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スライムの環世界について

「はい、じゃあ前回の簡単な振り返りから始めましょう。魔法生物として分類される代表的なものはなんだったか思い出せますか?」


 教壇に立つサマルが生徒たちに質問すると、すぐにいつもの優等生君がはいと手を挙げた。見回して手を挙げている生徒が他にいないことにサマルは少々落胆しながらも、魔法生物学の講義は単位が取りやすいからと受けている生徒が多いため普段からこんな調子なので諦めてその生徒に答えさせる。

 優等生君は魔法生物の代表として、粘性体のスライム属、霊体のゴースト属、魔力体のエレメント属、鉱石体のゴーレム属などがあると答えた。

 教科書的な答えだが、まあ概ね問題ないだろうとサマルは評価する。


「はい、そうですね。前回の講義でも説明した通り魔物の中でも一般的な生物の特徴、ざっくり言うと目と耳と口を持たないような性質をもつものを魔法生物と分類しています。これらは生命維持のために植物や動物などを捕食することを目的として活動をしておらず、なにか魔法的な力により存在維持されていると考えられています」

 細かい話をするとアンデッド属でもグールなど最初から肉体に縛られているケースやゴーストが後から特定の物体に憑依しているケースなど面倒な話があるが、それは後の講義で話すので一旦気にしないでとサマルは説明する。


「今日はその中でもスライム属についてです。魔物が発生するような魔素溜まりがある地域や洞窟、遺跡などをダンジョンと呼ぶのは皆さんご存じだとは思いますが、スライムはそのダンジョンを常に一定の状態に保つように活動する性質があることが観察によって確認されています」

 他にもつらつらとそのためスライム属は最近は別名でダンジョンクリーナーとも呼ばれる、死骸や小動物などを消化するがあくまで環境の維持を目的としたもので捕食の意味は持っていないと考えられているなどと滔々と話していくが……、サマルがふと気が付くと生徒たちはだいぶ眠そうで目が虚ろになっていた。

 この学院は将来的に兵士や騎士、適性があるものは魔法使いになるための教育機関だがどちらかというと実技訓練重視で授業が組まれており、そちらに体力を使うせいで座学がこんな感じでどうにも疎かになりがちだ。

 とはいえいざ彼らが現場に出た時に魔物の特性をろくに知らないのでは適切な対処がとれないかもしれないため、少なくとも隊長格になるような子たちだけでも授業を憶えていてほしいなと小さく願いながらも話を続ける。


 しばらく授業を進めた後にサマルは手をぱんぱんと叩いて、みなさんお疲れのようなので今日は最後にこれだけ説明して終わりましょう、と注目を集める。

「皆さんの中の魔法適性のある方は人によっては変身術や憑依術のようなものを習得するかもしれません。その際におそらく"目と耳と口を持たないものになるべからず"という禁忌事項が伝えられると思います。今日の話でいうとつまりは魔法生物には変身や憑依はしてはいけないということです。これがなぜだかわかりますか?」

 すこし生徒たちがざわざわと話し合うが、ちょっとわからないようだ。


「禁忌事項の言及がある魔法というのは、基本的には魔法の行使自体は可能だが術者が危険になる可能性が高いため止められているものが多いです」

 ここまでは魔法の行使に関する一般的な話だ。

「変身術や憑依術を行使すると、自身の感覚は行使対象と同一化または同調します。もし目、耳、口などの生物的特徴を持っている場合は概ね人間の感覚と近いままになりますし最悪解除可能ですが、その特徴を持たない魔法生物の場合にはその感覚を失う形になると言われています」

 生徒の一人がつまり解除できなくなるということですか、と聞いてくる。

「そうですね、過去の記録で魔法生物への変身や憑依を行った事例がいくつかありますが、多くは長期間にわたって解除できなくなった、または解除できないまま術者が死亡したと報告されています。なので禁忌事項としては簡易的な判定として対象は目と耳と口があるものだけに限ると言われているということですね」


 生徒たちは少し怖がった表情をして禁忌事項に納得したようだが、先ほどの優等生君がしかし解除ができないのはなぜなのか、感覚は同調できなくても解除はできるのではないかと質問する。

 「いい質問ですね。これはあくまで無事解除できた方の証言と観察による推定ですが、魔法生物は時間と空間の認識が人と違うため解除ができにくいのではという説が考えられています。ざっくり説明するとたとえば目や耳を持つ生物は視覚で空間を認識し、聴覚で音の変化がわかるため時間も認識できているが、それを持たない魔法生物はなにか指令のようなものが与えられるまで動作できないということです」

 口については精巧なゴーレムなど形だけ生物的なものを避けるように、という意味なのだが「古めかしい表現でちょっとわかりにくいですね」と補足。


 「たとえばスライムは個体によっては天井に張り付き真下に熱を持つ生物が近づくまでずっと、場合によっては何年も何十年も待機する場合があるらしいです」

 そんな状態は人間では退屈できっと耐えられませんよね、と生徒たちに聞くとみな眠そうな目で同意する。

「スライムの感覚としてはおそらく次に熱を感じるまで休眠状態というか時間の認識が飛んでいるのではと考えられています。実際にスライムに憑依して数日間戻れなかった術者が言うには、憑依後に熱のようなものを感じてそこで解除できた、体感としては一瞬のことでこんなに時間が経っているとは思わなかったと答えています」


 そんなところで時間がちょうど来たのでサマルは講義の終わりを宣言した。

 生徒たちは立ち上がりあくびと背伸びをしながら教室をぞろぞろと出ていく。


 ほとんどが出て行ったが後ろの方に一人完全に寝落ちしたまま生徒がいたので、サマルが呆れながら終わりましたよと揺すって起こすと、彼はがたんと立ち上がって「すみません! 一瞬寝てました!」と言った。

 サマルはこの子の時間感覚もスライムみたいだな、と苦笑した。

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