第16話:残された二人と、冷厳なる王政復古
アキが膝の上のさくらを抱きかかえたまま、「俺たちの絶対聖域を邪魔するな」と言い捨てて二階の自室へと姿を消してから、十五分が経過していた。
静まり返ったリビング。テーブルの上に残されたのは、冷めかけたピザの箱と、二人分の割り箸の束。
「……行ったな」
ソファの背もたれに深く身体を預けながら、橘零は短く息を吐き出した。
端正で透き通るような白い肌、胸元まで届く美しい黒髪、そして華奢で可憐な身体つき。誰がどう見てもどこかの令嬢と見紛うばかりの美少女――それが橘零の容姿だった。
……だが、その中身(精神)は、クラスで最も冷静沈着かつ男気溢れる武闘派の「男児」そのものである。
「行ったな……。相変わらずアキのやつ、さくらちゃんのことになると周りが一切見えなくなるな」
対面に座る桐生蓮が、ジュースの缶を握りしめながら呆れ顔で頭をかいた。
「白石も白石だ。あそこまで甘やかされて、よく正気を保っていられる。……まあ、互いに狂気的なまでの相思相愛だから成り立っているのだろうがな」
レイは細く美しい指先で眼鏡のポジションを静かに直すと、テーブルの端に放置された割り箸へと視線を落とした。
「で? 桐生。主役の二人が離脱した今、お前はどうするつもりだ? 大人しくピザの残りを処理して解散か?」
「えーっ!? なんだよそれ、寂しすぎるだろ! せっかくパーティーなんだから、もっと遊ぼうぜ!」
「……遊ぶと言っても、男(精神)二人で何をするというんだ」
「何って……まだこの割り箸が残ってるじゃん!」
レンがニヤニヤしながら、手元に残った割り箸をシャッフルし始めた。
「おい……まさかとは思うが、二人だけで王様ゲームを続行する気か?」
「当たり前だろ! アキに横取りされて一度も王様になれなかったんだぞ? 俺だって一回くらい『王様』の権力を味わいたいんだよ!」
「くだらん……」
レイは吐き捨てるように呟き、腰を上げようとした。
見た目は華奢で小柄な美少女だが、内面は超硬派な男。男友達と二人きりで甘ったるいパーティーゲームなど、反吐が出るほど興味がなかった。
「待てよレイ! 頼むから一回だけ! 一回付き合ってくれたら、今度部活の帰りにラーメン奢るからさ!」
「……チッ。ラーメン大盛り、トッピング全マシなら考えてやる」
「よっしゃ! 交渉成立!」
レンが満足そうに笑い、割り箸の束をレイの前に突き出した。
レイは心底面倒そうに、だが男としての約束を果たすため、一本の割り箸を指先で引き抜いた。
そこに書かれていたのは——『王様』の二文字。
「……は?」
レンが目を見開く。レイは冷徹な眼差しで、割り箸の文字をレンに突きつけた。
「……桐生。どうやらお前には、王としての資質が根っから欠落しているらしいな」
「なんでだよおおおっ!? アキに続いてレイまで一発で王様引くのかよ! この家の重力どうなってんだよ!?」
「泣き言を言うな。……ゲームを提案したのはお前だ。王の命令には絶対服従、それがルールだろう?」
レイはソファに深く腰掛け直すと、長い脚を組んだ。
少女のような細く可憐な脚でありながら、その醸し出す雰囲気はまるで冷酷な絶対君主そのものだった。中身が男気溢れる精神であるからこそ、その威圧感はアキのそれとはまた違う鋭さを持っていた。
「くっ……! 言っとくけどなレイ、俺に『ジュース買ってこい』とかパシリみたいな命令出しても面白くないぞ!」
「安心しろ。私(俺)はお前のような浅はかな男とは違う」
レイは静かに目を細め、組んだ脚の上に肘をつくと、美しい顔立ちに不敵な笑みを浮かべた。
「……命令だ。1番——桐生蓮」
「へっ? 俺が1番だけど……」
