5-9 終わりなき旅人
TK-001は夢を見た。木で柱が組まれ、箪笥の上から土壁が覗く、真っ暗な部屋。
彼は布団で横になっていた。両隣には、自分より体の大きいだろう男と女が寝ていた。
――――ここは……
その時、どこか遠くからサイレンの音がうっすら聞こえてきた。
彼は起き上がり、右隣の男の体を揺する。
「おっとう、おっとう」
だがこれらの動きは、彼の意思ではない。体も口も、勝手に動くのだ。誰かの記憶を、映画のように見ているのだろうか、一人称視点で。
その時、彼のいる家の扉が力強く何度も叩かれた。
「イトウさん、起きてくれ! 米軍の空襲だ!!」
外から中年の男が叫ぶ。その声に、「おっとう」と呼ばれた男も、反対側で寝ている女もハッと目を覚ます。途端、彼はひょいと持ち上げられた。
三人は着の身着のまま家を飛び出した。辺りの空は真っ赤に染まっており、星の一つも見えやしない。だが、黒い鉄の雨は、見ることができた。
「まずいぞ……」
父は呟き、走る速さを上げる。
「こっちだ! 早く防空壕に!」
「熱いよう、熱いよう」
「誰かーっ! 助けてーっ!」
「おかあちゃーん!!」
周囲からはそんな叫びが炎の向こうから飛び交っている、まさしく地獄絵図。
その時だった。父が石につまづいて転び、その拍子に足を捻ってしまった。
「大丈夫ですか?」
女が、母が寄り添い、「あんただけでも逃げなさい!!」と、TK-001の宿る子供に向かって叫んだ。
彼は、一目散に走り出した。
――――体感の体格から見て四、五歳と見た。親を見捨ててでも、危機から逃げるとはなんと、合理的な判断ができる子供だ。
だが、今のTK-001は幼い子供の体。思ったようにスピードが出ず、苛つきに近い感覚を覚えた。
無意識に、子供は後ろを振り返った。そこには、母の肩を借りて足を引きずりながらゆっくりと進む、父の姿があった。
両親のすぐ後ろと、両親と子供の間で、焼夷弾が炸裂した。炎に包まれる三人。彼が最後に見たのは、死の恐怖に怯える両親の顔だった。
――――ああ。私は知っている。思い出した。あの二人は、私の本当の、両親だ。
プツンと、電源が落ちたように、意識もその瞬間に消えた。
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目を覚ました時、彼は白い部屋にいた。家具は無い。壁や床、天井の材質も分からない。だだっ広く、果ては違う色でぼやけて見えない。とにかく、不思議としか言い様の無い部屋だ。
目の前に、人形の白い影が現れた。
「貴方は選ばれた」
影は言った。
彼が思考する暇は無かった。いや、できなかった。
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いつの間にやら、彼は月明かりが差し込んでいる、どこか和風な建物の中を走っていた。
――――どこだ?
彼は、またもや意識せず懐に手を入れる。取り出したのは、手裏剣だった。
曲がり角から警備をしているであろう男が出てきた。その男が声を上げる前に、彼は手裏剣で始末した。
それから忍者として生きて五年。彼は任務中に命を落とした。時折子供のようにぐずったり、「どうしたらいいの」と喚いて手を煩わせる忍者として、仲間内では有名だったようだ。
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またもや白い部屋、いや空間と行った方が正しいか、そこに来た。そしてまた、影もいた。
「次です」
今度は、声を発することができた。「だれ?」とだけ。
そう尋ねられて、影は少し困った。少し間をおいて、自らを形容する語を伝えようとした瞬間、またもや風景が切り替わった。
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今度は、やたらと背の高い植物と大きな岩が周りにある場所にいた。
――――またか。
遠くから「おーい」と、彼を呼ぶ声がした。その方を見ると、そこには巨大なアリがいた。
「見つけたか?」
見つけたかと言われても、何を探しているのかがそもそもわからない。
「……無い」
口が勝手に動くのにも、もう慣れた。
アリの一生は、一般的に一~二年と言われている。彼の今世もまた、例外ではなかった。
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第二次世界大戦が勃発した年に初めてこの世に生まれ落ち、空襲で短い生涯を終えた。その後すぐに伊賀の忍者に憑依転生、五年生きたが任務に失敗し死亡。その次はアリに転生し、寿命を向かえた。そのまた次は異世界のゴブリン。そのまた次は宇宙のどこかの惑星に住まうタコ型生命体。そのまた次はコンテナ船のネジ。そのまた次は遥か先の未来の、音楽室のベートーベン。そのまた次は……
元の少年の記憶を保ったまま、彼は何十回と輪廻転生を続けた。
とはいえ、現在の彼が見た「夢」としてはここまでで四五分のダイジェスト版となっている。
もう何度見たかは分からない、白い空間と人形の影、すなわち謎の存在。
「また、次の生涯を歩むのです」と、影は言った。
「――――どうして?」
彼の精神年齢は、この時点でとうに二〇〇を超えていた。どうも宇宙人が長かったらしい。
当時の彼は疲弊しきっていた。
遥か遠くの昔に本当の両親から聞いた、今ではとうに薄れきった話だ。「悪い子は地獄で閻魔様に舌を抜かれ、良い子は極楽に行ける」という話。
極楽が本当にあるのなら、彼はもうそこに生きたいと、内心思っていた。だが、輪廻転生のスパイラルから抜け出せない。彼自身には、どうしようもないのだ。
「どうして、どうして、どうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうして??????????」
湧く気すら起きない怒りと絶望に任せて舌を回す。
その時フッと、影が微笑んだ気がした。
「貴方は、その運命なのです」
――――ああそうだ。それが、私の運命だった。クソみたいな、私の……ワタシの……!!
