7-6 ベースボール、ゲームセット
全員が守備位置に着き、ついに最終回がプレイボール。
バッターボックスのベースボールデーモンは、何か違和感を抱えていた。
――――何かーっ、時間の流れ方にーっ、違和感がーっ、あるーっ。なんなんだーっ、これはーっ。
そっちに気を取られ過ぎて、最初の球は見逃しストライク。
『しまったーっ』
野球モチーフともあろう怪人が、なんという失態。次にこのミスは無いと自らを追い詰めた一振りは、強烈だった。打球は大きなアーチを描いて黄色のバーを越えようとした、その時だった。
「そいっ」
いつの間にかコスモに変身していたカナタが、足裏反重力ジェットでフライングして、そのままキャッチ。
『そんなのーっ! アリかーっ!!』
「アリだよバーカ。そっちもあんなバッティングマシンみたいな球投げてきたでしょ。お互い様~(笑)」
センターから演劇部仕込みのチハヤの大煽り声が、野球場に響いた。
というわけで、ワンアウト。
『二番、レフト、デーモントルーパーB』
先程の煽りで苛立ちを隠しきれないアナウンスが鳴る。ベースボールデーモンに続く彼の打球、これもまたいい当たりだが、ショートのマキナに捕られ、一塁に送られて早々にツーアウト。
彼女の脳裏には、ドラゴンベースに登場する天才数学者『龍田川』の言葉があった。だが作者の私が野球のテクには疎いので、ここは割愛させてもらう。
――――何なんだーっ。アイツらの野球ーっ、まるでーっ、人が変わったようだーっ。
三人目のバッター、デーモントルーパーC。前二人とは違って彼はダメだった。筋肉痛になってしまったのか右腕をさすりながらバッターボックスに立った彼は空振り三振という結果を叩き出してしまった。
「よっしゃ。この回は完封で攻守交代♪」
ウキウキでカナタはベンチへ戻った。
だが、肝心なのはここから。次の九回の裏で最低でも一六点、取らなければいけないのだから。そのためには満塁ホームラン×四が最短の近道になるのだが、
『六番、ライト、春晴カナタ』
初っ端不安しかないバッターが出てきた。
正直なところ、ベースボールデーモンの投球を打つのは不安しかなかった。友人とバッティングセンターに行っても五〇キロのボールがやっとなのに、推定二〇〇キロもあるボールなど速すぎて怖すぎて打てるわけがない。最悪の場合、腕がもげて持っていかれてしまうかもしれない。それが怖くて、一度もバットをボールに当てられずにいた。
だが、今は違う。先ほどの映画でも居た、ボールを怖がって上手くプレーができななかったが、龍田川と出会って変われた選手と今の自分を重ねて、チームの勝利のために勇気を振り絞る、歯を食いしばる。
振ったバットに当たった豪速球の衝撃が、バットを伝って腕に、腕を伝って体に届く。それでも確かに、ボールは飛んで行った。バットを投げて、一塁へ疾走する。テレビやベンチから見ていた塁間よりも、実際はとてつもなく、足が動いているのかすら疑問に感じるほど長かった。
セカンドに捕られた。ファーストに送られてくるのは時間の問題だ。カナタは届く一縷の可能性に賭けて、滑り込んだ。スライディング、セーフ。
「よしっ……」
ベンチのタイチは息子が成長した喜びを噛み締めるように、ガッツポーズを見せた。
続くバッターは七番マキナ。バットの先まで魔力を込めて、豪速球を見切って、打つ。センターフライ、捕られてしまうかと思いきや幸運にも、そこ担当のデーモントルーパーがエラーしてくれた。そのままの勢いでカナタが三塁に、マキナが二塁についた。
お次はラーシャ、バントでなんとか一塁へ。進むのが危険と判断したカナタとマキナが動かなかったことにより、満塁という状況が生まれた。
だが、彼女らに続いたバッターが、不安要因その二のリゲルだった。これは地下都市の人間ほとんどに共通することだが、幼い頃から勉強、勉強、研究、研究で貧弱な体なのである。やらかしようによっては、一塁とホームベースでツーアウトの可能性もあり得る。
だが、彼はひっくり返した。ホームランとは行かなかったが、ヒットを打ったことによりカナタがホームベースに帰ったことにより一点追加かつノーアウトで満塁維持ができた。
――――筋力増加machineを着けといてcorrect answerだったぜ。
この千載一遇チャンスに、打順が一周して戻ってきたのは、
『一番、ファースト、刃那伊地タカト』
以前は力加減の調節を間違えてフライアウトになってしまったが、今回は違う。球種と球速から、短時間で何度も何度も演算を重ね、ベストの角度と力加減を割り出す。
「見えた」
赤く光った眼が、ボールを捕捉する。左足を大きく上げて、打つ。
打球がこれまた飛ぶわ飛ぶわ。黄色いバーを、電光掲示板をも飛び越えて、空の果てに消えた。
『じょ、場外ホームランーっ……』
「やーったぁ」
三塁にいたマキナは可愛く喜びつつホームベースへ戻り、それにラーシャ、リゲル、そしてタカトが続いた。
「ノーアウトで一気に四点、いや、五点……! 一気に半分近くまで追いついたぞ! このまま行けーっ!!!」
それからも「パワーだけエース」から映画を見たことで「スーパーエース」に進化したセルア、ゴルダン、明るくのらりくらりと自由にプレーするチハヤたちが続き、ノーアウトを維持したまま二〇点まで追いついた。
