8話:私の夢と女神の夢
夢を見ていた。小さい頃から一緒にいる友達と一面の草原を歩いている夢。
ふと遠くに人影が見えた気がした。遠くで女の人がこちらをただ見ていた。
表情はよく見えなかったけど、笑っているようにも泣いているようにも見えた。
「——ムちゃん、レムちゃん、歩きながら考え事してると危ないわよ」
レムはその声にはっとして前を向く。今朝見た夢を思い出していたらついぼうっとしていたようだ。街から近い明るい森とはいえ足元は平坦な場所だけではない。歩くときに考え事をするのはいろいろと危ないなと思いなおす。
心配して声をかけてくれたのはレムの祖母だ。祖母は町の薬師として暮らしており、森に生える様々な薬草に詳しい。レムも薬師見習いとして、今日は一緒に森に採集に来ていた。
祖母はほほに手をあてわざとらしくため息をつく。
「まったく、ノル君が一緒にいないとすぐこれなんだから」
ノルは関係ないでしょ、と慌てて訂正するが実際まったく影響がないかというと否定しにくい。彼は父親の仕事に付いて行って最近しばらく町を離れている。寂しくないかというと嘘になるし、一人になるとどうしても考え事が多くなってしまう。
祖母はそんなノルの表情をみてくすくすと笑うと、少し休憩にしましょうかと言ってしっかりとした大木のそばに近寄り腰かけた。レムもそのとなりに座る。
ふたりで水と軽食を取りつつ、レムは今朝見た夢のことを祖母に話した。夢にでてきたあの女の人は女神様なのかなと聞く。
「そうかもね。皆が夢の中にそれぞれの女神様の姿を見るといわれているわ」
祖母も自分も何度も夢にみたことがあると言うと、少しのあいだ遠くを見たあとに静かに言葉を紡ぐ。
「……この歳まで何度も女神様の夢をみてるとね、なんだか私が女神様の夢をみているんじゃなくて、私の見ているこの世界のほうがもしかしたら女神様が見ている夢の中なのかもって思ったりもするわ。だって人として生まれて息子や孫にも恵まれて幸福もいつか過ぎ去りいずれ死ぬなんて、なんだか不思議な、それこそ夢みたいな話だなって時々思うのよ」
レムはいつもしっかりしている祖母がそんなふんわりとした不思議な感覚を持っているのは意外だなと思った。ただ自分も今朝起きた後はなんだか世界が夢の続きのような気持ちにはなったのでそういう感じなのかなとも考えた。
しかしもしこの世界が女神様の夢だとしたら女神様が起きたらどうなってしまうのだろうか、自分の見ていた夢というのが起きた後にどうなるのかなんてわからないしなとレムはなんだか複雑な気持ちになる。
「さてね、私たちが夢から起きたあとも女神様を憶えているように、女神様が夢から起きたあとも私たちのことを憶えていてくださるならいいんじゃないかね」
死んだ後にただ消えてなくなるよりは夢のある話さ、と言って祖母は立ちあがる。
歩き出す祖母の、昔よりも小さくなってしまったその後ろ姿をみて、レムは夢だとしても現実だとしても今の祖母のことは私が憶えておかないとなと思った。




