6-3 セルア・レイズ殺人事件
科学者のリゲル・ルゥアが、やっと春晴家に来た。
別世界から別世界のカナタたちが訪ねてきてから、実に一週間が経った日のことだった。道に迷って七王子市内をうろついていたところ、バイト帰りのセルアに保護されたらしい。
「nice to meet you、every one」
「こちらこそよろしく、リゲル。手紙はもう読んだんだっけ?」
「sure。さっきtoiletでちゃちゃっとな。事情はunderstoodだ、協力させてもらう」
祝! リゲル・ルゥアが仲間になった!
「ってなとこで悪いんだが、そろそろ買い物行かねーか?」
「あぁ、ハロウィンのお菓子のね」
「そうだ。近所の子供会のガキどもがやって来る『あの』ハロウィンのだ」
タイチの言葉は、どこかハロウィン嫌いがにじみ出ていた。
「……じゃあ俺も行こっと。みんなも来る? お菓子買ってもらえるよ」
「カナタお前ぇ。まあハナっからそのつもりだったけどよ」
そうカナタに誘われたが、同行を希望する者は一人も居なかった。
「昨日今日と、疲労が溜まっているのか体が重くてね。今日は僕はどこにも行かず、ゆっくりしたい」
「明日提出の週末課題がギリギリだから……」
「筋トレしてぇ」
「本の続きが読みたいので……」
「not in the mood、今は」
「……そうか。じゃあ、三人で出発としよーぜ」
こうして彼らは買い物へと旅立った。家に異世界人だけを残して。
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叫びに近い悲鳴が響いたのは、袋の一つを手にしたサユコが玄関の扉を開けてすぐだった。
「どした!?」
驚いて、慌てて、カナタも駆け寄る。青ざめる彼女の指差す先には、階段の下で頭から血を流して倒れていたセルアがいた。
「セルアーっ!!」
カナタは咄嗟にセルアの体に触れた。
冷たかった。
「まさか……そんな……」
さっきの叫び声を聞いて、自由に過ごしていた留守番組も廊下に顔を見せた。彼らも現場を目の当たりにして「まさか」というような顔を浮かべ、絶句していた。
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事件のスペシャリストが現場に駆けつけたのは、その後すぐだった。尤も、事件のスペシャリストというのは向かいの家に住むJNIAの二人のことなのだが。
「つまりこれは……『セルア・レイズ殺人事件』です」
そう、マコトは断言した。
「殺人事件……となると、出血痕から見て、凶器は鈍器だろうな」
手袋を着けたレイカが後頭部を撫でて確認する。殴られたからだろうか、少し窪んでいた。
「犯人は、この中にいる!」
また唐突に、マコトが人差し指を前に出して断言したが、彼らは特に大層な反応はせず、しんとなった。直後、その静寂を壊すように「それお前が言いたかっただけだ、ろ!」と、レイカはマコトの頭をひっぱたいた。
「……まぁ、俺もそれはあながち間違いじゃあないと、思う。うん。家にはこいつらしかいなかったわけだし」
「というと、春晴さんはどこか行かれてたんですか?」
「サユコとカナタと買い物に出てた。――――そう! それとあとこいつ」
タイチはリゲルを抱き寄せて紹介を始めた。
「リゲルってヤツ。自称科学者でセルアたちと同郷。新人、な」
「nice to meet you」
「彼の偽造身分は後で頼んでおくとして、家にいたみなさんが何をしていたのか、私に教えてください」
こうして、一応仕事モードな名探偵(自認)マコトによる聞き取り捜査が始まった。
「これ、上に連絡しないでいいのか?」
「後でする後でする」
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一対一の聞き取りは和室に机を出して行われることになった。仏壇が鎮座する、簡易的な取調室だ。
一番最初に呼ばれたのは、マキナだった。
「家にいる間、どこで何をしていましたか?」
「部屋で学校の課題です。提出日、明日だったので」
「部屋からは一歩も出てない?」
「はい」
「何か音を聞いたりしませんでした?」
「何も。イヤホンしてたので」
――――彼を殺す動機も、彼女には無さそうだ。
「よし、君はシロだ。行っていいよ」
「はい……ありがとうございます?」
続いてマコトから聞き取りを受けるのは、ラーシャだ。
「家にいる間、どこで何をしていましたか?」
「お部屋で読書をしていました」
「部屋からは一歩も出てない?」
「一度、下に飲み物を飲みに行きましたね」
「その時、何か見たり聞いたりは?」
「何もないですね……」
「ちなみに、どんな本を読まれていたんですか?」
「六法全書です」
「……え?」
「だから六法全書です。この世界の法律を勉強したくて、タイチさんから借りてるんです」
――――動機はともかく、六法全書なら十分鈍器だ……!
「ちょっと、奥に座っててください。容疑者です」
「ええっ!? 私が!?」
その次にマコトから聞き取りを受けるのは、ゴルダンだ。
「家にいる間、どこで何をしていましたか?」
「階段裏のトレーニングルームでず~っと筋トレだ」
「そこからは一歩も出てない?」
「ああ。集中しっぱなしだな」
――――筋トレ、ということはダンベルも使ったはずだ。ダンベルは鈍器、つまり凶器になり得る……!
