7-8 ミスヤナギバGP➁
どの来場者よりも早く講堂にたどり着いたカナタは、しっかりと最前中央の席を確保することに成功した。三〇分ばかりの暇な時間を過ごし、後ろにも多くの観客が入ってきたなという頃に、タイチから電話がかかってきた。
彼は開口一番「どこにいる?」と聞き、カナタは「ちゃんと最前列」と答えた。後ろを振り向くと、入り口から少しそれたところでかたまった一同と、スマホを耳に当てるタイチがいた。
『これ座れそうにねぇな……』
『二階席もあるから・・・』
電話口から聞こえたもう一つの声、叔父のシオンだ。
するとその時、場内がゆっくり暗くなった。
『やっべ。じゃあ、楽しんで』
「うん、そっちこそ」
カナタの方から電話を切ると、ステージの幕が上がった。
ステージ上はカラフルなホリゾントライトと真紅の幕で彩られ、いかにも『コンテストのステージ』となっていた。
ここにこれから最推しが立つとなると、カナタもどこかしみじみくるものがある。
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さて、ミスヤナギバGPが予定通りスタートしたわけだが、裏では少しトラブルが起こっていた。
マキナはこの日のためにマジックを練習していたのだが、肝心のマジック道具を家に忘れてきてしまったのだ。
「うわ~、やってもうたなぁ……どうする、マキナちゃん。別の何かでいく?」
心配そうに聞いてくれるシブキ。だが、マキナはみんなには隠しているが本物の『magic』も使える。なので……いや、一応だ、
「マジック研究部ってあったよね? すぐ、なんか借りてきてくれる?」
「おう任しとき! マジ研に知り合いおるから、頼んでみるわ」
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ミスヤナギバGP、出場者は残すところあとマキナ一人のところまで来た。客席には、先ほど披露されたエントリーナンバー三番のギターのバラードの弾き語りの余韻で、しんみりとした空気が漂っている。この雰囲気をひっくり返して、観客を熱狂させないといけないことを、マキナは悟る。
「かなり難易度高そうね」
ついに、彼女の出番がやって来た。
『次がいよいよ最後です! エントリーナンバー四番、春晴マキナさん!』
彼女は下手から舞台に上がった。正直なところ、人前に立つのはまだ慣れない。何度かそういった場数は踏んでいるものの、自分が主役になるというのは初めてに近いのだから。小刻みに震える膝と高鳴る鼓動を平常心で抑え込み、美しい姿勢を維持して、前に進み続ける。
おっと、かなり行きすぎた。先日テレビで見た、昔の外国の歌手を真似てみて、中央まで戻る。すると、そのあまりに綺麗なムーンウォークに拍手が起こった。
ステージ中央に立ったマキナは、前の出場者たちに倣って一つ、二つポーズを決める。熱烈な視線とシャッター音が目の前から感じられるが、あえて目線をやることは無かった。一〇〇パーセントカナタだと分かっていたからだ。
司会の女性が出てきて『これからアピールタイムですが、春晴さんは何をするんでしょうか』と聞いた。
マイクを受け取ったマキナは答える。
「マジック、です。Evocatio obiecti/物体召喚!!」
その瞬間、マキナは右手からステッキをパッと取り出してみせた。
その光景に、カナタは呆気にとられた。シャッターを既に一〇回ほど切った後だったが、思いもよらないガチ魔術使用にその手も止まる。
それからもマキナは止まらない。「Plantae statim crescunt/植物が即成長」で小さな鉢に花を咲かせ、「Sectiones transversales iterum iunguntur/断面が再結合」で切ったロープを繋ぎ戻し、再び「Evocatio obiecti/物体召喚」で今度は空中に大量のトランプを召喚し、一瞬暗転したかと思えば、それらは全て彼女の手の中にあった。
そして客席に降り、カナタの隣で見ていた小鳥遊キイチの目の前に止まった。
「この中から一枚、選んで」
キイチは言われるがまま、彼から見て中央よりやや右寄りのトランプを一枚取って、マキナに見えぬようにチラと確認した。
「今からそれを当てるね」
彼女は唱える、「prospectus/透視」と。
「……見えました。キイチが持ってるのはスバリ、クラブの3」
キイチはこういうのが初めてだったのだろうか。とても驚いた顔をして「そうです!」と言った。
ポケットから取り出して確認しても、しっかりクラブの3だった。
マキナはステージに戻り、キイチはまだ驚いた顔をしている。そんな一方隣のカナタは、
――――そーゆー関係なのね!?