それから、一万年が経った。彼は「旅人」として輪廻転生を繰り返し続けた。感情を、己を殺し、深く考えることをやめ、惰性でロールプレイに勤しんだ。一生の記憶も、いちいち覚えていることをやめた。
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タカトは勢いよく目を覚ました。すぐそばには、チェンジガンで頬を突っついていたであろうカナタがいた。
「あっ起きた」
「私は……私は……」
――――全部、思い出した。こいつが、思い出させてくれた。私の人生で唯一楽しいと思えた『あの頃』を、少年時代を……!
「ありがとう」
タカトは起き上がって、機械人間には構造上作れないはずの『微笑み』を無理やり作って言った。
唐突なその言葉に、カナタは驚きを隠せていない。
「えっ!? 俺、感謝されるようなこと、したかな?」
「したさ。ワタシの大切なものを、思い出させてくれた。――――それでだ。話とやらを、聞かせてくれ」
「りょーかい」
そう言ってカナタは、充電が五〇パーセントを切った頃のスマホを操作し始めた。
「じゃあ、はいこれ」
タカトの前に差し出されたスマホに映っていたのは、動画配信サブスクの、ファンタジーワールド第一話だった。
「時間無さげだから四倍速にしてあるけど、全部見て」
一時間後。タカトはファンタジーワールド全一二話を、なんとか見終わった。機械人間の持つスーパー頭脳のお陰で、一〇〇パーセント完全に理解できている。
「魔王軍、か。吐き気を催すほどの外道だったな。そのような集団に踊らされて、ワタシは罪の無い人を、殺していたと、言うのか。それにセルア・レイズ、マキナ・アーロウ、ゴルダン・クロルド、ラーシャ・マグナ、彼ら彼女らは、真の英雄だ。その勇ましい心は、決して、罪人の物などではない」
それを、カナタは何度も深く頷きながら聞いていた。だが、カナタは一つ引っ掛かっていた。
「そうでしょ。……あのぉ、もう一人仲間がいるはずなんだけど……」
セルアたちと共に旅をしていた、もう一人の青年のこと。彼の現在を、カナタはまだ知らなかった。
「獣使いのジャイゴ・ガルシアのことなら、英雄とは、言えない。彼は、今、魔王の右腕だ」
その事実に、カナタは声を失った。一応、セルア一行のことを少しながら箱推ししていたこともあり、その衝撃は計り知れない。
タカトに体育祭の前に例の『作戦』のことを知らせたのは、他でもないジャイゴだった。それを、タカトは鮮明に覚えていたのだ。
「……え、それってどういうこと……――――まぁ……詳しいことは後で聞かせてね」
「で!」と、カナタは置き直す。
「魔王軍の奴らが俺らのこと襲うから、君の言うところのこの世界の平和と秩序が乱れてるわけ。ちなみにそいつらは今お前が手を組んでる奴ら。リピートアフターミー『悪いのは魔王軍』ハイ」
「悪いのは魔王軍」
「よく言えました」
そう言って、カナタは右手を差し出した。
「……なんだ?」
「無期限停戦。でもって、俺たちに協力してほしい。俺も……タカトのことをすぐには許しきれないと思う。だからせめて仲間として戦って、あいつらをぶっ倒してほしい」
タカトは「分かった」と言ってその手を取った。二人は、共闘関係となったのだ。
その時、大きな地震が二人を、七王子一帯を襲った。
「わっ、地震」
揺れがすぐに収まる気配はない。それどころか、どんどん強くなってきている。遠くから地響きが近づいてきているような気さえする。
「何か来る……っ!」
地響きと揺れはどんどん大きくなり、カナタたちが立っていることすらままならなくなったその時だった。両方とも、唐突にピタリと収まった。
――――揺れ、止ん・・・
二人の直下の地面の中から、黒い『何か』の渦が勢いよく姿を表した。カナタとタカトは巻き込まれ、吹き飛ばされ、地面を転がった。
「いっててて……」
「カナタくん、大丈夫か?」
七王子城跡の裏山に、ここからは五キロメートルは優に離れている場所にいたはずの、マコトの声がした。
「釘原さん……なんで、ここに?」
カナタはマコトの手を取って立ち上がる。
「あいつらに流されてな」
マコトの目線の先には、唐傘お化け、河童、鎌鼬、天狗、ろくろ首、提灯お化け、ぬりかべといった妖怪たちが多く蠢いていた。空には一反木綿らしき何かも浮かんでいる。
「え、アレってマジの妖怪?」
「マジの妖怪だ。それで、ここはどこだ?」
マコトが辺りを見回していると、カナタが答えた。
「多分、俺らが大して移動してなければ、高尾山かと」
「高尾山、か。中々の大移動だったな」
レイカもいた。その隣にはリゲルもいる。
妖怪たちの中心には、余裕そうに首を鳴らしているスピカがいた。
「まだやるか?」
その問いに、タカトが前に出る。
「ああ。ここからはワタシも、参戦させてもらう」
「ほう。裏切ったか、機械人間が」
「生憎、全てを思い出した、からな」
タカトの光堕ちを受けて、スピカは依然ばつが悪そうな顔をしている。
「みんな、行こう!」
タカトと並び立って、チェンジャーを構えたカナタが叫ぶ。
「ああ!」
「ええ!」
「sure!」
「うむ!」
幕末のとある夜の妖怪大決戦の火蓋が、今、切って落された。




