7-4 もし異世界からの逆転移者が現地人(+怪人)と野球をしたら①
チハヤが家出してきて、一日と一夜が経った。この日は文化の日、すなわち祝日で、学校も会社も休み。ということもあり、春晴家は揃ってリビングでぐうたらしていた。
その時はまだ、誰も思ってもみなかった。唐突にリビングが、周りの風景が、野球場のベンチに変わるなんて。
「……え?」
仰向けでスマホを弄っていたカナタは、目をぱちくりさせながら、何が起こったのか考える。
「なんで?」
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状況を誰も把握できぬまま、現在春晴家に住んでいてかつ急に野球場に転移させられた一〇人は、とりあえずグラウンドに出てみる。よく見たら、自分も、周りの者も野球のユニフォーム姿ではないか。いつの間に着替えさせられたのだろうか、考えても分かりようが無かった。
「マキナーこっちむいてー」
カナタがスマホを構えてやることは一つ。新衣装の推しを、写真に収める。それだけだ。
そんな二人を尻目に、セルアは目の前に立ちはだかるデーモン怪人と、これまた野球のユニフォームを着た八人の取り巻きデーモントルーパーに構えていた。
「何者だ?」
落ち着きながらも威圧感のある声色で、彼は尋ねる。
『僕の名はーっ!! ベースボールデーモンっ!!』
高校球児の声出しさながらの口調と声の大きさが、カナタたちの耳を刺激する。
『お前らをーっ!! 倒しに来ましたーっ!! 野球でーっ!!』
デーモントルーパーたちは一斉にバットやグローブ、硬式ボールを取り出し、威嚇を始めた。
「ヤキュウ……野球……」
はじめに異世界から春晴家にやってきたセルア、マキナ、ゴルダン、ラーシャの四人は、野球のことを『大体ざっくり』知っていた。プロ野球がシーズンの間は、毎晩の観戦が半ばルーティーン化していたこともある。
だが、『大体ざっくり』としか知らない上に、当たり前だが彼らは野球未経験者なので、このままプレーさせるには不安が残る、というのがタイチの見解だった。我が子と同居人が敵対している組織との野球勝負が決まって早々、監督気分である。
『試合開始はーっ!! 今から三〇分後ーっ!! それまでにぃーっ!! 準備をーっ!! して来ーいっ!!』
そう言って、ベースボールデーモンたちは自陣のベンチに戻っていった。仕方がないので、カナタたちもベンチに戻るとした。
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彼らは早速、残された時間で作戦会議と野球に関する勉強をしようということになった。
「まずは、野球とは何たるかの確認だ。知らない奴も二人いるからな」
タイチはタカトとリゲルの方を見て言った。
「まず、野球というのは二チームそれぞれ九人が、攻守を交代しながら球を打ったり投げたりして、より多く点を稼いだ方が勝利! ポジションごとの詳しいルールは……まぁこっちが後攻みたいだからその都度でいいか」
「いいんかい」
「あ、ねぇ待って」
サユコが言った。
「これ、人数足りるのかしら。私は運動できる体力無いし、パパは監督だし、参加できそうなのはカナタ、チハヤちゃん、セルアくん、マキナちゃん、ゴルダンくん、ラーシャちゃんに、リゲルさんとタカトくんの八人よね」
『あー』
確かに、というような声が揃った。
「釘原さんたち、呼ぶ?」
「それで行くか。二人足して選手一〇人、足りる足りる」
だが、カナタはスマホの電波が『ここ』で通じるのか、疑問に思っていた。
それは以前の、カーレースデーモンの時の経験からだった。カーレースデーモンが固有魔術として展開した『競走場』ではスマホの電波はずっと圏外だった。もし、この野球場があの時と同じならば、スマホの電波は通じないはずだ。
「大丈夫ですか!?」
突然、ベンチと外を繋ぐ扉が開いて、マコトが出てきた。
「……え?」
扉の向こう、マコトとレイカの背後には、春晴家の廊下が広がっていた。
「そこの扉、外と繋がっているのか」
