幕間:諸王国と魔族国家群
「あー、また出張ですか……。私の本業は教職と研究だっていうのに……」
がたがたと揺れる年季の入った馬車の上で学者が嫌だ嫌だとぼやく。それを聞きずてならないと隣で手綱を握る屈強な女騎士がすぐに反論する。
「文句を言うんじゃない。ただでさえいまは魔族語がわかる人材が不足しているんだ。お前の人気のないらしい学院の授業をやってるよりよっぽど国の役にたつだろう。どっちも国から報酬がでてるんだから有意義なほうをやれ」
それを言われると学者もつらい気持ちになる。専攻している魔物生態学や魔法生物学だって十分実学的だと思っているのだが生徒たちからはどうにも人気がない。最近は学院よりも聖騎士隊に随伴してる時間のほうが長いともいえるし、なんなら講義だって生徒よりも道中で隊員に話してる方が多いくらいだ。
今回の出張の理由の魔族語の知識も魔物の生態の実地調査で役に立つからと覚えたものであって、学者は別に魔族との通訳の専門家というわけでもない。
学者が不満そうな顔をすると女騎士も不本意な顔を返す。
「だいたい私たちの部隊だって巡回が終わってしばらくは王都での非番期間だったというのに、お前が辺境領に急遽出張になったからと護衛に割り当てられたんだぞ。少なくとも我々は感謝はされど文句を言われる筋合いはない」
それにはさすがに学者もすみませんでした、ありがとうございますと謝礼するしかない。女騎士もそれを受けてよろしい、と答える。
学者の属しているヴェリタス王国は人族の治める諸王国のなかでも最大の国家だ。王に権力を集中した中央集権国家で、地方は血縁関係のある領主に治めさせている。その中でも北部国境に位置するドラッヘン辺境伯家では魔族領と接しており常に魔族との緊張状態が発生している。今回の学者たちの目的地もそこになる。
魔物とよばれる生物の中でも特別に知性が高い種族を"魔族"とよぶ。
魔族と人族は千年以上前から大規模な戦争状態にあったが、そもそも魔族の居住に適している魔素の濃い土地は人族が住むのに向いておらず、その逆もしかりだったため、だんだんとその境界を越えて必要以上に争うのは不毛だと考える現実主義な統治者が互いに出てきた。また人族同士、魔族同士の争いも並行して行われていたため、その点でも人族と魔族が無益な争いをして消耗するのは避けたい理由があった。
そして約四百年前にある人族の王と魔族の王の間で歴史的な約定が結ばれた。一つは土地の魔素量を基準として魔族と人族の領域を明確に分けそこから先の侵攻は行わないこと、もう一つは制御の聞かない野良の魔物や魔族による問題が発生した場合は国家間の問題に発展させず可能な限り協議により解決することという内容だ。
その約定が結ばれて以降はだんだんと人族と魔族の間の争いは小康状態となり、逆に邪魔がなくなった人族同士、魔物同士の国家の争いが泥沼化した。
しかしここ五十年程度は人族同士の大規模な戦争も落ち着き平和が維持されている。そうすると商売も産業も安定して成長し国も見違えるほど豊かになり、現在は各種学術研究などへの予算に割く余裕もあるため学者も魔物研究などが一応はできているというところがある。
約定により魔族領とは国境線が明確にあり相互に不可侵であるとされてはいるものの、人族も魔族も国境においてすべてを統制できているわけでは当然ない。人族側から山賊崩れが魔族領に入り込んだり、魔族側から魔物が境界を越えて流れて来たりする。そんなこんなで問題が起きて緊張状態が高まると国境に兵を配備してにらみ合いになるようなことは今になっても発生している。
そうなると大事になる前に大慌てでお互いの国から調停役や文官が派遣されてきて、うちの若いやつらがやらかしてすまんかった、まあここらへんで妥協しましょうやと親分同士での話し合いがついて手打ちになるというわけだ。
約定には数百年の歴史があるとはいえお互いの言語を使いこなせる優秀な文官などそうそういないため、有事になれば学者のような専門でない人間も「人手が足りないから今すぐとんでこい」と命令されたりする。今回の件で言うと学者の師匠がご指名で呼びつけてきたので逃げられないのではあるが。
師匠も人使いが荒いんだよなぁ、と学者が愚痴を吐くのを女騎士は聞き流しつつ馬車はごとごとと北へ向かうのであった。




