7-13 クリスマスパーティー
長いですが、お付き合いください!
クリスマスイブの夜、山盛りのご馳走を食べ終わったカナタ。普段セルアが作る食事もプロ並みに豪華で丁寧だが、今日はそれよりも素晴らしかった、まさに一級の『ご馳走』。そう呼んでも、なんら差し支えは無いだろう。むしろそれが料理と料理人に対する敬意だろうか。
なんにせよお腹いっぱいのカナタは、何気なくテレビをつけた。どの局もクリスマス特集と銘打たれただけの普通の、いつもの番組だったが、公共放送だけは違った。都内最大級の銀行で起こった立てこもり事件を、ヘリから中継していた。
「クリスマスなのに、こんなことする人いるんだ」
それにチハヤは「ねー」と賛同し、
「絶対恋人とかいなさそう」
と続けた。
「確信と推測どっちだよ」
その時だった。テレビの中継カメラが地上のリポーターに移った瞬間に、見覚えのある三つの横顔が画面の端っこに飛び込んできた。三秒経って、カナタは初めてそれに気付く。
「あれ……これ釘原さんと月海さんじゃない?」
「ここ、この人」と指を差す。マコトが通年着ているグレーのコートと、レイカの特徴的な銀のイヤーカフが反射する光が、本人であることを物語っていた。
だがカナタ以外が、発見から確信にいたるまでのほんのわずかな時間のうちに、カメラは再びヘリに戻った。まだリポーターが話していたにも関わらずだ。
「……ほーん。これ、あの二人映っちゃダメなタイプだろ」
「どうしてです?」
セルアはそうタイチに返す。だが答えたのはカナタだった。
「問題があるのは釘原さんというより、月海さんの方なんじゃないかな。ほら、あの人一応外事課だし、本業はスパイ的なやつじゃないかな? ほら、セルアたちの国にも諜報部隊的なのがいるでしょ? 知らんけど」
「ああ。ヴェープァンという、王家直属のがいる」
「いたんですね」
ラーシャは「ふーん」程度の反応で驚く。
「スパイって、外国とか敵対組織とかに潜入するじゃん? 任務のこととか前歴とかバレたらマズいよね」
「マズいのか」
そうゴルダン。
「マズいマズい。だから、さっきのはJNIAがテレビ局に緊急で圧力をかけて~……的な?」
「ま、そういうことだろう、よっ」
タイチはカナタの近くに置いてあったリモコンを取って、チャンネルを変えた。人気のスポーツバラエティ番組だ。
「これこれ~」
彼はこの番組が見たかったのだろう。
食事が終わるまで、もう少し時間はかかりそうだ。
「あ、みんな食べ終わったら、ケーキがあるよ」
「ケーキ? ……っしゃ」
柄にもなく、チハヤは小さくガッツポーズ。想いを寄せるイケメンの手作りケーキが食べられる、が、ここ一ヶ月半の共同生活で平常心は身についたらしい。
ちなみに、マコトとレイカに並んで映っていた三人目の男は、JNIAの特殊部隊を指揮しているでおなじみの久我だった。インパクトのある出会いだったものの、今この瞬間に限っては、みんな忘れていた。
**********
「裏切り者にイーヴィルキングの鉄槌を!!」
魔王城地下の刑場で、魔王、いや、イーヴィルキングは汚く笑う。椅子に座る彼の見つめる先には、十字架に掛けられた忍者姿の男がいた。
イーヴィルキングからデイノケイルスを経由して、指示は下っ端魔術師に渡る。その瞬間、忍者の男は十字架ごと、激しい緑の炎で焼かれた。血と肉が焼ける匂いが充満するが、彼らは慣れおりものともしない。現場に出るデイノケイルスは尚更だ。
「今回の密告、本っ当に助かったよ。ル〜ナちゃん」
イーヴィルキングの後ろに立っていたのは、デイノケイルスと地位で言えば同じところにいる、魔王軍もう一人の忍者、ルナ・ウシマド。
「まさか、お前の兄が、な」
「……はい。兄の裏切りに気づけなかったこと、猛省しております」
