6-5 ハロウィン①
一七時、渋谷。例年のトラブルや新型コロナウイルスの影響で敷かれていた「ハロウィン自粛」な昨年までの方向性とは今年は打って変わり、渋谷一帯は仮装をした若者たちで溢れかえっていた。どうしてこうなったのかは分からないが、ウェルカムな空気なわけだ。
無論、路上での飲酒喫煙やポイ捨ては禁止が呼びかけられているし、ボランティアや区の職員が巡回している。混乱やトラブルを防止するためにDJポリスをはじめとする警察官も、スクランブル交差点を中心に多数配置されていた。ウェルカムな分、一定の秩序を保つための対策は完璧だった。
そんな渋谷に、カナタたちはやってきた。仮装をして。
ちなみにタイチは、中野で「後は頑張れ」と降りて行った。きっと今頃どこかの居酒屋で飲んでいるところだろう。
「人、多っ」
もはやすし詰め状態といっても過言ではない、渋谷駅ハチ公口。改札は出られても、駅そのものからは出られずにいた。現在が赤信号だということもあるのだろう。「進んでください」とメガホンは繰り返し叫んでいるが、到底進めたものじゃない。もし雑踏事故でも起ころうものなら一大事だ。
そんな中、五人の中で最も背が高くて日本人の平均身長よりも背の高いセルアは、遠くに立つ歩行者用信号機を見つめていた。「イケメン~」「外国の人かな?」と近くの若い女性たちが話していたが、聞こえないふりを貫いた。そして不意に口を開く。
「信号が変わった。もう動けるはずだ」
これが、背の高い人の利点というべきだろうか。
とはいえ、彼らがいるのは人混みの後ろの後ろのそのまた後ろ。一回の青信号では渡り切れないことを、カナタは察していた。なので、その旨を共有し、落ち着いて進むことにした。
「ねえねえ。これからどう進むの?」
赤信号で立ち止まったタイミングで、マキナがカナタに聞く。
「あ、何も考えてなかったなぁ……とりあえず、センター街の方歩いてみよう」
再び青信号の時がやってきた。警官の持つ黄色いテープからはみ出ないように気をつけつつ、後ろが渋滞しないようなスピードで歩く。
「みんな、はぐれないでよー!」
カナタの呼びかけに、返事はちゃんと四つ返ってきた。
気がつけば、巨大なモニターが頭上に光るQFRONTの前までやってきていた。ここで一度カナタは足を止める。
「お疲れみん……な……」
振り返って、セルアたちがいる方を見たが、そこに彼らはいなかった。誰もいなかった。
「え待って……」
――――俺の方がはぐれちゃってるし……!!
急いでスマホを立ち上げ、電話しようと操作する。真っ先に目に留まったのはゴルダンの番号。タップして電話をかける。……だが繋がらない。この人混みのせいで回線も混みあっているだろうということを、カナタは予想していたが、まさにその通りとなっていた。
それでもめげずに残りの三人にも電話をかける。……だが繋がらなかった。
「――――詰んだぁ……」
カナタはがっくり肩を落として、ビルのガラス壁にもたれかかった。
と、その時。
「ぁ……あの、」
声をかけられた。意味もあてもなく弄っていたスマホから視線を上げると、そこには上半身が巨大なジャック・オー・ランタンの人(……?)がいた。
「だぃじょぅぶ……ですゕ?」
「え? ああ、はい。別になんとも……」
彼の判断は「別に人に頼らなくても、そのうち多分会える。だからここは受け流すが吉」。
「ほんとぅに……?」
「はい。お気遣いに感謝します。それでは」
そう言い残して、カナタは神宮通りの方向にすたすたと退散した。彼自身、大してコミュ強というわけではない。いや、コミュ強寄りではあるが、初対面かつ素性の知れない人に対しては普段通りの接し方が緊張してできないだけだ。まあ、大抵の日本人がきっとそうであろう。
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「あっ……! 何をしているんだ『パンプキンデーモン』……!」
同刻、魔王城の一室。かつてシャークデーモン、もといシャークマンが幽閉されていたのと同じタイプの部屋で、スピカは魔法石が生み出したスクリーン越しにパンプキンデーモンの動向を観察していた。
コンコンココーンと、ふざけた音がドアから鳴った。
「入れ」
ドアが開き、訪問者が姿を見せる。クラハ・ステイシーだった。
「ねーそんな口の利き方していいの? 『幹部補佐』の分際で」
そう、彼の言う通り、スピカは度重なる任務の失敗と先の幕末での負傷で、幹部から一段下の幹部補佐に格下げとなっていた。
「別にいいだろう。いずれまたお前たちと肩を並べるのだから」
「でもー、今は今でしょ? ハイ、敬語♪」
いくら元同僚とはいえ、流石に歯向かうことは許されない。彼女は苦虫を嚙み潰したような顔で「はい、わかりました。ステイシー様」と返事をした
「それでいいんだよ。……で、調子どう? デーモンの」
「あいつは弱気すぎる。折角『はろうぃん』とやらに合わせたものを選んだのに、抹殺なんてできるのか?」
「なっるほっどね~……。んじゃ試しに、デーモンコア追加してみる?」
「それはもう一つ組み込む、ということで合っているのか?」
「ん?」とクラハに不気味な笑みで聞き返されて、スピカはさっき言われたばかりのことを思い出す。
「……合っているのでしょうか?」
「そのとーり!」
「分かった……」とスピカは席を立つ。だがそれはクラハに止められた。
「ボクが行く~。『はろうぃん』っての気になるし、任務連続で失敗した人に任せられるわけないじゃん」
