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ゴーストたちの懐疑論

「さて今夜も我々について話そうではないか」


 王都に一番近いダンジョンの一区画にとある施設がある。厳重な壁と警備に囲まれたその施設の入り口には"王立魔法研究所"と表札が掲げられている。

 研究所には各所で発見された意識のはっきりしているゴーストたちが研究目的で集められており、昼間は研究者たちとの会話を、夜中には広場に集まりゴーストたちの討論会が行われていた。


 今日の議題は「我々の意識について」だと議長役のゴーストが皆に呼びかける。


 まず医者の記憶を持つゴーストが口火を切った。

「一般的に人が考えるためには脳という頭蓋骨内にある臓器が必要だと考えられてきた。例えば戦争のときに頭部に損傷を負った者はほぼ死亡したか思考になんらかの障害がみられることが多かった。しかし我々はどうか。どう見ても脳があるようには見えない、しかしこうやって思考することができる」


 その意見にゴーストたちは確かにと頷くが、ひとりが反論する。

「それを言ってしまうと我々には目も耳も口もないのに見ることができたり声を聞くことも人に話しかけることもできる。同じようになにか魔法的な力で脳のかわりに考えることもできているんじゃないか」

 ゴーストはぼんやりと靄のようなものでひとのような姿を保ってはいるが、眼球や耳などが実際に存在しているわけではない。しかし元の人間の記憶と同じように見たり聞いたりできているという主張だ。この意見にもゴーストたちは肯定する。


 またひとりが意見を出す。

「そもそも人間だって本当に脳で考えているのか怪しい。文献によると頭にひどく損傷を負ったある兵士がその後目だけしか動かせなくなったものの、両親がかけた言葉により反応を変えた、つまり意識は残っていたという。もしかしたら脳は外向けの振る舞いを司っているだけで、意識は脳だけではないのではないか」 

 ううむと皆悩むがそれは程度の話かもしれないしどのみち証明できないなという結論になる。


 ひとりが少し話はずれるがと前置きしたうえで言う。

「ドッペルゲンガーという幻影で人の姿を真似て襲ってくる魔物がいるという話を文献で読んだ。ドッペルゲンガーは姿が同じで振る舞いは違うのだが、模倣された人を知っている者はまるで本人のようだと勘違いしてしまうらしい。我々は逆で元の人間の記憶は持っているが姿が完全に違う。しかし我々はここの研究者のような理解のある者たちからは人のように扱ってもらえている。つまり他人から見た人であるという最小要素は姿かたちや意識が本当にあるのかではなく人のように振舞えることであると言えるのではないか」

 あくまで客観的な視点で言うと人のような振る舞いをしていることが人であり意識があるとみなされるという話だが、ひとりが意見を出す。

「他者に関して言えば正直実際の動きからでしか意識があるかなどは判別できないのは同意できる。姿かたちがどうであろうと人のように振舞っていればそうとしか判断できない。ただあくまで自身について言えば明らかに、なんだろう、こう話しているというか考えている自分自身はいるんじゃないかと思うんだが」

 他者に関しては正直意識についてはなにもわからない、ただ自分に関してはあきらかに考えている主体が存在している気がするという主張には皆同意した。


「ええとそうすると、他人を見て意識がどうこう考えるのはどのみちわからないのが確実なのでやめて、自分自身の意識がどうなっているかについて考える必要があるということだな」

「しかしそもそも我々の記憶自体も元の人間の借り物の可能性があるという話なのに、自分自身なんてどこまで信用できるんだ?」

「そもそも記憶と意識はまた別なのでは?」

 がやがやと議論が発散していくので議長が一旦止める。

「こうなったら一旦全部徹底的に疑ってみてはどうか」

 話がまとまらないので議長が提案した。

 ざわざわしていたゴーストたちがそれを聞いてやっと静かになる。


「まず他者については?」

 ——結論、人のように振舞っているようにみえても意識が本当にあるのか怪しい。

「物については?」

 ——結論、ゴーストの手では直接触れることはできない、つまり視覚が怪しいなら物も存在しているか怪しい。

「この世界については?」

 ——結論、目も耳もないのにどうやって認識しているのかわからないし怪しい、もしかしたら本当ではないかもしれない、永遠の夢を見ているのかもしれない。

「記憶については?」

 ——結論、元の人間から引き継いではいるだけで自分の記憶ではないかもしれない疑いがある。

「思考については?」

 ——結論、考えは間違ったり飛躍することがある、考えているというのは本当に考えているのか。


 そこまで言った時点でひとりがを上げる。

「考えることまで信用ならないなんて言ったらなにも考えられなくなってしまう!」

 そこまで疑ったらいったいなにが残るんだと弱音を吐く中でひとりが言う。

「じゃあ疑うことについては疑える?」

「そんなの……、ぐるぐると循環するだけじゃないか、言葉遊びだよ」

「いや、まて、つまり疑う自分自身は循環して存在するということか」

「まあそうも言えなくはないが、具体的にどこに存在するんだ?」

「それはわからんが疑いだけは消えないのは確かだな」

「具体の話をしたら証拠がないかぎりわからんよ、考えても仕方がない」


 喧々諤々(けんけんがくがく)とした今夜の議論としては、どこで考えているかはわからないが少なくとも"疑っている自分"は存在しているようだという結論になった。

 また次の夜にとゴーストたちは散っていき、広場には静寂だけが残された。

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