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信頼できない友より信頼できる敵

「師匠、もう、もう無理です! 手が限界です!」

「あー、口が動くならまだ大丈夫じゃな。ほれ、さっさと進めんか」


 貴族たちと魔族との会談が行われている裏では山のような書類仕事と戦う文官たちの姿があった。魔族側との交易品一覧の確認やら魔族語で記載された各種資料の翻訳、貴族への説明資料作成や決済、動員された兵士の金勘定などやることはとにかく大量にある。

 その中でも魔族語の文書の翻訳や魔法付与された品々の確認などを行う担当者として学者のサマルと兄弟子たち、そして彼らの師匠の姿があった。


 サマルは泣きそうになりながら、師匠から押し付けられた身体強化と回復効果のある霊薬を一気に飲み干す。その効果で一時的に痛みは治まったが、おそらく仕事が終わった後には数日間動けなくなるだろうなとサマルは覚悟した。霊薬は沢山用意したから心配するなと着くなり師匠から言われたのを思い出す。

 サマルの横では師匠がものすごい速度で書類を捌きながら兄弟子たちにも次々指示を出している。もしも師匠が口だけなら多少なり文句も言えるが、常人の何十倍も働いているのだからもはや黙るしかない。


 師匠は見た目だけなら年若い女性にも見えるが、人族の中でも特別長命なエルフ族の生まれらしい。噂では実は数百歳を超えているだとか、魔族語の対訳書はほぼこの人が編纂しただとか、各種様々な功績があるという話を聞いているが、年齢は聞くと怒る上に気まぐれに表の名前を変えるので誰も本当のところを知らない。

 長命な種族は長生きゆえにどこか浮世離れした生活をしていることがほとんどだが、師匠は俗世の仕事や弟子の育成が大好きな変人であった。


 ◇


 そんなこんなで魔族との会談の日程がすべて完了するころに、なんとか力技ですべての書類の処理が完了した。


「おわりじゃ! みなよくやったの、休め!」

 師匠が立ちあがりにこやかに終わりを宣言した瞬間、兄弟子たちはするっと流れるように机の下に倒れ、静かに気絶するように眠りに落ちた。

 全力を出して精魂尽き果てたのもあるのだろうが、普段から師匠に随伴している兄弟子たちは師匠からの無茶ぶりに慣れすぎていて休めるときにすぐさま休めるよう訓練されているからというのが正しそうだ。

 こういった生活からしばらく離れていたサマルは久々の霊薬の連続接種に目が冴えてしまい、効果が完全に切れるまでは眠れそうになかった。


 そんな眠れないうえに動けない状態のサマルの横で、さて祝い酒じゃとうきうきで酒を取り出した師匠を、彼は化け物をみるような引いた目で眺める。

「なんじゃ、酒ぐらいいいじゃろ。ほれ、お前も飲むか?」

「いや……、霊薬漬けのいま酒が混ざると下手したら死にますね……」

 ちゃぷちゃぷと酒瓶を揺らしてくるがサマルはさすがに固辞した。

 師匠はつまらんやつめ、と言って一人で飲み始める。

「そういえば、お前はあのつまらん学院で教師をしとるんじゃったな。どうじゃ、もうあそこは飽きたろう。こっちの仕事にもどらんか」

「この地獄にいるよりはあっちで不遇な扱いされるほうがまだましですね……」

 なんじゃそれは、と師匠は呆れた表情をするが強く引き留める気はなさそうだ。


 師匠は基本は来るもの拒まず去るもの追わずの方針で、門徒の出入りはそれなりに多い。今残っている兄弟子たちは長年生き残っている猛者たちだが、厳しい現場について行けずに早々に去っていく者もいる。しかし食らい着いて行きさえすれば衣食住の面倒も見てくれるし、合間で時間をとって教育もしてくれるので師匠のもとを 去っていったとしても多大な恩を感じている元弟子たちは多かった。また多数いる門徒同士の連帯もあり紹介状があれば仕事にもほぼ困らない。

 サマルもその一人であったため、今回のような人手が足りない時の呼び出しにはできるだけ応じるようにはしているが毎回やっぱり止めておけばよかったと後悔はしっかりしている。


「しかし今回はやたら物資の動きも書類の量も多かったですね。なにか魔族のほうでも動きがあったんでしょうか」

 サマルは以前も似たような仕事をしたことがあるが、いつも通りなら師匠と残っている兄弟子たちだけでも十分回せる現場なはずだ。急に人手が足りないと呼び出された上に師匠ですら対応中に余裕がないのは珍しいことだった。

 師匠もあまり細かいことはわからないようで、ううむと悩みながら

「いくつかそれらしい文書はあったが魔族のほうはどうもまた新しく威勢のいい奴らがでてきているらしい。王国もよくわからん新興の魔族の王より話の分かる竜王国が隣のほうがましじゃからな、竜王国にいくらか支援をするらしい」

「王国が魔族に支援するだなんて世も末ですね……」

「何を言う。ほとんどの人族の王や貴族より竜の王のほうが格段にまともじゃ。言葉が通じるだけの暗愚どもと一緒にするでない」


 それ貴族たちの前では絶対に言わないでくださいよ、とサマルはぼやく。

 王国も世襲と平和が続いたせいで貴族たちの政治腐敗がかなり進んでいる。昔の感覚で師匠が失言してしまうとどうなるかわかったものではない。

「ただ老練した賢い王でも力がないと国は保てんからな。使える手は何でも使う、それが人族であってもというのはさらに好感が持てる奴じゃ」

 そう聞くとサマルもたしかに魔族とはいえ竜王国はたいした国なのかもと思える。魔族ながら長年王国と信頼関係を築いているが故の支援の引き出しだからだ。


 信頼できない友より信頼できる敵のほうがましということじゃな、と師匠は笑うが王国の行く末を考えるとどうも笑えないなとサマルは思った。

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