「あなたも、ラーシャさんの隣に座っててください。容疑者です」
「ハァ!?」
最後にマコトから聞き取りを受けるのは、新人のリゲルだ。
「家にいる間、どこで何をしていましたか?」
「リビングでsleeping」
「それを裏付ける証拠は?」
それを聞いてリゲルは「あるわけないだろ」と両手を軽く上げた。
「無いのか」
――――まぁ、寝てたならシロか。
「よし、行っていいぞ」
「thank you」
さて、一応容疑者の絞り込みは終わった。容疑者はラーシャ、もしくはゴルダン。家に侵入した第三者の可能性もあったが、監視カメラ映像や警備システムの確認でそれは『無かった』とされた。
「ゴルダンもラーシャも、殺るような感じじゃないけどなぁ……」
その瞬間、カナタは尿意を催した。体をくるっと一八〇度ターンし、トイレに向かって歩いた。
何も考えずにドアを開ける。何故か、いつしかタイチが持って帰ってきたロボット掃除機が、便器に向かって追突を繰り返していた。
「……は?」
よく見てみれば、前方辺りに血がこびりついているじゃないか。
「……凶器見っけた!!」
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セルアの頭の傷の大きさと、ロボット掃除機の大きさが一致した。
「これが凶器、ということで間違いなさそうだ」
九人は、全員リビングに移動していた。ガラス製の長机の上には、折り畳まれた新聞紙を下敷きにして件のロボット掃除機が置かれており、彼らはそれを囲むようにソファに腰かけていた。
「一度推理を整理しよう」と、マコトが鉛筆を握る。
「今日の午前一一時三〇分頃、これが死亡推定時刻。階段を二階から降りたところで、何者かにロボット掃除機で頭を殴られた。家にいた人物のアリバイは、一応全員ある。犯人は、外部から何らかの方法で監視カメラに映らず、警備システムも作動させずに侵入した何者か……」
そのことでゴルダンは「待て」と話を一度止めた。
「容疑者はオレとラーシャじゃねぇのか?」
「君たちが犯人なら、凶器はきっとダンベルか六法全書だ。わざわざロボット掃除機を使わないだろう?」
「あぁ。それにこいつは二階の突き当たりの倉庫部屋に入れといたはずだ。わざわざ持ち出すか?」
タイチもマコトと、詳しい事情を知っての上で同意見だった。
「それにしても、何でわざわざロボット掃除機なのかしら」
マキナがそもそもの疑問を提示した、その時だった。リビングと廊下を繋ぐ引き戸がガラッと開かれ、「ロボット掃除機がどうかしたのかい?」との声がした。
聞こえるはずのないその声に驚いて、全員が注目したその先には、セルアがけろっとした顔で立っていた。
「「「「「「「「「……え?」」」」」」」」」
「おい……これどういうことだよ?」
ゴルダンが戸惑いながら尋ねる。
「それはこっちのセリフだよ。階段を降りてたら、急に後ろから何かがぶつかって気絶させられたんだから」
「え、気絶……?」とマキナ。返すように「ああ」とセルア。
まさかの展開に、一同の間に沈黙の時がまた流れた。
「……よし、推理の練り直しだ」
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殺されたはずの被害者が目を覚ましたまさかの事態。もうわざわざ場所を変えなくていいだろう、ということでリビングで、全員がいる前でセルアの聞き取りが始まった。
「被害に逢った時、どんな状況でしたか?」
さっきに引き続き、セルアがメモを取りながら尋ねる。
「スマホを弄るのに飽きて、ゴルダンと一緒に筋トレをしようと階段を下っていたところ、突然『ギュイーン』みたいな音がしたところまでは覚えてるんですが……」
階段を降りていた途中、謎の『ギュイーン』音、血のついたロボット掃除機……
カナタは何週間か前の、タイチがロボット掃除機を持ち帰ってきた日と、その翌日の出来事を思い出した。
その時、カナタの中で全てが繋がった。
「……あっ」
「カナタくん、何か分かったのか?」
マコトが前のめりになって尋ねる。
「うん。これ犯人……ニコーラーだわ、多分」
「「「「「「「「「……え?」」」」」」」」」
「ニコーラーはこの前、ロボット掃除機に意識を移して自由に動き回ってたから。その後接続を切っとこうと思ったんだけど、忘れてて。――――さぁニコーラー、白状して」
そう、スマホの『ニコーラーAI』機能を起動して、喋りかける。だが、返ってきたのは沈黙だった。もう一度、喋りかけようとしたら、『……はい。ワタシが、やりました』と、自白があった。
「ちなみに、動機は?」
カナタが尋ねる。
『ほんのデキゴコロです。ソウジキにセツゾクして、ロウカをゼンソクリョクでセめていたら……セイギョしきれず、イキオいアマってセルアサマのアタマにツっコんでしまいました……』
つまるところ、ニコーラーは二階の廊下で一人レースをしていた、ということだろう。
ニコーラーはリビングの大きなテレビに接続し、ニコーラーの顔文字のようなドットが大きく映し出された。
『このタビは、おサワがせしてしまいモウしワケありませんでした! セルアサマ、ぶつかってしまってモウしワケありませんでした!!』
そう謝り終えると、ドットは土下座の絵文字に変化した。
「……分かった。以後、気をつけてくれ」
罪を認め、謝罪をしたニコーラーを、彼はこれ以上糾弾しなかった。
「『過ちて改めざる、是を過ちと謂う』。繰り返さなきゃいい話。ってかAIでもやらかすことあんだな」
「AIはAIでも、感情持ってるスーパーハイパーマジエグAIだから……」
「なんじゃそりゃ」
これにて、事件解決である。