目頭が熱くなってくる。だが泣くことは許されない。魔王に、イーヴィルキングに忠誠を誓っている以上、裏切りとして処刑された者への感情移入は、疑われて最終的に自分『も』内通者だと、バレかねない。
「……で、新しいデーモン怪人ちゃんの件だけどさぁ、どうなった?」
「『パンプキン』、『ベースボール』、『ボードゲーム』は倒されてしまいました。ですが、『サンタクロース』は上手く暴れているようです。詳しいことは、現場監督に聞いた方が早いのではないかと」
「お前に聞いてんだよデイノケイルス」
「失礼しました。『サンタクロース』は、元となった人物の性質上、夜二二時以降に遊び歩いている『悪い子』を、狙って襲っているようです。同じ世界に存在した『ブラックサンタ』もしくは『クランプス』と呼ばれる怪異に転じた、とも取れるかと」
「怪異、ねぇ。ま! 今度は上手くやってくれるっしょ!」
彼らはまだ知らなかった。現場監督ことスピカが、とてつもない『爆弾』をサンタクロースデーモンに仕込んでいることを。
**********
「遅くなりました」
パーティー中の春晴家のリビングにやっと、レイカがマフラーを畳みながら来た。事件の現場から早退して、この時間なのだろう。
春晴家の方はというと、まるで丸太のようなサイズのブッシュ・ド・ノエルを切り分けて食べていた。
「すごいサイズだな……」
「月海さんのもありますよー」
「ありがとう」
コートも脱いで、彼女は空いている場所に腰を下ろした。
「釘原さんは?」
「すぐ来る筈だが……」
その時、玄関が開く重い音と共に、「こんばんはー」とマコトの声がした。
「噂をすればというわけだ」
マコトがレイカの隣に座ったのと同時に、後から来た二人に合わせてサユコは皿とフォークを用意する。
「釘原さん月海さん、『例のもの』は……」
カナタは聞く。
「しっかり、用意させてもらったぞ。俺と月海、連名でだけれどな」
「ありがとうございます。じゃあ、プレゼント交換やりましょうか」
ケーキを食べながらの余興だが、プレゼント交換が始まった。各々が内緒で用意した、誰が誰のものか分からないように包装されたプレゼントを、ツリーの下から手元に移動させ、スマホで曲をかける。最近流行りのロックバンドの、超ハイテンポな曲だった。
「チェンジ! 曲!!」
タイチが叫んだが、
「うーん、今年はこれで」
カナタによって押し切られた。
普通はもっとゆっくりの、落ち着くような曲でやるのだろうが、これが『春晴式』というやつだ。そしてそれはプレゼント交換そのもの全体に行き渡っており、ただ横に回すだけではなく、前に斜めに、プレゼントは飛び交った。
――――なんて激しいアクティビティなんだ。
プレゼント交換自体が存在しない異世界人たちは、揃ってそんな感想を抱いた。当然っちゃ当然である。
カナタは適当なところで停止ボタンを押す。そのタイミングで持っていたプレゼントが、その人の今年のプレゼントだ。
「せーの、で開けるよ?」
『せーの!』
彼らは一斉に包装紙を剥いだ。紙の破ける雑音が幾重にも重なり、響く。そして姿を見せたプレゼント。「順番に開けよう」とカナタは提案した。
「まずは俺〜」
カナタが受け取ったのはマグカップ。ファンタジーワールド世界の、シラ王国魔術省のロゴが入っている。
オタクがしばしば求めている『キャラが使っているものそっくりそのままのアイテム』の一つだ。
「えーこれ! 買えなかった限定のやつ!! 誰?! そんでどこで買った?!」
その問いに、マキナが恥ずかしげに手を挙げた。
「それ、限定品? だったんだ。私が使ってるやつとそっくりだったから。ちなみに、本山町のリサイクルショップで二千円……」
「すげぇ、そこの店員バカだ。ネットは一万近いのに」
同時に、カナタはマキナとの間に距離感を感じていた。朝食を食べて終えてからこの調子だ。なんというか、避けられているというか、照れられているというか、そんなところだ。
――――何か悩みでもあるのかな?
