5-12 それでも未来は変わらない
「「せーのっ」」
二人の千人同心の男は、戦いで崩れた建物の瓦礫を持ち上げて、どこかへ運んでいった。
戦いが終わってほどなく、戦地となった七王子宿の一角では後片付けが行われていた。
「殆ど化け物共が壊したってのに、俺らが片付けるってのはなんか癪だなぁ」
片付けに参加していた男の一人がぼやく傍らで、カナタたちは千人同心の偉い人から激励を受けていた。
「今回は本っ当に助かりました。なんとお礼を申せば良いのやら……」
「いえ、我々にできることを、最大限やったまでです」
「……てか、そもそもの原因って俺ら未来人だよね」
「否定は、できないな」
カナタは何かを忘れているような気がした。なんだっけと三つ考えて、やっと思い出した。
「スピカ!!」
お礼の品の件で「受け取ってください」「いやいや」と押し問答をしていたマコトと偉い人の二人も大声に驚いてカナタの方を向く。
「すぴか?」
「スピカ……あ。どこに置いた?!」
「えーとぉ……あっちの方!」
カナタが指差した方を一斉に全員が見る。片付けに奔走する人々の向こうで、タイムワープのポータルらしき楕円形の『穴』がじわりじわりと閉じているのが、目に入った。
「「「「あーっ!!!!」」」」
咄嗟に駆け寄るも間に合うことはなく、あえなく逃走を許してしまった。
「クソッ、逃げられた!」
「ほんとにごめんなさい俺がちゃんとしてれば……」
「きちんと確認しなかった非も、俺たちにあるかないかと問われたらあるから、カナタくんだけの非じゃないさ」
「……それもそうですね。まぁ、今回は仕方なかったということで」
その後、カナたちも後片付けに参加した。日が昇る頃には、通りだけでも元通りにすることができた。
町の片付けが終わったら、今度は城裏の山に埋められた死体の処理だ。二〇〇体近くあったのと、異世界は土葬であるため新たに火葬する必要があったので、かなり手間取られた。腐敗臭で何度も鼻が曲がりそうになったが、なんとか昼前には済んだ。
「――――じゃあ俺たちはこの辺で、失礼します!」
カナタは未来人を代表して、勘十郎ときくに謝意と別れを告げた。
「おう! また会おうぜ!」
――――また……か。
それがもうできないことは、カナタは言われなくとも分かっていた。だからせめて、帰ったら駅裏にある郷土史博物館に行こうと、心に誓うのだった。
「さて、ここからten hourのwalk courseだぜ」
「……確かに、タイムマシンは日本橋に置いてきていたな」
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とっくに夜が来ていた現代、不動台住宅街の一角が青白く光った。
彼らを乗せたタイムマシンが、現代に戻ってきたのだ。
「足っ……死ぬぅ……」
――――家の電気は……着いてない。出かけてるのかな?
カナタは過去改変に成功したのだと、信じて疑っていなかった。
「にしても貴方、よく掴まって来れたな」
レイカはタイムマシンの後ろに掴まったまま一緒にタイムスリップしたタカトに感心していた。
と、その時だ。「釘原センパイ! 月海センパイ!」と年の割には高く明るい声。
「……清水!」
JNIA超常現象対策課の清水ユウヤが、駆け寄ってきた。カナタにとっては箱根ぶり、リゲルとタカトははじめましてだ。
「一体今の今までどこ行ってたんすか! 二〇日も無断欠勤して……東京がこんなことになってるってのに!」
「待て、待て。落ち着け清水。こんなことって、どんなことだ?」
「どんなことって……分かったっす、端的に言いますね。――――ゾンビに襲われて、都内近郊は今、壊滅・封鎖状態なんっす」
その報せに、全員の顔から血の気が引いた。尤も、タカトは目を見開いただけだったが。
「避難民も大量に取り残されてるっす。それに首都機能も止まって、国際問題にもなって……」
と言いかけて、ユウヤはマコトに耳打ちをする。
「例の衛星、照射されるらしいっす」
それを聞いて、マコトの顔には更に絶望が重なった。
だがそんなことはカナタはつゆ知らず、最初のことでとてつもなく取り乱していた。
「……はっ? えっ、過去、変えたはずだよね……なんで?」
リゲルは口に手を当て、顔をしかめて脳をフル回転させた。何、何、何故、何故、仮説、否定、仮説、否定、仮説、結論……
「そういうことか……」
「……どういうこと?」
カナタが困惑と絶望を隠しきれない顔で尋ねた。
「pastをchangeしても、futureはchangeしない」
「……え?」
「pastをchangeしても生まれるのは、新たなa world of possibilities、可能性の世界だけ……」
「待て待て、全くもって付いていけないんだが」
そうレイカは言う。
「えと……俺なりの解釈なら……過去を変えても俺たちがいまいる世界線はそのままで、ゾンビが学校を襲わない世界線はまた、別でできて……でも俺たちはその世界線には行けなくて……って感じ……なのかな?」
そこまで言われても、マコトたちにはなんのこっちゃだった。
「youの見立ては概ねcorrect answer。『多重分岐世界線論』だ、俺が研究してるやつ。まぁ、that's how it isとして捉えてくれ」
カナタの頬が、一本の線によってほんのり濡らされた。
「……まじ、かぁ……」
それを皮切りに、カナタの瞳から止めどなく涙が溢れてきた。嗚咽を漏らして、今までやったことが無駄だったのかと嘆くように、もうどうやったって会えっこない大切な人たちを思い出して。
そしてとうとう、立っていることさえ辛くなった。
「一つだけ、手が、ある、かもしれない」
タカトの告白に、カナタの顔に少し明かりが灯った。
「手……って?」
「これだ」
彼が取り出したのは、魔王軍が共通で使用していた『鍵』だった。
「この鍵を使って、新たに作られた、『ゾンビが生まれない世界線』、に、行く」
「それだ……その手が……!」
カナタは希望を持ち直した……が、すぐに一つの疑問を抱いた。
「いやでもそれって、その世界線にもその世界線の俺がいるわけだよね? 成り代わるわけにもいかないし……それってどうなのかな」
「problemはそれだな」
リゲルは黙りこくってまた思考の海に潜る。「解決策」という名の獲物は、比較的すぐに獲れた。
「guard+とspeed+のabilityを、その世界線のmr.カナタに渡す……というのはどうだ!?」
「なるほど……それだ!」
だが。
『いーやいやいやいや、マってください! ワタシをベツセカイのカナタサマにワタす?! じゃあそのセカイセンのワタシはどうなるんですか?! アルジをウシなって、サミしいサミしいコドクなAIになるんですよ?! こんなネt-自主規制-テキテンカイありなんですか?!?!?!』
「言われてみれば……」
「まあfor now、行ってみようぜ」
リゲルはタカトの『鍵』を手に取り、空に差して、こう唱える。
「『世界〇〇〇一 ゾンビが日本を襲わない世界線 天の川銀河 太陽系第三惑星地球 日本国 東京都 七王子市 不動台』解錠」
メキメキと音を立てて、扉は生成された。カナタはその瞬間を初めて見たので、思わず「おぉ」と声を漏らした。
「では、行ってくる。生憎、向こうの世界線の、私の説得も、あるのでな」
「釘原さんたちは……」
「この世界で起きている事象の対処に、月海と清水と、天童と共に当たる」
「だから、残らせてもらう」
「分かった。じゃあ、行ってきます」
カナタはノブを捻り、『扉』を開けた。一歩踏み出して、白く光る扉の向こうに、リゲルとタカトと共に消えていった。




