第12話:前夜祭の密約と、暗がりの中の独占欲
文化祭の前日。日没を過ぎた校内は、明日の本番に向けた準備の熱気が未だ冷めやらず、いたるところで生徒たちの笑い声や作業音が響いていた。
だが、そんな喧騒から離れた北校舎の三階――明かりの落ちた渡り廊下の奥にある美術準備室は、完全な静寂と闇に包まれていた。
「アキくん……ほんとに、こんなところで作業の続きをするの……? 教室はまだみんなが残ってるし、戻ったほうが……っ」
薄暗い室内。月明かりだけが差し込む窓辺で、さくらは抱え込んだ看板用の木枠を胸元でぎゅっと抱きしめ、不安そうに俺を見上げていた。
「戻る必要はない。教室には不必要な男どもが群がっている。あいつらの視線にこれ以上、お前を晒させる気はない」
「もう……アキくんのバカ。みんなで協力して文化祭の準備をしてるんだよ? 私、学級委員長なんだから、ちゃんと最後まで現場にいなきゃ……」
「お前が現場に立ち続ける理由は、俺がすべて代行した。看板の仕上げも、シフトの調整も、すべて俺の手で終わらせてある」
「え……っ!? いつの間に……っ!?」
さくらが目を丸くして息を呑む。当然だ。今日の午後、俺はプロのGKとしての圧倒的な集中力と動体視力をフル活用し、さくらに割り振られていた残務処理を一人で完璧に完遂させておいた。すべては――この前夜祭の夜、さくらを誰の邪魔も入らない密室へと連れ出すための計算通りだ。
「だから言ったはずだ。今日という夜のお前の時間は、すべて俺が買い取った、とな」
「か、買い取ったって……っ」
呆れと戸惑いの混ざった吐息をつくさくら。だが、俺は猶予を与えることなく歩み寄り、あいつの腰を抱き寄せてそのまま大型の作業机へと押し上げた。
「あっ……!? アキ……くんっ……!?」
机の上に腰掛けさせられる格好になり、さくらの視線が俺の胸元と並ぶ。逃げ道を塞ぐように俺が両手を机につき、あいつの可憐な体を完全に自分の胸の中に閉じ込めた。
「静かにしろ。夜の校舎だ。声を張れば、見回りの教師に来られるぞ」
「ん……っ……! 見回りに来られたら困るのはアキくんでしょ……っ! こんな……暗闇で私を押し倒すみたいにしてるなんて見られたら……っ」
「見られたところで何の問題もない。俺がお前を愛でているだけだ。文句のある奴がいれば、力ずくで排除するまで」
「そういうところが激重だって言ってるの……っ!」
真っ赤になってぽかぽかと俺の胸を叩いてくる弱々しい拳。その愛らしい抵抗を、俺は右腕一本で容易く包み込み、あいつの指先を指と指で固く繋ぎ合わせた。恋人繋ぎだ。
「さくら。明日から文化祭が始まる」
「う、うん……」
「お前はあのクラシカルな衣装を着て、接客に立つことになる。……正直に言えば、今すぐにでもあの衣装を切り刻み、お前を自宅のベッドに縛り付けておきたい気分だ」
「ひ、激しいよ考えが……っ! 切り刻んじゃダメだからね!?」
「分かっている。お前が楽しみにしている行事を台無しにするつもりはない。……だが、俺の独占欲には限界がある」
俺は低く甘い声で囁きながら、繋いでいない方の手であいつの柔らかい顎を掬い上げた。月明かりに照らし出されたさくらの唇は、うっすらと濡れ、桃色に熟している。
「だから、前払いの『保険』を受け取る」
「え……保、険……んっ!?」
さくらが言い終える前に、俺はあいつの唇を自分の唇で強く塞いだ。
「ん……ふ……ッ……! んん……ッ……!」
昼間の嫉妬と、明日への独占欲が入り混じった、深く激しい口づけ。あいつの可憐な口腔内を俺の舌で幾度も割り割り、甘い蜜を隅々まで貪り尽くす。さくらの背中が弓なりにしなり、繋ぎ合わされた指先がキュッと俺の手を強く握り返してきた。
「んあっ……っ……アキ……くん……息が……っ」
一度唇を離すと、銀色の糸が月光にきらりと光る。荒い息を吐くさくらの首元――一昨日の試着の際に俺が残した噛み痕へ、俺は容赦なく再び前歯を立てた。
「っあ……!? ん――――ッ!!」
声にならない甘い悲鳴が準備室内に響く。逃げ出そうと身をよじるさくらの腰を強く引き寄せ、逃がさないよう自分の体に密着させる。皮膚を通じて伝わる、あいつの激しい鼓動と高い体温。そのすべてが俺のものだという優越感が、脳内を濃密に麻痺させていく。
「あ……ぁ……っ、また……跡が……深くなっちゃう……っ」
「深くなればいい。明日の文化祭、その下着と衣装の下には、俺の牙痕が刻まれていることを一秒たりとも忘れるな。誰に話しかけられようと、お前の体は俺の絶対聖域の中にある」
「バカ……っ。そんなこと言われなくても……忘れるわけないじゃない……っ」
さくらは目元に薄っすらと涙を浮かべながらも、愛おしそうに俺の首元に両手を回してきた。自分から俺の胸元へと額を擦り付け、甘えるように吐息をつく。
「私のだって……アキくんしか見えてないんだよ? どれだけ多くの人が来ようと、私が本当に見てほしいのは……アキくんだけなんだから……」
「……さくら」
「だから……明日、一番に私に会いに来てね? アキくんだけの私でいさせて……」
おねだりするように見つめてくる可憐な瞳。俺の中の猛烈な過保護と所有欲が、あいつのその一言によって完璧に満たされていく。
「当たり前だ。お前の一番近くに立つのは、世界で俺一人だけだ」
暗闇の美術準備室で、俺たちは互いの存在を確かめ合うように、夜が更けるまで何度も唇を重ね合わせた。明日から始まる祭りの狂騒すら、二人の絶対的な絆を彩る背景に過ぎないのだから――。
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