二番目は、席の並び的にタカトだ。
「ワタシは……なんだ、これは。衣服?」
クリスマスツリー柄のセーターだ。推定Mサイズ。
「カワイーだろ〜。着てみろよ」
買った張本人のゴルダンが勧める。だがMというサイズは、タカトやセルア、ゴルダンといった『ガタイ良い組』が着るのを想定されていない。その上タカトは機械人間バレを防ぐために、今着ている服の上からセーターを着たためパッツパツだ。
『おー』
声が揃った。
「似合う似合う」
「そうか? ワタシに似合う、ものではないと、不思議に思う、が」
「そーでもねぇぞ。ギャップだギャップ」
「確かに。刃那伊地くん、こんなの普段着ないもんね」
さて三番目はチハヤ。彼女の手元にやって来ていたのは包み紙にくるまれた箱ではなく、可愛いビニール袋のお菓子の詰め合わせだった。
「これ、駅前のデパ地下にある『自由にお菓子選んで詰めれるやつ』じゃん。懐かし〜、よくママに『やるな』って言われてたわ」
「ちなみに、これは私とパパのセレクトよ」
そう、サユコが名乗りを上げた。
四番目はまさにそのサユコとタイチだ。貰うプレゼントも二人からなので、あげるプレゼントも二人で一つだ。
だが、カナタはしっかり選んでいたようで、
「あら、これ」
「おそろのハンカチ。よりどり二つで六〇〇円だったから、買っちゃった」
「良いデザイン選んでくれたなぁ。ありがとな」
「どういたしまして」
――――良かった、上手いこと渡すコントロールできて。
五番目はセルア。何やら箱が冷たい。
「これ……生モノか、もしかしてアイスかい?」
「あっ! 羽柴さん、私の受け取ってくれたんですね!! それは冷凍のアサイーボウルです」
「あさいー……なんて?」
「アサイーボウル! 美味しいので、食べてみてください」
「あ、ああ。また、食べさせてもらうよ」
六番目はゴルダンだ。
「これは……ボトルだな」
「はい、シャンパンです。押収品ですが、安全性は確認済みです」
用意した張本人のマコトが説明した。
「大丈夫なのそれ……」
「ま! 酒ならラ……じゃねえ、ラーシャとリゲルとマキナとカナタとチハヤとタカトの手の届かない場所に、だな!」
「多いな」
七番目はラーシャ。
「腹筋……ローラー? へぇ、筋トレグッズですか」
「僕もこの世界の道具はまだよく分からないが、良さそうなものを選ばせてもらったよ」
送り主はセルアのようだ。
「でも私、役割的には支援系なんですが……まあ、トレーニングは体に良いですし、ありがたく使わせてもらいます」
さあプレゼント交換もいよいよ佳境。八番目はマキナだ。
彼女が受け取ったプレゼントは、剥き出しの赤い花束だった。
「これ……何の花かしら?」
その疑問に、カナタは無言でスマホを用いた写真検索をかける。
「カーネーション、だね。でもなんでこの季節に……」
「この国では、母親に、カーネーションを、贈る文化が、あると聞いた。マキナは、ワタシの母親に、よく似ている」
「そ、そうなの?」
彼が最初に家に来たとき、カナタからは機械人間で身寄りがいない、ということは聞かされていた。彼の過去など、マキナの知るところではないし、この世界のカナタも知らない。「ワタシは、何度も転生して、今、ここに、機械人間の元処刑人として、立っている」と唐突に言われて、まだ理解しきれていないのだ。
「なら、私がタカトのお母さん代わり……だね」
その一言が、カナタの気に障った。
「おい刃那伊地、マキナ様にオギャってんじゃねえよ表出ろ」
「は??」
タカトもカナタの怒りを察知し臨戦態勢だ。
「まあまあ、二人とも落ち着いて。Somnus/眠れ」
マキナは指先から魔術を放った。エフェクトが一つも目に見えないような弱い魔術だ。だが効果は絶大。某小さな探偵に麻酔針でも打たれたかのような眠りっぷりだ。
「あっ寝た。てか、カナタもカナタで必死だな〜。目の前の牧奈さんとマキナ・アーロウは別人なのに。ねぇ」
「ぇ……っね」
なんとか、マキナはチハヤと話を合わせた。
気を取り直して最後、JNIAの二人が手にしていたのは、
「オシャレなアンティークだが……なんだこれは?」
月海は右手に持ってぐるっと見回す。だが、何かは分からない。
「貸してみろ月海。これは、こうするんだ」
パカッとフタを開けて、ジュッと火をつけた。オイルライターのようだ。
「おぉ〜久しぶりに見たなそういうの」
タイチも喫煙者時代に持っていたのを思い出す。
