ゴーストは生前と連続した存在か
テオは田舎町の靴職人として一生を過ごし、信仰している女神への毎日の祈りも欠かさず敬虔に生き、家族や町の皆から惜しまれながら亡くなった。
葬儀に参列した皆は「きっとテオじいさんは天界に行って我々を見守ってくれるだろう」と口々に言い空を見上げ涙した。しかし――
「テオさん、どうしてゴーストになってしまったんですか! 女神様の信徒として恥ずかしくないんですか! わたしは! 同じ信徒として! 恥ずかしい!」
今はというと本気の説教を食らっていた。浄化しにやってきた聖騎士隊の隊長に。夜の墓地で深夜徘徊するゴーストになってしまったので。
自分の孫ぐらいの年の女性に本気で叱られてテオはしょんぼりしていた。
「まあまあ、隊長、その辺にしてあげてくださいよ」
となりの眼鏡をかけた細身の男がぬっと間に入ってきて隊長を止める。
「こちらのテオさんはひさびさに出会った貴重な意思疎通できるゴーストですよ。しかも事前の聞き込みでも明らかに善性よりの人間が元で、発見が早かったのでほぼ完全に正気でいる珍しい個体です」
彼は聖騎士隊の中で唯一甲冑を着ておらず、振る舞いからしてどうやら学者らしい。聞き取りの途中で信仰のあり方について勢いがついた隊長にテオが叱られている間にもなにやらぶつぶつといいながら手帳に記録していた。
手帳には「生前名:テオ、特性:完全霊体で肉体への依存なし、初回接触時攻撃性:なし、領域異常:観測されず、意思疎通:可能、視覚と聴覚:あり(理由不明、魔法的要因?)、触覚:霊体のゆらぎ空間に部分的にあり、生前の記憶:あり」などとテオの特徴が速記でかなりの項目記録されている。
聞き取りがひととおり終わった後、おずおずとテオは学者に質問する。
自分は死んだはずなのになぜゴーストになってしまったのか、ゴーストは生前に悪いことをした人間がなるものではなかったのか、信仰に正しく生きてきたつもりだったが実は私は悪人であったのかと。
学者はうんうんと愛想よく最後まで聞いた後、「それがですねぇ、わかりません」とゆるりと答えた。
きっと答えがもらえると思っていたテオはその軽い答えに茫然とする。
学者もテオの反応に少々ばつが悪そうに頭を掻く。
「いやあ僕らみたいな専門家の間でもゴーストの発生理由については諸説ありまして……。ひとつは女神教の教義でご存じの通り、生前に悪を為した者が罰として地上に魂が縛られるという話ですね。ただこれはちょっとテオさんみたいな反例が稀にあるので僕としては正確性は怪しいと考えています」
事前に聞き込みをしたがテオについては良い話しか聞かなかったと褒められる。
「しかしながらほとんどの個体は攻撃性がみられ意思疎通もできないので、民が迂闊にゴーストに近づかないために適度に怖がらせるのと、現世で道徳的に生きる理由をつけるのと両立している実用的で便利な説ではありますね。ただ一応言っときますけど、聖騎士隊もある程度事前に調べはしますので問答無用で浄化の対応をするわけではないですよ」
学者が隊長をちらっと見ると、彼女はふんと「我々としては人でもゴーストでも民に悪を為すなら対処するだけだ」と言った。
「女神教の教義を前提としない最近の学説ではゴーストには同一個体説と別個体説があります。まず同一個体説というのは、死後に肉体から魂のようなものが分離してそれがのちに霊体化したという説です。霊体化する過程もさらに諸説あるんですが、要は人間の生前と存在が連続的であるということです」
学者はちらっとテオを見ると、少し申し訳なさそうな顔をして続きを話す。
「もうひとつは別個体説です。こちらはゴーストは人間の生前と連続的な存在ではなく、新しく発生しているという説です。こちらも諸説あるんですが、例えば人々の記憶のようなものを魔法的な何かが読み取って新しく作られたのではと考えられています。例えば過去に人々の噂話でしかなかった架空の人物が霊体として現れた事例もあり、人々の記憶や願いによって霊体が作られる可能性も否定できません」
そこまで言ってから学者はテオを真正面から見つめ、真面目な顔で宣告した。
「もしその場合、あなたは死んだ記憶があったとしてもまだ個体として死んだことは一度もなく、つまりは"生まれたばかりの存在"である可能性があります」
――テオはそれを聞いてどうすればいいのだろうと思った。
一度死んだ身なのだから化け物になる前に浄化してもらえばいいと漠然と思っていたら、「あなたは死んで生き返ったテオ」ではなく「テオの記憶を持つだけのまだ生まれたばかりの存在かも」などと言われてしまった。
後者の場合は、その場合は、まだ消えたくないと思うべきなんだろうか。
ただ仮に偽りの記憶だとしても女神様の信徒として私は正しく生きて死にたい。自分が本物だとしても、偽物だとしてもその気持ちは本物なのだからとテオは思った。
その考えを伝えると学者はそれならばと答えた。
「この話をしても死を明確に選んだり、我々に攻撃的になったりしないのでしたら第三の選択肢をご提示できます。我々の施設に来て研究を手伝ってくれませんか。あなたはゴーストでありながら冷静に自分の意思で思考し、決定できる稀有な方です」
あなたの存在を調査させてくれませんか、と学者はテオに提案をした。
人へのそれと同じように、テオに決定を委ねた。
テオは一度墓地を振り返り、自分なのか他人なのかわからない墓標をしばらく見つめた後、その提案に静かに頷いた。




