7-2 ある晩
ハロウィンからちょうど一週間と一日が経った土曜日の夜。春晴家のリビングには、チハヤの姿があった。学校の道具が入ったリュックと、着替えやスマホが入った手提げカバンと共に。
「つまり……家出?」
カナタが尋ねると「うん!」と元気に彼女は答えた。
「いやーマジでさぁ、あの二人腹立たしいわ~あたしなーんにも悪いことしてないのにさ」
「そういっときながら、なんかしてたんじゃないの?」
「全っ然。カエデと二ケツで不動台の坂ぶっ飛ばしただけだし」
――――がっつりやってるなぁ。
春晴家の三人は心の中で声を揃えた。
「ヘルメットは?」
「無いけど?」
――――スリーアウトやん。
「ま、まぁ、俺もやったことあるから咎めはしないけど……これからどうすんの?」
「そんなの決まってんじゃん。ここにお世話になるんだよ?」
「マジか」
いきなり言われて、タイチも対応を思案するのだった。
「……まぁ、パパに連絡入れといてやるから、今夜はうちに泊まりな」
「あざーっす!!」
「てかチハヤ、来週から期末だけど勉強した?」
「ムロンぶっつけ本番」
「アカンアカン、勉強するよ」
そう言われても、「やだね!」と席を立ち、走って二階に逃げられた。
「逃がすかぁ!!」
カナタが追いかけてリビングから出た頃には、彼女は既に階段の後半を駆け上がっていた。
「羽柴さんのところ行っちゃうもんね~」
その瞬間、チハヤは何か、いや誰かとぶつかった。その拍子に背中から落ちそうになったが、「彼」に支えられてバランスを取り戻した。その「彼」とは、
「はっハナイチくん? なんでカナタんちに……」
風呂上がりで崩れたミントグリーンの前髪の隙間から銀色の眼を鋭く覗かせている、刃那伊地タカトだった。
「昨晩から、居候している。お前こそ、何故いる」
タカトとチハヤは精々一、二度しか顔を合わせた機会は無かったのだが、カナタを介してちょっとした顔見知りになっていたのだ。
「……あたしも当分ここに居候! 分かったら放し、て……」
チハヤは無理矢理タカトの腕から抜け出そうとした。だからか、二人は揃ってバランスを崩し、後ろからゆっくり上ってきていたカナタも巻き込んで、階段を転がり落ちた。
その音を聞き付けて、両親はもちろん、布団に潜っていたセルアたちも起きて転落の現場を、心配して見に来た。
「なーにやってんだよ、この『三バカ』は」
「大丈夫かー?」
呆れるタイチとは対照的に、二階からセルアは心配そうに聞く。
「なんとか……」
「ねぇハナイチくん重い! 早くどいて……」
タカトは知っての通り機械人間。故に重量も並みの人間より貼るかに上だ。そんなものが上に乗っかってこられたら、たまったものではない。
そんな彼は「すまない」とすぐによけて立ち上がった。
その時だった。階段の真下にあった床ハッチが勢いよく開き、その中から髪が乱れに乱れ、目の下にクマもつくったリゲルが飛び出してきた。
「ついに finishhhhhed!!」
その声があまりにも唐突だったため、全員が一瞬肩を小さく震わせた。
「今度は何だよ、ビビらせやがって」
「完成したんだよ! もとの世・・・」
「ストーップ櫛田さん!!!」
カナタの先見の明は正しかった。逆異世界転移の一件とは一応未関係のチハヤがいる前で、「もとの世界」なんて口走られたら面倒だ。
櫛田さん、というのも先日リゲルに届いた、毎度お馴染み偽装身分証に書かれていた名前『櫛田伊吹』のこと。いやはや、咄嗟で偽名を言えてよかったと、カナタも思っていた。
その甲斐あってか、チハヤは
――――この家の住人数、短期間でどんだけ増えてんのよ。
としか思っていなかった。
二年生が始まる前までは三人だったのに、夏休みの最終盤に来てみれば四人増えてたし、今日来たらさらに二人増えていた。流石に彼女でも違和感を持つ。だが、「まあいっか、気にしないでおこう」となるのが冬雪チハヤという少女であった。




