7-10 超次元すごろく②
ゲーム開始から五時間近く経っただろうか。LDKはもはや原型を留めておらず、彼ら自身もまるで何ヵ月もサバイバル生活を送っているかというぐらいのボロボロ具合に疲労具合、その上ラーシャの悪酔いはまだ続いていた。とはいえゲームも終盤戦。だが、終盤戦にもなればミッションの難易度ははね上がり、一ターンが長くなってきていた。
そんなカナタはたった今、大蛇の迷路をクリアして戻ってきたところだ。蛇に睨まれた蛙、いや蛇に睨まれたカナタ、恐怖の感覚がまだ頭から抜けない。
「つぎ父さん」
タイチは三時間ほど前からずっと、寝かけて起こされてを繰り返している。
結果は『四』と『四』、合わせて『八』進む。
「えぇとっ、『呪いの石像抱えてクライみんぐ』……」
徐々にトーンダウン。寝た。
「父さーん! 起きてー!!」
秒で作った鼻提灯を、秒で割る。
「あっ! 悪ぃ悪ぃ」
その時、タイチの真反対に座っていたゴルダンの背後に佇む、先ほどボードゲームデーモンが入っていたアイアンメイデンの上に、ゴツゴツした厚い岩の壁が降ってきた。高さは二五メートルはゆうにあるだろう。
「…………じゃ、行ってきマッチョ」
「はい行ってきマッチョ~」
壁と同時に現れた呪いの石像を抱っこ紐で抱え、いざ壁を上ろうとした刹那、タイチはカナタに聞く。
「なぁ、こんな感じのヤバいすごろくする映画あっただろ? 対処法、なんかねぇか?」
「……無い、ね。その映画でもゴールして終わってめでたしめでたしだったし」
「そーうか」
そう言い残して、タイチは崖上りを始めた。
さあ、次はゴルダンの第一八ターン。結果『一』と『二』、合わせて『三』進む。
「『化け物蛙と相撲対決』。もうそんな体力ねぇよ……」
ぶつくさ良いながらも、ワニ沼の上に現れた巨大蛙の待つ蓮の葉の土俵に、彼は上がる。
はっけよい、のこった。その瞬間に、まるでハエを捕まえるかのように伸ばされた舌、ゴルダンは見切って正拳突き。怯んだ瞬間に力一杯の突き出し、いや、突き飛ばしで決着はついた。
三〇分も経てば、ゲームに参加しているメンバーが再び卓に集結した。
ボードゲームデーモンは退屈に思っていた。中々終わらぬゲーム、ごまんと見た展開、相変わらずの酔いつぶれアラサー女。彼はプレイヤーではあるがゲームマスターではない、が、今ばかりは違う。『チートモード』、起動だ。
その瞬間、サイコロは二つから五つに増えた。
『以後、ゲーム終了までボォナスタイムだ。それと、言ってなかったが俺が一着であがったら、世界は俺を起点に滅びることになる』
「――――でしょうね」
カナタはあたかも知っていたかのように言う。知っていたというより、大体の察しがついていたのだ。
ボーナスタイム一ターン目の一番槍となったのは、言わずもがな順当にボードゲームデーモン。
『発動:superfortunatus/超幸運』
結果は『六』『一』『四』『二』『二』、合わせて『一五』進む。
進んだ先のマスは『空マス』だった。つまり何も起こらない。ラッキーかアンラッキーか、よく分からないマスだ。
――――まずい。
ゴールまで全員足並みを揃えて、大体あと三〇マスあったところを、彼は一気に半分ジャンプしたのだ。さっきの固有魔術のことといい、大きい数をポンと出すこの調子で続けられようものなら、カナタたちの勝ちは確実に無い。だが、ボードゲームデーモンのラッキーを遥かに上回る『ラッキー』を叩き出せたら、どうだろう。
五つのサイコロ、最大の数は『三〇』。フェアプレーを好むボードゲームデーモンだ、自分の確率は上げても相手の確率は下げてこない、変わらないはず。それに、固有魔術名は『超幸運』であった。
