7-12 クリスマスイブ
騎士、セルア・レイズの朝は早い。毎朝五時に起きて、軽く走り込む。その後は剣の素振り五〇〇回、腹筋と腕立て伏せをそれぞれ三〇〇回、それが終わればみんなの朝食作り。この習慣は、この世界に来てからも継続している。
だが、今日は『その先』もあった。キッチンの片付けが終われば、早速それにとりかかる。
今日の日付は一二月二四日。何を隠そうクリスマスイブだ。ということは、春晴家の料理長であるセルアのすることはただ一つ。ディナーの、クリスマスパーティーの食事の用意だ。今夜のメニューはローストビーフ、ローストチキン、カプレーゼ、リースサラダ、キッシュ、ミネストローネ、そしてブッシュ・ド・ノエルの計七品。
セルアたちがもといたシラ王国には、ラーシャが司教をしているハトマーレ教会の『感謝祭』はあっても現代のような『クリスマス』は無い。内容も料理もまるっきり違うので、料理は文化や発祥から入るセルアは図書館で調べるのに意外と時間がかかった。
そうそう、あともう一品あったのだった。その材料があったか、冷蔵庫を覗く。
「……ない」
「何がー?」
ミルクたっぷりのアイスコーヒーを飲んでいたカナタは聞き返す。
「鮭が……ないんだ」
「鮭?」
「ムニエルを作るつもりだったんだけどな……買ってきてくれないか?」
「オッケー。店開いたら買ってくるね」
――――『クリスマスにはシャケを食え』とはよく言ったもんだよ。
「じゃーあたしも行く」
そうチハヤ。
「ついでに家も……まぁ寄りたいし?」
「とうとう帰宅か。てかチハヤさ、デートとか行かないの? ほら彼氏と」
「……いつからあたしに彼氏がいると? あたしはね、作らないんじゃなくて『できない』の」
――――奇人変人冬雪チハヤさんにはできないよな確かに。
言おうとしたが飲み込んだ。言ったらもれなく拳が顔面に飛んでくるだろう。
「そーゆーカナタはどうなのよ」
「俺にはマキナ・アーロウ様しかいないから。一途に恋して早二年……」
「……オタクね」
「オタクだよ」
そのやり取りを、マキナはリビングのソファに腰かけて聞いていた。
――――えっ、えぇ~っ!
クリスマスマジックというものは、果たして存在するのだろうか。
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外は雪がこんもり積もっていた。ホワイトクリスマス、というやつだ。ゴルダンは簡素な雪だるまをつくり、それをサンドバッグにトレーニングしていた。破壊する度に防寒重装備で見学しているラーシャに魔術で直してもらう、というのの繰り返しだ。
「かなりバイオレンスなトレーニングだが、爽快感すげぇ」
直してもらっては技の型で破壊、また直してもらっては違う技の型で破壊を繰り返していたその時、家の前にトラックが停まり、立て続けにチャイムが鳴った。
「来ましたね」
門を開け、すかさずラーシャが受け取る。
「何買ったんだ?」
「お祓いの道具です。近しいものを、いんたーねっとで揃えてみました」
「あー、あのすごろくお祓いすんのか。悪い魔力が溜まってたんだって?」
「はい……本当は、うちの教会でやった方がいいんですけどねぇ。まあ、何分急ぎますので私はこれで」
ラーシャはいそいそと家の中に引っ込んだ。
**********
クリスマスイブのショッピングモールは、激混みを極めていた。物を売るというレベルではない、もはや戦場だ。
そんなモールの食料品売場の入口近くに、タカトは立ち尽くしていた。『一応』とはいえ中学生とは思えない体格でピクリともせず、必要があれば人の波に乗って動いている。同行していたはずの二人は、いない。
チハヤは駅前の外れある自宅マンションに戻って後から合流、という手筈なのは良いとして、かれこれ一時間半前からカナタが見当たらないのだ。モールに入る前までは一緒にいた。電話はかけたが繋がらない、LINEも既読がつかない。『迷子』というやつだろうかと、タカトは推測する。
「――――見つけた」
群衆の向こうに、カナタを見つけた。向こうもタカトに気づいたようで、隙間を縫って進んでくる。
「ごめんごめん」
「今まで、どこへ?」
「いやー、映画館で『マジック・スノウ』観ててさ……」
「一昨日も、行っていなかったか? その映画」
「それがさ、今日限定で3D上映してたんだよ。これは、見るっきゃ無い! って思って」
「……そうか。次は、一言、言ってくれ。不安だ」
「りょーかい」
その時、チハヤも戻ってきた。
「あ、おかえり」
「ただいま」