それもそう。納得できる部分ではあるしその事実は存在するが、やはり、いまいちその無駄に明るい態度が気に食わない。彼女は少し、彼への嫌悪感が積もった。
「ほんじゃーねー」
別れの挨拶は適当に済ませ、ばたんとドアは閉じられた。
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一方、セルアたち。
「まずい、カナタとはぐれた」
人混みに流されるまま流されて、文化村通りを109より少し奥の辺りに、彼らは流れ着いていた。
「電話してみたらどうでしょうか?」
ラーシャの助言で、セルアは先程のカナタと同じように、スマホで連絡を取ろうとしたが、案の定繋がらなかった。
「ダメだ、繋がらない」
「うそ、なんで……」
その時、彼らは思いだす。カナタがこれからどこに行こうとしていたのか。
「――――!」
「「「「センター街!!!!」」」」
「センター街ということは……」
セルアがマップアプリでGPSから渋谷を探し出し、拡大。自分たちのいる場所のすぐ近くに、渋谷センター街はあった。
「あっちだ。行こう!」
彼らはもと来た道を人混みを避けながら、カナタが待つと信じてセンター街の方へ駆けていった。
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謎のパンプキンマンから逃れ、街灯がオレンジと紫に光る神宮通りをとぼとぼと歩いているカナタ。
「さぁ……これからどうしよ……」
すれ違うマキナとセルアのコスプレをしたカップルを横目に、ふと、カナタもさっき言ったことを思い出した。
「……センター街……もしかしてみんなそこにいるかな?」
思い出したなら即行動。公園通りを曲がり、マルイの前を曲がり、井の頭通りを経由してセンター街に五分足らずでたどり着いた。
例に漏れずと言うべきだろうか、センター街も仮装やコスプレをした若者でごった返していた。これではとても探せたものではないし、すれ違う可能性だって十二分にあった。
だからといって行動しなかったら、この人混みのせいでイベント中、最悪の場合今日はもう合流できないかもしれない。折角の年に一度のハロウィン、それは嫌だ。
ということで、周りをよく見まわしながらセンター街をスクランブル交差点方面に進む。道端でたむろしている人たちを除いて、カナタは流れに逆行していた。少々歩きにくいが、仕方ない。
カラオケ屋、コンビニ、ファストフード店、ラーメン屋、靴屋、ブランド品高額買取の店などなどの前を通り過ぎ、もうスクランブル交差点も目の前だぞ……というところまで来た。
「……あ」
マキナを見つけた。黒のケープコートにグレーの袴パンツ、赤い宝石がついたペンダントと魔女の帽子。
「違う。あれただのコスプレイヤーだ」
今現在の彼女の恰好がキョンシーだということを、カナタは思い出した。危ない、危うく見ず知らずのマキナに声をかけるところだった。
とうとう、スクランブル交差点まで来てしまった。これではただぐるっと一週したようなものではないか。
一旦足の休憩も兼ねて、書店の前で立ち止まる。
するとその時、目の前をフランケンシュタインと狼男と死神とキョンシーの集団が早足で横切った。
「……あ」
とっさにカナタは追いかける。
「ストップ! 待ってみんな!」
その声に四人は足を止め、振り返る。向こうも、探していた人が見つかったかもしれないということで、少しほっとした様子だった。
「あっ、やっぱりカナタだ」
「今まで一体どこに?」
「ごめん。人混みに流されちゃった」
カナタは申し訳なさそうに微笑んだ。
「それは私たちも同じかもしれませんね」
「かもな」
やっと合流もできたことだし、これからハロウィンの渋谷を練り歩こう、と動きだそうとしたその時だった。
青信号で多くの人が渡っていたスクランブル交差点の中心で、
『トリック・オア・トリート!!』
という叫び声と共に、クラッカーのような破裂音が連続して二つ、鳴り響いた。
「何?」
周囲にいた人は驚いて咄嗟に逃げ始めた。その際に転び、一〇人近くを巻き込む将棋倒しになってもいた。
それからも立て続けに破裂音が何度も鳴り響いた。
そんな中、カナタの目には衝撃的な光景が映っていた。人々が次々と、飴やクッキーに変えられていたのだ。
「ねぇ、これ私たちも逃げた方がよくないかな?」
「いや、逆に俺たちが立ち向かわなきゃいけないやつかも。ラーシャ、あそこの二足歩行のカボチャの能力値見て」
カナタはさっき出会ったときより凶暴な見た目になったパンプキンマンを指差して言った。
「あれは……デーモンか?」
「可能性はあります。『発動:alores numericos facultatis visualiza/能力値可視』」
彼女の瞳に映ったもの、身長、年齢、魔力量、属性……
「やっぱりデーモン怪人です! 行きましょう!」
四人は頷き、走り出す。そこで五人の司令塔的立ち位置でもあるセルアが口を開く
「ゴルダンとラーシャは避難誘導を頼む」
「じゃあ、ゴルダンはセンター街方向、ラーシャはヒカリエ方向で、なるべく遠くに逃がして」
カナタも続いて指示した。
「分かりました!」
「おうよ!」
渋谷というのは、映画しかりアニメしかりドラマしかり、どうも何か大きな事件が起こるらしい。それらを見てきたカナタでも、まさか現実世界でもそのようなことが起こるなんて、夢にも思っていなかった。
とりあえず今はそんなことは忘れて、目の前の事件の解決に、怪人の討伐に、挑む。




