人族の起源について
『人族の起源について』
講義室の黒板に本日の話として掲げられた内容だ。
教壇に立った歴史学の教授イルゼがにこやかに生徒に問いかける。
「本日は少し抽象的な話から始めてみましょうか。ずばり"人族の起源"についてです。まずは世間ではどのように話されているかわかる人はいますか?」
なんでもいいですよ、との問いかけに生徒のひとりが手を挙げて答える。
「えっと、教会の司祭様からは『あなたが世界を見ることによりそれは存在するように、女神様が見ることによりあなたは存在を始めた』のような教えは聞いたことがあります」
イルゼはそれを聞いて頷く。
「そうですね、まず広く女神教での教えとしてそのような話がありますね。こちらは女神教としての人族の存在や認識についての解釈で、教会の講話としてもよく話されていますね」
掘り下げると面白いのですが一旦皆の意見も聞いてみましょうと他の生徒の意見も促す。
いくつかの話が同じようにでたあとにひとりの生徒がこう意見した。
「私に両親がいるように、両親にもそれぞれ親がいます。さらに繰り返して祖先をずっとたどっていくと共通の人族の起源にたどり着くのではないでしょうか」
イルゼは満足そうに頷く。
「はい、ある意味単純な話ではありますが人は生物として両親、特に母親から産まれるのは共通として確実なことです。またその母も同じように人として彼女の母親から産まれました。さてそれをさらに上へ上へと遡っていくとどうなるのでしょうか」
まさしくそれが今日話したかったことでもあります、と教室を見渡す。
すこしざわざわと教室内で話し合われたあと、ある生徒が手を挙げる。
「ちょっと考えてはみたんですけど、それって記録に残っていないとわからなくないですか。正直私の家は家系図も怪しくて数代前もわからないかもです」
何人かの生徒が私の家もそうだと同意するが、イルゼはその答えに頷きむしろ嬉しそうな反応をする。
「そうなんですよ、そうやって記録から祖先をたどっていくのは実際のところ本当に困難です。よほど記録の管理がきっちりされていないと数代前ですら遡ることができない。おそらく王国で一番厳密に管理されているのは王家の家系の記録などになるでしょう。ただそれですら人族の起源にたどりつくには足りていない」
では諦めるしかないでしょうか、とまた問いを生徒に返す。
また少し話し合われたあと、ひとりが答える。
「えっと同じ人族でもエルフやドワーフの方ならかなり長生きなはずですし、彼らが残しているなにか記録ってないんでしょうか」
「いい観点です。ここ数十年では人族の間の戦争が落ち着いたため近隣の国との学者同士の情報交換が進んでいます。その結果ドワーフ族の方々は石碑として、エルフの方々は詩や歌としてより古代の記録を受け継いでいることが分かっています。そこから読み取れることもありますね」
これはまだ確かな情報ではないのですが、と前置きしたうえでイルゼは話す。
「一部の学者たちは各人族の"言語"に注目しています。平野に住む人族の言語とドワーフ族やエルフ族が扱う言語はたしかに違いはあるのですが、研究の結果もしかすると同じ古代語から長い時間をかけて派生した方言のようなものなのではないかと考えられています」
調査により語順や一部の単語の成り立ちなどに共通点がみられており、もとをたどると共通の先祖がいたのではないかという学説があることを説明する。
「実際平野に住む人族の間でも魔力適正や寿命に差異がみられますよね。エルフ族やドワーフ族などはそれが極端に大きいですが、それはとても長い間魔素の高い土地に住み続けた結果人族が適応した姿だからなのでは、という話が最近では定説化してきています。エルフやドワーフの方々はその特性が平野に住む人族と大きく違いながらも同じ人族だとすぐにわかるのは、そういった同じ祖を持つからなのではということですね」
イルゼは補足として魔族に関してはそういった感覚としても同族であるという認識は基本的にされないし、魔族語という言語についても構成要素が完全に異なっているという話をする。
「さて少なくとも現在わかっている記録では人族には共通の祖があるという予想までしかできないことがわかっています。また仮に記録があっても古代語の記録だけではどうしても情報として確実ではなく一定の解釈をするにとどまります。そうなるともはやどこかで諦めてなにかしらの解釈をするしかないということになります。そのひとつとしては最初に言ってくれた神学的な解釈などになるかもしれませんね」
イルゼは女神教の教えを諳んじる。
『あなたが世界を見ることによりそれは存在するように、女神様が見ることによりあなたは存在を始めた』
わたしはこの解釈結構好きですけどね、あなたたちはどうですか――と最後に問いかけ本日の講義は終了した。