と、セルアは頷く。
リビングに入ったはずが、いつの間にかどこぞの野球場にワープしていた二人は目を丸くして辺りを見回す。
「魔力量アラートを聞き付けて来てみたが、まさかこんなことに……」
立ち上がったタイチは二人の肩にポンと手を乗せて口を開く。
「二人とも、よく来てくれた。早速だが、これに着替えてくれ」
タイチはベンチの上に置いてあったユニフォームを、二人に渡した。
「「はい?」」
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三〇分が過ぎた。その間に、チーム春晴は作戦会議を、完璧なまでのクオリティで終わらせた。
「……ということだ。いいか?! いいなら円陣だ!」
ベンチでは狭いのでそこからでて、一二人は互いに肩を組みあい、円陣になった。
「勝つぞー」
『おー』
さあ、プレイボールだ。やや寒くなってきた秋空のもと、彼らは野球に魂を燃やす。
一番最初のバッターは、デーモンズのサード、デーモントルーパーAだ。
対してチーム春晴から、くじ引きでマウンドに立つことになったのはセルアだった。彼は思い出す。テレビの中の野球選手、そこら辺のボムモンスターにボムを間一髪で投げ返したあの時……
彼は、ボールを投げた。持ち前の筋力はもちろん、魔力で強化された砲丸投げのフォームから、豪速球が飛び出した。
ボールは時速一五〇キロを維持しながら、バッタートルーパーの頭に、突っ込んだ。もろに衝撃をくらった彼は、頭がもっていかれそうな勢いで倒れた。
「……た、ターイム!!」
試合開始早々のこの惨事を受け、タイチは試合を止めて全員をベンチに呼び戻した。
「選手交代だ。流石に野球経験ゼロ日目にやらせるべきじゃなかったわ」
「はい、すみません……」
反省の顔を浮かべて俯くセルアの横で、ゴルダンが口を開く。
「そうは言っても、誰が適任なのかね。俺はキャッチャー固定だろ?」
「固定だな」
「となると……」
彼らは同時に選手の分析を、頭の中で始めた。
パワー量、コントロール、持久力、知識、そして野球怪人と渡り合えるか。どれをとってみても、「この人こそが適任」と言える選手は居なかった。仕方がないので、妥協案をとることにした。
「「釘原さん、よろしくお願いします」」
「……俺か……」
『ここでチーム春晴、選手の交代をお知らせします』
この試合のウグイス嬢を務めるのは、まさかのベースボールデーモンだった。デーモン怪人に共通する癖のある喋り方を抑え、さらに気持ちの悪い裏声を足すことで、それっぽくはなっている。
『ピッチャー、三番、セルア・レイズに代わりまして、七番、釘原マコト。また、デーモンズ一番、デーモントルーパーAに代わりまして、デーモントルーパーαが代走いたします』
そういえばさっきは大デッドボールだったなと、一同は思い出す。デッドボール、即ち出塁ということは言わずもがなだ。
マウンドに立ったマコトは足を上げ、自分のこれまでの野球人生を振り返る。
――――俺はずっと、ピッチャーをやりたかった。そのために、めちゃくちゃ努力した。だが結果は万年ベンチ……! 少年野球、シニア、高校野球、そしてJNIA草野球クラブでも……! 今までの屈辱を、この一球に!!
彼の腕は大きくしなり、豪快なストレートを、キャッチャーミットめがけて繰り出した。
だが次の瞬間、金属バットの気持ちいい音が、ダイヤモンドに響いた。
「へ?」
打球はアーチを描き、呆気に取られて立ち尽くす外野のチハヤたちの上を通りすぎ、黄色のバーを遥かに超えて芝生に着地した。
「ほ、ホームラン……」
「えぇ初っ端ぁ?!」
デーモンズ、二点追加。
デッドボールとホームランでプラマイゼロ、といったところだろうか。だがチーム春晴にとっては非常に幸先の悪いこの試合。これからの五イニングが不安でしかない。
だが、もし負ければベースボールデーモンに世界滅ぼされるかもしれない。それは何としてでも阻止しなければならない。その心意気で、彼らは試合に臨む。チハヤを除いて……!!