と嫉妬心をあらわにキイチを凝視していた。
さて、マキナの持ち場も残りわずか。これが最後の、マジックだ。
「今からこの『コイン』を誰かのポケットに移動させます。一、二の、motus obiecti/物体移動!」
マキナが頭の中で詠唱と同時に指定した、『コイン』の移動先。それは二階席に座るシオンの胸ポケットだった。感づいたシオンは『コイン』を取り出して立ち上がり、両手を上げてアピールしてみせた。その瞬間に拍手は巻き起こる。
「これで、エントリーナンバー四番、春晴マキナのアピールタイムを終わります」
再び上がる拍手喝采に一礼し、彼女は姿勢を崩さぬまま下手に退場していった。
完全に捌けきったマキナは一気に緊張がほぐれたのか、床に座り込んだ。
「おぅおぅ、大丈夫か?」
シブキは水の入ったペットボトルをしゃがんで差し出した。マキナもそれを喉に流し込む。
「私、やれたよね?」
「おう。一〇〇点満点パーフェクトや!」
一方その頃のカナタ。ずっとキイチに重い視線を送り続けていたが、とうとうそれがバレてしまった。
「どうかしました?」
「あっ……いえいえ。『うちの』マキナと仲いいんだな~って」
「『うちの』って……あ、もしかしてマキナさんの言ってた『カナタ』って」
「そうですそうです! まさしく俺です。で、あなたはマキナの言ってた『キイチ』さん」
「はい。小鳥遊です」
その時、二人の間で何かが通じ合ったのか、彼らは固く手を握り合った。
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投票フォームを用いた観客投票も終わり、ついに結果発表の時間になった。ステージ上には全参加者四人が登壇し、その時が来るのを待っていた。
『さあ、ついに結果発表です! 二〇二五年度柳祭、ミスヤナギバGP、準優勝は……エントリーナンバー三番! 呉越アスカさん! おめでとうございます!』
カナタやキイチ、二階席の春晴家の面々たちに張り詰めていたものが少し解けたようだった。これで残る可能性は二つ。一位か、それ以外か……!
『そして、優勝は……エントリーナンバー一番、小路ユズキさん! おめでとうございます!!』
一位にも、二位にもなれなかった。マキナ自身は勿論、彼女を応援していた一一人も、その結果を残念がった。
「そっ……かぁ」
だが、実はもう一つあった。
『ここで、特別賞の発表です。特別賞、柳賞を受賞したのは……』
「柳賞?! 第一回開催以降、一度も授与されてない幻の……!」
シオンは驚く。
まさかの知らせに、彼女らはもう一度胸の鼓動を高鳴らせた。今度こそ、今度こそ、と。
『エントリーナンバー四番! 春晴マキナさん!』
「へっ?」
彼女の両手に、木彫りのトロフィーが手渡された。そうしてようやく実感する。一位にはなれなかったが、それよりも価値のある特別賞に輝いたのだと。
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ミスヤナギバGPを終えたマキナと春晴家は、講堂の外で落ち合った。
ここでも、トロフィーを手にしたミスコンマキナを、カナタはカメラに収めまくっている。
「本っ当に凄かったですよ、マキナちゃん」
「あの大技、どうやって練習したんだい?」
そうセルアに聞かれても、魔法だとはとても返せない。すぐ横に、またしても何も知らない冬雪チハヤさん(14)がいるからだ。
「あ、アハハ~ まぁ、放課後に頑張って?」
その苦笑の裏で、彼女は思う。
――――これもうバラしちゃった方が楽じゃない……?
その時、放送が鳴った。
『まもなく、講堂プログラム三番、ミスターヤナギバGPが始まります。ご覧になりたい方は、講堂にお集まりください』
「あー、ごめん。俺これも見たいから、行ってくる」
そう言ってカナタは再び行ってしまった。
「みんな、これ見たい?」
サユコが聞いたが、反応は大して良いものではなく、興味も無さげだった。
「じゃー俺らは、何か食い行こうぜ」
花より団子な春晴家。シオンも交えて、学園祭の人混みに消えていった。
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ミスヤナギバGP、正直なところ、どこか単なるパフォーマンス大会に近しいものを感じたのは自分だけではないと、カナタは願っていた。だがこれも、じきに納得することである。
ミスターヤナギバGPが幕を開けて出てきたのは、女装パフォーマンス、一発芸、流行りのティックトックダンスメドレー、お世辞にも上手いとは言えないのど自慢、と、まるでトンチキフェスティバルであった。
終演を間近にして、カナタはパンフレットの『ミスヤナギバGPはミスターヤナギバGPよりも後に生まれた』との記載を思いだした。
――――あっこれ、ミスコンとは名ばかりの『隠し芸大会』(女子は真面目にコンテストをやろうとしてただけなやつ)だ。




