アンデッド殺しの倫理
「隊長、私この仕事つづけてて、死後天界に行けるんでしょうか……」
隊長ことミアルが最近思い悩んでいるという新兵のサリアの相談を対応したところ、思ったよりも信仰にかかわるような重い話であった。
こういった重めの話は本当は教会の専門家が対応したほうがいいかもしれないとミアルは少しだけ逡巡したが、聖騎士という気苦労の多い職務ではままあることかと諦めひとまず話を聞くことにした。
ミアルが小隊長を務めている王国聖騎士団は、主に国内を定期的に巡回し各地の魔物への対処を行うことを職務としている。巡回時には緊急かつ臨機応変な対応が発生することもあるが、基本的には知識を持って適切な対応を行う必要があるため各隊によって専門とする魔物の種別の割り当てがある。
ミアルの隊について言えば主にアンデッド属の魔物が担当であった。
聖騎士団に入り教育と訓練をみっちりやった人間でも、やはり人型の存在に対処するのを割り切れず思い悩む新兵はそれなりにいる。特にアンデッド属の魔物は人から転移した特徴を持つものも多いため、女神教の教義である「人を愛し、害してはならない」ということに反しているのではないか、悪を為したために天界に行けないのではと考えるものがでるのも理解できることはであった。
こういうのは司祭様に聞く方が本当はいいんだが、と前置きしたうえでミアルはサリアにそれなりに言い慣れたいくつかの理屈を伝えることにした。
「まず前提としてだ、教えでは自分や人々を守るためにしかたがなく他者を害することを道徳的に悪だとは見なしていない。例えば家に強盗が入って来た、村が盗賊に襲われた、隣国が攻めてきた、そういうときに他者を害することは悪ではない」
王国法でも罰せられないだろう、と言うと彼女は頷く。
「なので仮にアンデッドが人であろうがなかろうが、人々を害するのを止めるためにやむなく対処することは悪ではないとなる」
これは正当防衛的な話である。ただこれで納得してくれる感じではなさそうだ。
「ですが、アンデッドの中には明確に人を害そうとしていない個体もいます。墓地を徘徊するだけだったりで、近づかなければ無害とも言えます」
放っておけば無害の存在をあえて対処する必要はあるのかという話だ。
「アンデッドに関して言えば、それぞれの個体としては無害に近くても数が増えていくとより危険性の高い個体が生まれやすくなるという研究報告がされている。または数が集まってから人里に一気に押し寄せるなどの特性を持つ個体もいるらしい。それらが発生してからの対処だと近隣地域や部隊へのそれなりな被害が考えられる」
サリアもそれはわかりますが、と納得したうえで
「しかし問題が発生する可能性があるという判断で、まだ発生していない被害を止めるための対処を行うことは道徳的に悪ではないのでしょうか……。たとえば私を害そうとしているらしいと噂の隣人を先に殺す、などだとだめそうな感じはあります。それが本当に起きるかどうかは起きてからしかわからないといいますか」
ふむ、とミアルは少し考える。先行した対処の道徳性については正直きれいな答えがなかったからだ。なので自分の考えを話すことにした。
「それについては私はもう割り切ることにしている。仮にアンデッドが人であり、被害発生より先に対処することが悪だとしても、他の市井の人々が被害を受けたりその対処の責任を負わなくて済むのであれば我々が悪になったほうがよいと思っている。それが聖騎士となった我々の職務であり、責任だとも」
ただしこれはあくまで私の考えだ、とミアルは彼女に伝えた。
◇
その後、サリアはまだ聖騎士を続けている。
職務の遂行に努める彼女を見て、ミアルはこれでよかったのかと迷ってもいる。ミアルとてはたして私は天界に行けるのかと日々迷いながら生きているからだ。しかしその答えは死後にしかわからないかもしれないが、信じてこの瞬間を生きるしかないと覚悟を決め今日も剣を握っている。




