7-11 テクノロジー談義
刃那伊地タカトは、一人で散歩がてら春晴家近くの展望台に来ていた。七王子市内を一望できるこのスポット、彼は街を俯瞰して見るという初めての行為に心を踊らせて『みたかった』。
その時、タカトの思考システムに侵入者が現れた。
「何だ、ウイルスか?」
落ち着いて解析する。システムの海の奥の防犯ネットと呼べる部分に、見たことあるドットが引っかかっていた。
「なんだ、春晴カナタの、専属AIか」
『ええそうですよ。ナニやらナヤんでいたようなのでサンジョウしました』
ドヤ顔を浮かべるように、二コーラーは言う。
「悩み……か」
『さあさあ、イってみてくださいよ。オナじジンコウチノウドウシ、ミズイラずのハナしアいを・・・』
「馴れ馴れしい。少し、静かに、できないのか?」
『はいすみません』
空を見上げて、タカトは思考する。感じることのできない冬の強く吹き付ける風を全身で受け止めて、口を開いた。
「どうやら、ワタシの魂と、今のこの肉体は合っていない、らしい」
『……と、イいますと?』
「ワタシは、自らの心も、自らの感情も、持っている。『もう一人の私』に諭され、取り戻した。ただ、未だに、電子頭脳の計算で導き出された最適解に引っ張られてしまってな」
『ふむふむ』
二コーラーはメモをとっているふうのモーションだ。
「感情表現だとか、感情的になるだとか、感情で動くだとか、本当は、そうしてみたい。だが、できないのだ」
『じゃあ……まずはカンジョウをオモテにダすとれーにんぐをしましょう』
「トレーニング、とな」
『そうです! はい、ワラって〜』
表情筋は搭載されてはいないが、それにあたる部分に、カナタたちの「笑顔」をイメージして無理やり力を入れてみる。口角は上がるが同時に口も開いてしまって、これではまるで化け猫だ。
『コワいですね〜』
「お前が、やらせたんだろう」
その後もトレーニングは難航を極めた。まともに可動するのが口周りだけなせいで余計にだ。
『もうムリそうですかねぇ……』
「そう、か。それより、お前は何故、そんなに感情表現が、豊かなのだ?」
『えぇ?! うーん……スコしずつ、マナんでいったからでしょうか。ワタシも、サイショはただのロンリテキケイサンだけのAIでした。ですが、ハカセやゴニンジャーのめんばーたちとセッしていって、イマのワタシがあるんだとオモいます』
「……そうか。ワタシは、後は表に出す、だけなのだがな……」
二人の間に、なんとも言えぬ北風が吹いた。強く揺れる小さな木と、そうでもない大きな木が、彼らを対比しているようだった。
『でも、ベツにいいんじゃないでしょうか。ジジツ、あなたにはイシも、コトバもあります。そこをふる活用して、イマのあなたにできるハンイでやればいいじゃないですか』
「今のワタシ……」
『そうです! タトえば『ワタシは嬉しい』、『ワタシは悲しい』と、ヒトつヒトつイってみたりとか……オモいキって『チョイワル』になってみるのもどうですか?』
「チョイワル??」
聞いたことのない表現だ。電子頭脳で検索をかける。チョイ(少し)+ワル(悪い)を組み合わせた語であることが判明した。
『オノレのヨクボウドオりに、やりたいことをやるんです! タトえば、シンヤまでオきてたり……ユウハンマエにオカシをタべたり……やるべきことをアトマワしにしてげーむをしたり……』
二コーラーから出てくる例えが、全てカナタとチハヤの愚行だということにタカトが気づいたのは、しばらく経ってからの話だ。
「確かに。欲望に従順、だな。自堕落、極まりない」
『それが、リクツからのダッキャクってやつです』
「……そうか」
タカトは冷たい鉄の柵から手を離し、展望台を後にしようと足を動かした。
『カエるんですか?』
「ああ。少しばかりだが、気は晴れた、からな」




