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人と魔族と悪の定義

「町からもってきた商品、食料も道具類も全部売れちゃったね。もっともってくればよかったかな」

「いやいや、在庫は確かにあったがそんなに積んだら馬がつぶれてしまう。帰りもあるんだから無理させたら可哀そうだろう」


 王国北部辺境領のとある酒場にて、少年と壮年の男性が食事をとりながら今回の商談について話していた。

 二人は商人の親子である。先日どうやら北部で対魔族領向けの軍の動員があるらしいとの噂を聞きつけ、王国西部の町から商品を急いで積んで運びこみ、先ほどやっとすべて買い手の倉庫に卸し終わったところであった。得意先の商会の支店にかなりいい値で買い取ってもらえ今回は大成功の商いである。

 辺境領は噂で聞いた通り近隣から動員された兵士が大勢魔族領との境に配備されているらしく、様々な物資や人を積んだ馬車が町をたくさん行き交っていた。

 軍が動くと経済も大きく動く。同じような勘のいい商人たちが各所から集まってきているらしく、酒場も大盛況であった。他の人たちより早めについて宿が確保できてよかったなと少年は思った。


「しかし魔族との戦争なんてもう何百年もやってないんでしょ。なんかこんなに軍を集めるなんて大げさなかんじだなあ」

 少年は歴史を噂程度でしか知らないが、昔の約定により魔族との戦争はもうほぼやっておらず、ここ数百年はもっぱら人間同士の国でしか戦争していないということぐらいは知識として知っている。

 いまでも森などで遭遇する野良の魔物は怖いが、人間のように賢い魔族となると今では魔族領にしか住んでいないと聞くし、むしろ自分たちにとっては商品を狙う盗賊などの人間のほうがよっぽど怖いぐらいだと少年は思っていた。


 父親は麦酒をぐいっと呷り、口についた泡をぬぐってから話し始める。

「まあ父さんも魔族のことは正直あんまりしらないんだがな、それこそ約定を結ぶ前にはこの辺境領でも魔族の国と凄惨な戦争をしてたらしいぞ。あれだな、偉いやつらは約定があるとはいえ人間の軍備が弱いとか、平和に慣れて油断しているとか魔族から舐められたらどうなるかわからないと思っているらしい」

 俺たち商人だって護衛がいなけりゃ盗賊にいつ狙われるかわからんのだぞ、それと同じだ、と少年に釘をさす。


 少年がたしかにそうだなと反省していると、父親はにやりと笑いながらいう。

「あとな、魔族と定期的に"こと"を構えるのはなにもにらみ合いだけが目的じゃない。この機会にな、大規模に魔族と"商売"するんだよ」

 ええっ、と少年は驚きの声を上げる。約定により基本的に人族は魔族領へ入ってはいけないため、実質的に魔族との商売はできなかったはずだからだ。

「建前上は揉め事がおきてそれを治めるためのお詫びを兼ねた”物の贈りあい”ってことになってるが、実際のところは王国と魔族の国の偉いやつらの間でだいたい事前にどういうものが欲しいのかの話がついてるらしい。あとはちょっとだけ見栄を張った軍隊でお互い国境でにらみ合いして、儀礼的な交渉で同程度の価値の物を交換して、礼を尽くしたということでお互いの軍をひっこめて、それで終わりというわけだ」

 まあいつものことだよ、ここ数百年の伝統行事さともう一口酒を飲む。

 

 それってなんの意味があるのと少年はなんだか腑に落ちない気分になった。父親は少年の釈然としない顔を見て、がははと豪快に笑う。

「まあ王国というか女神教の教えからすると、魔物や魔族は女神様の祝福を受けていない、生まれながらに悪の存在ってことになってるからな。少なくとも建前上は仲良くするわけにもいかないんだよ」

 特に王族となると面子があるからな、と父親はことも無さげに言う。


 魔物は魔素のあふれる地から生まれる悪い存在で、人間の同様に知恵があるとはいえ魔族は女神の夢を見ることはない、つまりは人間ではないといわれている。

 少年は魔族に会ったことも話したこともないが、いまの話だけ聞くと魔族のほうがよっぽど人間よりも話のわかる存在みたいじゃないかと思った。

 父親も少年と同じように思っているらしく、商売人にとっちゃ盗賊のほうがよっぽど悪だよなあと酒をぐびりと呷る。


「まあ、そんなわけでもう少したったら魔族領から珍しい商品が大量に流れてくる。俺たちはそれを仕入れて帰るぞ」


 それまで俺は酒を飲んで暮らす、と宣言した父親に少年は呆れつつ、北の地のどうやら思っていたよりも悪いやつらじゃないらしい魔族のことついて少しだけ思いを馳せるのであった。

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