魔族の社会と地政学
「これまでの授業で魔物の生態について講義をしてきましたが、今回は魔族について触れていきたいと思います」
魔物生態学教授のサマルが黒板に『魔族について』と書き出す。
「魔族という言葉がありますが、この言葉はあくまで人族が魔物の中でも一定の知性と社会性を持っているものたちを区別して呼んでいるだけです。彼らの社会での概念に置き換えていうなら"上位者"というのが正しいかもしれません」
サマルは黒板に三角形の階層の図を描き、一番上にまず竜族と記す。
「魔族の社会はまず絶対的な決まりがあります。それは『強いものが正義であり、弱いものは強いものに従う』ということです。我々の社会は法という秩序があります。たとえ力が強いからといって人の物を奪ったりしたら法により社会から罰せられます。しかしながら彼ら魔族の社会は違い、すべては力の論理に従います」
そう言いながら先ほどの階層図の中間に獣魔族、下部に魔物と記載する。
「王国と北部にて隣接する魔族の国家、通称"竜王国"の社会はさまざまな魔族の部族単位が力関係で階層化している部族性国家といえます。その頂点には生物として絶対的な強さを持つ竜族、その下に多くの獣魔族、さらに下に力の弱い魔族や魔物たちと続きます。下の者は上位者に従い、食料などを献上する義務を負います」
そこまで説明したうえで、サマルは生徒たちに問いかける。
「さて、ここまで竜王国は強者が弱者を支配する力による社会だと説明してきました。これは悪い社会だと言えるでしょうか。みなさんはどう思いますか?」
それを受けて生徒たちはざわざわとどうなんだろうと話し合う。
内容としては暴力で弱者を虐げるのは悪いことなのではないかという意見が多く、他には王国では税金を払ってはいるけど法があって暴力で支配されているわけではないよねとの意見も見られた。
そのうちひとりの生徒が質問をしてくる。
「たとえば王都では誰かが悪いことをしたら警備兵が対応してくれますし裁判所もあります、あともし隣の国が攻めてきたら王国兵団がすぐに対応すると思います。それは竜王国では違うんですか?」
サマルはいい質問ですねと彼に返し、黒板に『互酬的な秩序』と記載する。
「前者の警備兵や裁判所のような話ですが、まず部族内の問題は部族の長が裁定します。しかし部族内に収まらず、たとえば部族間で争いが起きたりすることもある。そうすると出てくるのがその部族を従える上位者です」
黒板に『上位者は従えている部族の調停を行う』と追記する。
「しかし上位者と同格の部族が絡んできたりすると複雑化しさらにその上位者へと上がることもあります。泥沼化すると最終的には竜族が出てきて調停するような形となるようです。つまり弱者は貢献している上位者の庇護があるということですね。これは互酬的、つまり階層がありながらもお互いに責任がある秩序なのです」
人族も人口が少ないうちは似たような構造もあったが、今の人口規模だと法による秩序という形のほうが上手く回るようになっているとも補足する。
「また外国からの防衛もありましたね。これは王国にも関係してくる話なのですが、魔族の支配地域にある国家は竜王国だけではありません。例として竜王国のさらに北には氷に閉ざされた植物もほぼ生えない地域があり、そこはアンデッドの王が支配する国があるらしいです」
アンデッドは食料を必要とせず魔力だけで動作している魔法生物であり、生物の住めない極北の領域はほぼアンデッド族の魔物達が占領している状態である。冬の間は雪や氷で侵攻が止まるらしいが、それがなくなると一気に押し寄せてくる。
「竜王国は常にその領域から攻めてくるアンデッドたち、通称"不死の国"と戦争状態であり竜族はそれらから従えている部族たちを貢献のかわりに守る責務を負っています。我が国は同じように竜王国に従っているわけではありませんが、地政学的に言えば実質竜王国によって不死者たちから守られているとも言えるということですね」
まあとはいえ竜王国も味方というわけではないんですけどね、ともサマルは付け足す。あくまで現在は敵対していないというだけだからだ。約定を結ぶ前は竜王国はヴェリタス王国とも戦争状態であった。
「魔族は人族とは姿も文化も社会も異なることは確かです。ただし約定以降、数百年かけて必ずしも敵対する存在ということではないことが歴史として実証されました。味方ではないが完全に敵というわけでもない。ある意味では守られることすらある。世界というのは複雑な関係性により成り立っており、そのひとつとして魔族という存在を知ることはわれわれが生きていくうえで必要なことだと思います」
サマルは難しそうな表情をしている生徒たちの顔を見ながら、自分の教えたことによって彼らが少しでも人族の先の生き方を見出してくれればと小さく祈った。