「お前は今から、そこにあるポッキーを口に咥えろ。そして——反対側を私(俺)に咥えさせろ」
「……は!????!?」
レンの絶叫がリビングに響き渡った。
「な、なに言ってんだよレイ!? それって……ポッキーゲームだろ!? 男同士でポッキーゲームとか、何の罰ゲームだよ!!」
「問答無用だ。お前が言い出した王様ゲームだろう? 拒否すればラーメン十杯のペナルティを科す」
「容赦ねぇぇぇっ!!」
レンは青ざめながらも、テーブルの上のポッキーの箱から一本を取り出し、震える手で端を口に咥えた。
「く、咥えたぞ……! これで満足か……!?」
「フッ……甘いな、桐生」
レイはソファから静かに立ち上がると、しなやかな動作でレンの目の前へと歩み寄った。
見た目は完全に、守ってあげたくなるような可憐な美少女。だが、その瞳に宿る眼光は凶暴な肉食獣のそれだった。
レイは躊躇うことなく顔を近づけ、レンの口から伸びるポッキーの反対側を、自身の小さな唇でしっかりと咥え込んだ。
「っ……!?!?」
目の前に迫る、レイの圧倒的に美しい顔面。
至近距離で合わさる視線、可憐な少女特有の甘い体香、そして真っ直ぐに自分を見つめてくる澄んだ瞳。
(う、嘘だろ……!? レイのやつ、中身は完全に男のくせに……なんでこんな顔が可愛いんだよ……っ!?)
レンの心臓が、ドクンと激しく脈打ち始めた。
ポキッ、ポキッ——。
レイは一切の躊躇もなく、淡々とポッキーを噛み進めてくる。距離が、数センチ、数ミリ単位で縮まっていく。
「ちょ……レイ! 近い! 顔が近いって……っ!」
「黙れ。動けば唇が触れるぞ」
低く冷静な声。だが、その距離の近さに、レンの顔は一瞬で爆発したように真っ赤になった。
ポキッ——。
残りの長さは、わずか一センチ。
レイの柔らかい吐息が、レンの唇に直接吹きかかる。少女の可憐なビジュアルと、内面の圧倒的な男前さのギャップに、レンの理性が悲鳴を上げていた。
「っ……降参! 俺の負け! 降参だぁぁぁっ!!」
耐えかねたレンが、思わずポッキーを力任せに折り取って後ろへ飛び退いた。
「ハァ……ハァ……っ! お前……容赦なさすぎるだろ……っ!」
心臓をバクバクさせながら胸を押さえるレン。
一方のレイは、残ったポッキーをサクッと美味そうに噛み砕き、満足そうに口元を拭った。
「……フッ、口ほどにもない。王の命令を最後まで遂行できんとはな」
「お前が容赦なさすぎるんだよ! 見た目はあんなに可愛いのに、中身が凶暴すぎるだろ……!」
「見た目などただの器だ。私(俺)の魂はいつだって男前だからな」
レイはフッと不敵に口角を上げると、組んでいた脚を解き、再びジュースを一口啜った。
——その時。
「……ふたりとも、下で何騒いでるの?」
二階の階段から、衣服を少し乱したさくらが、真っ赤な顔で顔を覗かせていた。その後ろには、さくらの腰をガッチリと抱え込んだアキが、冷酷な眼差しで下にいる二人を見下ろしている。
「……騒々しいぞ。俺とさくらの甘美な時間を邪魔する気か」
「あ、いや……なんでもないです……」
レンは引きつった笑みを浮かべるのが精一杯だった。
二階で繰り広げられている圧倒的な過保護と狂気の甘々。そして、一階で繰り広げられた精神男児系身体女児による超硬派な攻め。
(この家に正常な奴は一人もいねぇ……!! くそっ、このカオス空間を突破するには、いつものメンツを全員召集するしかねぇ……っ!)
レンはスマホを取り出すと、グループチャットに『アキの家で特大打ち上げやるぞ! 今すぐ全員集合!』と緊急送信した。
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