自転車を全力で漕いできたのか、息を切らしている。
「仲直りできたの?」
「それがいなくてさぁ。鍵開けて家入ってみたら、机の上に置き手紙してあって、『二人で出張に行ってきます。良いお年を』とか書いてあって、もうマジで訳分かんない。電話も繋がんないし。てか良いお年をならお年玉置いとけよ!!」
「それは残念でした」
一旦そのことは置いといて、目の前の壁とも荒海とも言える食料品売場に、三人は目を向ける。
「この状況、お前たちはどう分析、攻略する?」
「分析攻略と言われてもなあ……」
「うーん……」
――――こういう時にマキナたちが居てくれたら、『すり抜ける魔術』か『ワープ魔術』、はたまた『小型化魔術』で楽々行けるんだろうなぁ。
どの道を通っても食料品売場の最奥部に位置する海鮮売場にたどり着くには、多くの人をかき分けて進まざるを得ない。
「波に、乗るしか無くね?」
「それが一番、現実的、か」
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都内某所の地下に存在する、日本国家情報調査局本部。施設の最下層の二個上にあるのが、モニターやデスクがいくつも並んだ、ミッションコントロールセンターと呼ばれるものを彷彿とさせる『情報分析課』のオフィスだ。
超常現象対策課のマコトは、用あってそこを訪れた。
「やあ加賀美。調子はどうだ?」
彼が訪ねたのは加賀美ナツメという男。箱根でのカーチェイスに協力して以来、情報の面で超常現象対策課に協力、発足以来これといった仕事が無いでおなじみ魔人ジャーズのメンバーでもある。
「お疲れ様です、釘原先輩。頼まれてた監視カメラ映像、出ましたよ」
「流石、仕事が速い」
ナツメはキーボードを叩き、薄暗いコンクリート打ちっぱなしの廊下の映像を出した。
「まず、一番最初に被害を受けた、渋谷の『クラブ:アンデッド』のスタッフ用通路の映像です」
大慌てで静止するスタッフらしき人物と、それを遥かに超える背丈を持ちつつも異様なまでに『細い』影が映る。
ライトに照らされる。謎の巨人は、まるで血のような赤色のスーツに、三角の帽子を被っているようだった。
「これ……サンタクロースか?」
「恐らく。他にも都内のホストクラブ、ラブホテル、キャバクラ、居酒屋など複数箇所に出現しています。と、同時に魔力エネルギーも確認されていますし、『サンタクロースデーモン』で間違いないかと」
「いきなり発生した前二件とは違って、今回は本当の『魔人ジャーズ案件』になりそうだな。――――そうだ、要人や著名人、有力者の被害は?」
「リストアップしてますよ」
マコトのスマホに、そのリストが送られてきた。スクロールして、被害状況を確認する。皆、昨晩のわずか数時間で同時に、こつぜんと姿を消した者たち。その人数は優に千人を超えている。
赤坂、赤穂、赤羽、秋雄、秋雨。その男のところでマコトは指を止める。
彼を知っていた。アニメファンタジーワールドで、主人公セルア・レイズを演じた声優、秋雨レンノ。そんな彼が何故、深夜のクラブで他の客やスタッフと共に行方不明になったのだろうか。
「どうかしましたか?」
「いや、何でもない。助かった、後でデータ諸々送っといてくれ」
「分かりました」
マコトは情報分析課のオフィスを後にした。
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「よーし降ろすぞー」
隣の和室からラーシャの読経のような声が聞こえる中、タイチとサユコは協力してクリスマスツリーの箱を階段から降ろしていた。一段、一段、一段と、ゆっくり、息を合わせて降ろす。
階段も踊り場を超えて後半に差し掛かった頃、リゲルが地下室から出てきた。
その時だった。下を支えていたタイチが階段を踏み外した。バランスを崩してツリーの箱と一緒に後ろへ、真っ逆さまに落ちる。
「watch out!」
思わず叫んで、ポケットの中に入っていたものを投げる。それはタイチが床に背中から落ちる寸前に膨らんで、彼とツリーの箱を受け止めた。
「あなた大丈夫?!」
「助かっ……た、のか?」
「sure。俺がinventionしたポケットエアバッグだ。fluffy and softだろ?」
「ええそれはもう。あ、そーだ。上にもまだ飾り付けがあるから、取ってきてくれ」
途端にリゲルが浮かべたのは、分かりやすくめんどくさそうな怪訝な顔。
「なぁ頼むよ。二階奥のウォークインクローゼットの中に全部あるからさ」
「okay okay okay。doしたらいいんだろdo」
