人間と魔族の時間
「——以上、今回の贈答品となります。詳細はこちらの資料をご確認ください」
北部の魔族領との境にて、辺境伯であるドラッヘン卿は軍を率いてもはや長らくの伝統である魔族領との対峙をしていた。
国民や諸外国向けの建前上は魔族との問題が発生したため軍を国境に配備しているということになっているが、実態としては軍事力の誇示のための観兵式と合わせて行われる大規模な交易、および魔族の代表たちとの会談を円滑に進めるための警備目的というのが正しい。
ドラッヘン卿は今回から病に伏せている父に代わりに代表として会談に出席していた。何度も会談に臨む父の姿は見ていたが、いざ自分が代表になるとその責任に苦しい気持ちになる。もはや数百年の伝統かつ定期的に行われているような儀礼的な交渉とはいえ、魔族は人族とは異質な存在で文化も言葉も違っている。彼らの失礼のないように、かつ下手に出すぎて舐められてもいけない、と気を張りなおす。
しばらく後、国境沿いの平野に臨時で建てられた大型の天幕にて、王国の代表たちと魔族の代表たちが机を挟んで向き合っていた。
魔族の代表たちは多種多様な姿をしている。人族からは"魔族"とひとくくりで呼称することが多いが、彼らも一つの種族というわけではない。また会談に参加しているのも王国と隣接している地域だけで、魔族領全域で統一的な国家があるというわけではない。そこは人族と同じではある。
会談相手の魔族の国は魔族たちのなかでも主に獣魔族と呼ばれるような動物的な特徴を持つ種族たちの支配地域となる。虎や狼のような毛皮と顔の特徴を持つ種族や、鱗肌の蛇のような種族などがおり、それぞれの種族に代表となる族長がいる部族性国家とも言える。
さらにその部族長たちをまとめている実質的な王と言えるのが竜族だ。竜族は長命かつ賢くそしてなによりも強いという魔族の価値観としても代表となるに相応しい種族であり、なによりも実利重視で余計な争いを好まないという点が王国としてもありがたい存在であった。正式名ではないが彼らの国を竜王国と呼ぶこともある。
会談の魔族代表の位置には当然ながら竜族の者が鎮座していた。
彼の本名は人族の口では発声が難しいが通称としてヴォルナク氏と呼ばれている。彼は竜族の族長ではないがそれなりに偉い立場であるらしく人族から見ても高貴な生まれなのだろうというのは一目でわかるような存在であった。本来は人の何倍も大きいが魔法にも長けており、現在は人族より少し大きい程度の背丈になっている。
会談にてお互いの贈答品に関する交渉が完了し、少し空気が弛緩したときにヴォルナク氏がドラッヘン卿をじっと見つめ話しかけてくる。
『我々は人族の区別が難しいがいつもの代表と違うのはわかる。彼はどうした』
魔族語を人間が聞き取るのは困難なため会談は基本的には魔族側の文官による魔族語の口述筆記を介した翻訳で行っている。ドラッヘン卿はそれを聞いて、前の代表は老齢で病に伏せているため息子の私に代表が変わったと伝えた。
『そうか、君は彼の息子か。人族の命は短い、彼に大地の祝福があるように祈る』
父への気遣いにドラッヘン卿は感謝を返す。聞く話によるとヴォルナク氏は数百歳を超えており、曾祖父の代にはすでに代表としていたらしい。人族が歴史書でしか伝えられないような時を彼は生きて知っているのだ。
会談が終わり、ヴォルナク氏は元の大きな竜の姿に戻り飛び去って行った。
ドラッヘン卿はその姿を見送ったが、彼の竜族としての圧倒的な存在感にしばらく心が揺れ動いていた。自分は女神様を信仰しているがもし彼と言葉がそのまま通じるのであれば竜族を神として信仰していたかもしれないな、そう考えてしまうほどに永い時間を生きている彼に対する畏敬の念を得てしまっていた。
ドラッヘン卿はいずれ自分の息子に代表が変わるときにも同じようなやり取りがあるのだろうか、その時は私も彼に祈ってもらえるのだろうかと未来と時の流れについて遠く思いを馳せていた。




