐息が直接さくらの唇に吹きかかり、吐息すら共有する密着状態。
「さくら……世界が滅びようと、お前を誰にも渡さない。俺の命と引き換えにしても……愛している」
「ひあぁぁっ……!?!?」
ポッキーゲームの域を超えた、ガチすぎる重圧な求愛。
さくらの瞳からポロポロと涙がこぼれそうになるほどの甘い限界突破。至近距離で見つめられるアキの瞳の中に、自分しか映っていないという圧倒的な事実に、さくらの心根が限界を迎えた。
ポキッ——とさくらが自分から噛み進める前に、ポッキーの残りはわずか数ミリ。二人の唇が、かすかに触れ合った。
「……ふぁ……アキ……くん……っ。私、もう……無理……っ」
「参ったか?」
「まい……参りました……っ。アキくんの……愛が重すぎて……勝てるわけないよぉ……っ」
さくらが白旗を揚げた瞬間、残ったポッキーの破片がベッドの上へと転がり落ちた。
「……勝者は俺だな」
「うぅ……バカ……激重……っ。で、どんなお仕置き……命じるの……?」
さくらは敗北を受け入れ、上気した顔で覚悟を決めるように目を閉じた。
アキはあいつの腰を強く引き寄せ、そのまま完全に抱きすくめると、あいつの耳元へと顔を寄せた。
「命令だ。……これからの人生、一秒たりとも俺の側を離れるな。俺に愛され、俺に過保護に甘やかされ続けることを……死ぬまで受け入れろ」
「っ……!」
さくらは目を開き、驚きに目を丸くした。だが次の瞬間、溢れんばかりの愛おしさに瞳を潤ませ、ふわりと可憐に微笑んだ。
「……そんなの、命令じゃなくて……私の一番の願いだよ……っ」
「さくら……」
「だから……お仕置き、ちゃんと実行してね? アキくん……んっ……!」
さくらが自分から背伸びをし、アキの首元に手を回すと、自分から唇を重ねてきた。
敗者の「お仕置き」を受け入れるための、甘く自発的な口づけ。
アキの瞳に宿る凶暴な所有欲が、一瞬で弾けた。
「……覚悟しろ。途中で『重い』と泣いても、二度と離さん」
アキはあいつの後頭部を強く固定し、逃がさないよう深く、粘着質に舌を滑り込ませた。
「んむッ……!? んん……ッ……ふぁ……っ……アキ……くんっ……!」
ポッキーの甘い香りと、二人だけの深い唾液の音が、二階の完全密室を満たしていく。何度も角度を変え、あいつの口腔の甘さを貪り、うなじに新しい噛み痕を刻み込んでいく。
一階でレンが「この家に正常な奴は一人もいねぇ!」と絶叫していたその瞬間、二階のベッドの上では、常識を超絶した二人の不滅の絆のリフレインが、より深く、濃密に絡み合っていたのだった――。