そう睨んで、カナタはサイコロ五つを皿に振る。結果は『一』『一』『一』『一』『二』、合わせて『六』進む。
まさかの結果に、カナタは開いた口が塞がらない。相手は敵怪人であることを思い出し、聞いてみる。
「ホントに、俺らの確率操作とかは……」
『していない。操作したのは俺の確率だけだ』
相手は敵怪人。嘘をついている可能性は十二分にある。だが喚いても事は進まない。飲み込んで、次に託す。
ボーナスタイムのタイチの結果は『二』『四』『四』『三』『五』、合わせて『一八』進む。
「父さんすげぇ! ボードゲームデーモンを追い越した!」
だが、タイチの二ターン目より先に『超幸運』付きのボードゲームデーモンの二ターン目が先に来ることを思い出し、カナタは落胆に引き戻された。このゲーム、もうカナタたちが勝つには『一度で一気にゴール』が絶対条件なのだ。
「ゴルダン、頼んだ」
頼みの綱はゴルダンに渡った。だが結果は『二』『一』『四』『一』『六』、合わせて『一四』しか進むことができなかった。
「……畜生……」
春晴家、最後の砦は最後の砦にとても相応しいとは言えない状態のラーシャ。この世界もここまでか、とカナタは諦めかけたとき、奇跡は起こった。
「えーいっ」
サイコロ五つ、ラーシャの手からワイルドピッチ。盤上に散らばった。それをボードゲームデーモンは一つずつ読み上げる。
『『六』、『六』、『六』、『六』、『六』……合わせて『三〇』……! なん、だと……?』
ラーシャのゴールまでの残りマスは、ちょうどぴったり三〇だった。
「……すげぇ」
「凄いぞラーシャ!!」
ゴルダンはそう言って彼女の背中を軽く叩く。
「ほへぇ? あぁし、なーんかやっちゃいましたぁ??」
「やったもやった、超上出来だ!!」
ラーシャのコマは大ジャンプし、一気に『GOAL』と書かれた赤いマスまでたどり着いた。
その瞬間に、ボードゲームデーモンはサラサラと砂のような粒子になって消滅した。
「ゲームクリア……したのはいいけどよぉ」
タイチは酷い有様の我が家を見回す。
「家、このままかよ!!」
そう叫んだのも束の間、四人が同時に瞬きした瞬間にLDKはもとの、美しい昨晩のままの姿に戻った。
「あ、戻ったよ」
「戻るのかよ! よかった!!」
カーテンを閉めるのを忘れていた窓からは、澄んだ朝日が差し込んでいた。それと同時に、彼ら彼女らは降りてくる。
「おはよーみんな……って! なんでそんなボロボロなの!?」
驚くマキナ。
「なっ……お風呂! 早く!! それになんでピザなんて……」
対照的に怒るサユコ。
「今まで、どこに行ってたんだい? あの後ダイニングに戻っても、誰もいなかったんだけど……」
驚いてそう証言するセルア。カナタはそこから推理する。
――――カーレースデーモンとかベースボールデーモンとか、今回のボードゲームデーモンとかに共通した『バトルステージを展開する』能力……あれはその場に『領域展開』するんじゃなくて、別の場所に『領域展開』してそこに俺たちをワープさせてる……のかな?
そこまで考えたカナタは大きなあくびを一つ。寝ず飲まず食わずで一晩中すごろくに付き合わされていたのだ。今から寝たって罰は当たらないだろう。
「お早う、春晴カナタ」
階段の途中でタカトとすれ違った。
「おはようタカト」
後ろからチハヤも来た。二人とも制服を着ていた。もしかして、いやもしかしなくとも、
「今日、学校だっけ?」
「そーだよ。てかカナタ『クマ』やばくない? 何してたん?」
「オールナイトボドゲ……」
同時に、カナタは思い出す。今日が絶対に外せない日だということを。
「てか今日三者懇談じゃん」
三者懇談ということは、
「よっしゃ今日四時間授業~」
眠気は吹っ飛んだ。さっさと汚れを落として、学校に行こう。