彼は渋々二階へ向かった。それと同時に、地下室からなんだか焦げ臭いにおいがしてきた。ツリーの箱を一旦壁に立てかけたタイチは確認に向かう。
リゲルの作業台の上で、はんだごてが、電源が入ったまま放置されていた。じぃじぃと音を立てて、ゴム製の作業版を焼いているではないか。
「リゲルーっ! はんだごてぇ!!」
それを聞きつけて、彼は大急ぎで戻ってきた。
「俺としたことがなんてmissだ」
どたどたと階段を昇り降りする音でとうとう我慢ならなくなったのか、和室からお祓いフル装備のラーシャが出てきた。
「ちょーっと静かにしててくれませんかねぇ!?」
「さ、さーせん……」「s、sorry」
飾り付けが終わるのには、まだ時間がかかりそうだ。
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だが意外とすぐに、リビングの飾り付けは完了した。
テレビの横には、オーナメントが所狭しとぶら下がり、頂点には光る星が鎮座する巨大なクリスマスツリーが存在感たっぷりに佇んでいるし、テレビの反対側の電気暖炉の上には、プラスチックプレートのサンタがトナカイと共に飛んでいる。壁には赤や緑とクリスマスカラーの三角形に加え、サンタクロースを象ったガーランドが飾られている。
最後に玄関のドアにリースをつければ、パーフェクトにコンプリートである。
――――リース飾った数日後にはしめ縄ってか。つくづく日本って面白れぇな。
タイチはそんなことを考えつつ玄関に入る。一瞬出ただけでも体が冷えるこの季節にこの日だ。さっさとリビングに戻りたかった彼だが、そんな場合ではない光景が目に飛び込んできた。ラーシャが大汗をかいて、フローリングにぶっ倒れていたのだ。
「スポドリをぉ、くださいぃ」
お祓いをするとかなんとかで魔術を使いすぎたのだろうか、タイチは大急ぎで冷蔵庫に向かい、スポーツドリンクを大容量ペットボトルからコップに移し替えて戻ってきた。
「ほら飲め」
「ありがとうございますぅ……」
それを彼女は一口で飲み干してしまった。
「回復したか?」
「おかわりください。あ、向こうに戻ってからでいいので……」
「あいよ」
二人と入れ替わるようにして、カナタたちが買い物から帰ってきた。
「さっむ、さむさむ」
両腕をさすりながらダッシュでリビングの電気暖炉に直行する、一番着込んでいたはずのチハヤ。もはや奥歯をカチカチ鳴らすことしかできないカナタ。寒さで関節の動きが鈍って『ザ・ロボット』な動きに寄ってきているタカトと、各々がこの異常なまでの大寒波で大変なことになっての帰宅。
だが、リビングは、そんな彼らを包み込むような暖かさで出迎えてくれた。
「あ゛~、あったまるぅ~」
「うちにもこたつがあればいいのにな~」
電気暖炉の前で暖をとるカナタとチハヤの姿は、まるで夏に扇風機で遊ぶ兄妹、姉弟、どちらでもいいがそのようだった。
「セルア・レイズ、買ってきたぞ」
一方のタカトは、買い物袋の中をまさぐって底の方にあった、買ってきた鮭の大容量パックを手渡した。
「助かるよ。しかも骨取り済みのちょっと値が張るやつ……ッ!!」
ダイニングから、ラーシャに三杯目のスポドリを注いだタイチは言う。
「お釣り返してくれよー」
だが、カナタは目をそらした。
「ごめん、無い」
「……は?」
その瞬間、タカトは謎にパンパンな買い物袋をダイニングテーブルに置いた。怪しんでタイチは覗き込む。
「カナタチハヤ! お前らなんでこんなにお菓子買ってんだよ!!」
出てくるわ出てくるわ、ポテトチップスのビッグサイズが三袋。それぞれうすしおコンソメのりしお味。お徳用ビッグマシュマロが、こっちは四袋。ディップする用なのかチョコレートもある。それにジンジャークッキー、ケミカルな色のグミ、極めつけはゴニンジャーのお菓子盛り合わせブーツ。
「五千円札渡した俺がバカだったわ」
「「ごめんなさ~い」」
「悔い改めろ、ガチで」
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冬は日が沈むのが早い。一七時頃には、日本列島は真っ暗だ。
だが、今日は特別な日。街をイルミネーションが彩り、人々は大切な人と夜を過ごす。
春晴家も、パーティーの準備が完了した。全員がラメの入った赤色の三角帽子を身に着け、シャンメリーが入ったグラスを、高く掲げて『カン』と打ちつけあった。目の前のガラステーブルには豪勢な料理。そして周りには、もう家族と言っても過言ではない、仲間たち。