再び満塁。実質最後のバッターであるゴルダンがバッターボックスに立ったその瞬間、ベースボールデーモンはノールックで二〇〇キロ近いボールを、ゴルダンの顔めがけて投げた。咄嗟に彼はバットでガードしたが、勢いで後ろに転んでしまった。
「っ……テメェ! 何してくれて・・・」
ベースボールデーモンが寄ってきて、ゴルダンの胸ぐらを掴んで引っ張り上げた。
乱闘だ。
両チームの選手が出てきて、二人を引き離す。
『こんな試合ーっ! やってられるかーっ! 力づくで、お前らをーっ、負かす!!』
ベースボールデーモンは制止していた二体のデーモントルーパー選手を振り払い、目の前にいたセルアを殴りつけようとしたが、
「『発動:Defensio automatica/自動防御』」
間一髪で拳を防いだ。
「……父さん、代走用意しといて」
「うーい」
忘れている人、知らない人のために説明しよう。セルア・レイズの固有魔術『Defensio automatica/自動防御』には五分間の時間制限があり、時間が切れると意識を失ってしまうのだ。
この暴力沙汰を受けて審判デーモントルーパーは告げる。
『デーモントルーパー様、退場ー!!』
彼に溜まりに溜まっていた怒りは、ついに噴き出した。周りのデーモントルーパーをなぎ倒し、リゲルやチハヤを、まるで幼児の駄々のようにぶんぶん回した腕で弾き飛ばし、ボールを体中の発射口から四方八方に射出し始めた。
慌ててベンチに引っ込んだチーム春晴の選手たち。
「もうこれ収拾つかねぇな」
「カナター、みんなー、行くわよー」
ここまで野球をやっておいて最後はこれか、と呆れた様子のマキナが、さっきまで握っていた右手のバットを杖に持ち替えて言った。
『おー』
「good luck~」
リゲル、チハヤ、タカト、マコトの四人をベンチに残した五人は、再びグラウンドに駆け出した。戦えるメンバー全員が出ても過剰戦力になるだけだし最低限でいいだろう、という考えもあるのだろう。
――――前、カーレースデーモンを倒したときは『レースに勝つ』が条件だった。なら、野球試合を仕掛けてきたベースボールデーモンなら……
ボールはたくさん飛んできている。無論、バッターボックスの方向にも。
「野球だっ!」
カナタが叫ぶ。
「ベースボールデーモンの倒し方は野球で勝つことなんだ!」
「根拠は?!」
セルアが叫んで尋ねる。
「以前の経験! セルア、剣パス!!」
彼は一瞬戸惑ったが、カナタがこの剣をバット代わりにしようとしていることはすぐに分かった。
「了解!」
カナタはコスモに再び変身し、剣を受け取った。バッターボックスに立ち、荒れ狂う暴投の波の中から一球を見出し、それを力いっぱい打った。打球はライトフライ。ベースボールデーモンは本能で捕りに向かう。だがそれはセルアたちが許さない。
「Spina Glacialis/氷の茨」
でマキナはベースボールデーモンを足止めし、セルアやゴルダンは未だに射出され続けるボールを一つ一つ、カナタの進塁の邪魔にならないように撃ち落とし、ラーシャは魔術でカナタの足の速さを上昇させる。
一塁を踏み、二塁も踏み、三塁、そしてホームベースまでの最後の十数メートル。
『いっけぇぇぇぇぇぇ』
「ぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!」
最後は飛び込んで、届いた。ホームに。
その瞬間、ベースボールデーモンの肉体からデーモンコアが出てきた。
「それを潰して! 今すぐ!」
カナタは叫んだ。それを耳にしていち早く動き出したのはゴルダンだった。
「古式武闘術五番:回転蹴り!」
跳び上がって、彼の脚がデーモンコアを粉砕した。
その瞬間、彼らの周囲は、世界は、真っ白い光に包まれた。
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「う、う~ん……」
カナタたちが目を覚ましたのは、春晴家のリビング、ソファの上だった。
「たお……した……?」
「みたいだね」
カナタとセルアは部屋の中を見回して、ちゃんと全員いるか確認する。マキナ、ゴルダン、ラーシャ、リゲル、チハヤ、マコト、レイカ、タカト、タイチ、サユコ、謎の男。
「ぅえぇぇ?!?!」
だがよく見てみると、カナタたちはその顔に覚えがあった。
「庭瀬竜司選手! なんでここに……」
彼の言う庭瀬、それはドラゴンベースの主人公の甲子園球児である。彼もまた魔王軍に捕まり、ベースボールデーモンに改造されてしまったのだろう。
その時、タイチが目覚めた。
「お、おい! お前ら起きろ! 泥まみれのユニフォームで寝っ転がるなぁ!!」
目覚めの一喝で、全員がゆっくり目を覚ました。
「はい起きろ起きろ。そのまま風呂行け~ 男は庭で水浴びろ~」
「機械人間のワタシは、どうすれば、いい」
「機械人間!? うーん……後で拭いてやるから、まずそれ脱げ……って映画に出てきた選手! なんでここに」
タイチにそう聞かれてもキョトンとした具合の選手。彼らの間にJNIAの二人が割って入る。
「日本国家情報調査局です。ご同行願います」
「お二人も、まずは綺麗にしましょう」
カナタは行った。
まぁ、何はともあれ、ゲームセット。これにて試合終了だ。