一方の異世界人たちは、
「すげぇ! 火だ!」
「どういう仕組み……ですかね」
「下に魔力が……いや違うな……」
「これがこの世界の魔術……!」
と、興味津々だった。
さて、プレゼント交換も一段落したところで、サユコはブッシュ・ド・ノエルを一切れ取って、地下室に向かった。
「リゲルくーん? いる?」
地下のラボは静まり返っていた。誰もいないのかと思いきや、リゲルは作業台で寝落ちしていた。それを優しく、サユコは揺すって起こす。
「okay、okay……ってmrs.サユコ。what's up?」
「ケーキ、食べて」
「ああ、thank you」
「みんなといっしょに、パーティーしないの?」
少し間をおいて、彼は「いや、」と答えた。
「これからjoinしようとしていたところだ」
彼の手には、タカトが使う機械的なタイプの、二本の新たな『鍵』。
リゲルは真っ直ぐにリビングルームへ向かう。
「he〜y、mr.タカト。presentだ」
「これは……?」
「youがuseできるnew itemだ」
これまで変身するために使っていた『鍵』と頭の中で見比べると、紫発光とオレンジ発光がある。
「なにそれなにそれ?」
ライターに興奮する異世界人たちに近しい熱量で、チハヤはこっちを覗き込んだ。だがリゲルがサッと隠す。
「これは、素人が見るものでは、ない」
「えっ何エッチなやつ??」
「no no。ま、詳しいことをtalkするとhassleになるが・・・」
その時だった。家中の電気が、一斉に消えた。テレビも電気暖炉も、全ての電化製品が止まった。
「うっわ停電かよこんな日に限って」
今はライターと各々のスマホだけが頼りだ。しかし光源と食べ物はあっても、暖房が止まっているだけあってすぐに寒くなってくる。
「とりあえず、身を寄せ合っておこう」
セルアの提案で、ソファの中央に固まることになった。この時チハヤは『合法的にセルアに抱きつけるチャンス』だと思ったようだが、それはゴルダンによって、彼の意図しないところで阻まれた。
「俺は、ブレーカー見てくるわ」
それだけ言ってタイチは、ダイニングの方にあるブレーカーの様子を見に行った。
まさにその瞬間だった。カナタのスマホに飛んできた二コーラーが、けたたましく警報を鳴らし始めた。
『キンキュウジタイ! キンキュウジタイ! とてつもないマリョクリョウの『何か』がこっちにチカづいてます!!』
「何かって何?! てか誰?! 超怖いんだけど!!」
二コーラーの報せを聞いて、セルアたちは各自戦闘の用意を始めた。剣を抜き、グローブを装備し、杖を構える。
「外に出よう。タカトと釘原さんたちは、ここを守っていてくれ」
「うん」「おう」「はい」「承知した」「ああ」
「チハヤちゃんは、カナタを起こしておいてくれ」
「はっ……はい!!」
こういう時が、セルアのリーダーシップの見せ所だ。いつもの四人は外に出た。
ここで春晴家リビングの壁掛けアナログ時計に目を向ける。時計は、二二時を少し過ぎたあたりで止まっていた。すなわち、ここ何日かでJNIAが追っていた『ヤツ』が来る。
**********
セルアは自身のスマホに入ってきた二コーラーのナビに従って、『とてつもない魔力量』の正体に向かって、吹雪の中を走る。
『そこをヒダリです!』
「ああ」
住宅街の大通りに出た彼ら。二コーラーのナビに従い真っ直ぐ走る。
だが、道路を挟んで対岸に建っていた家々の屋根の上に、彼らを凝視しているぎょろりとした目があった。吹雪で視界が悪いこともあり、彼らはまだ気づいていない。
それを良いことに、『目』の持ち主は指先の一つからビームを撃つ。
「……!! 止まれ! 伏せろ!」
セルアはビームに気づき、叫んだ。その着弾点は真っ黒に焦げついた。
「何だ!?」
「今視ます。『発動:alores numericos facultatis visualiza / 能力値可視』」
ある種の魔力観測装置と化した彼女の瞳。ビームの発射場所には、まるでムカデの類のように蠢く『何か』がいた。
「あれは……」
その時、『何か』は屋根の上から道路に飛び降りた。その影響で辺りは揺れ、街灯も一瞬消えかけた。
ようやく、姿が明らかになる。
「サンタ……クロース……」
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