5-5 江戸の町
幕末、一八六五年にタイムスリップしてきたカナタ、マコト、レイカ、そしてリゲル。さてこれからどう動こうかというその前に、一つやらなければならないことがあった。
「……ほんとにこれでバレない?」
「maybeそのはず」
建物と建物の間、その奥に押し込む形で、車型のタイムマシンを隠したのだ。
「バレて押収でもされたら、私たちの没年が一八〇〇年代になるぞ」
四人はタイムスリップしてきた通りに戻って、歩を進める。
「はぁ。リゲルが魔術使えたら、透明化できたのにな~」
「使えないんですか?」
マコトが尋ね、リゲルは深く頷いた。
「俺たちの世界の人が、誰でも魔術をuseできるとはthinkしないでくれ」
「リゲルは、反魔術・科学信奉主義が台頭してる『地下都市』ってとこの出身なんで……」
「そういうことだったのか。……科学でも透明化とか、できないんですか?」
「そのためのdeviceを搭載するほどのleewayがあればやったさ。――――でだ、で、why周りのpeopleは俺のことをまじまじとwatchしてくるんだ。unpleasant、とても心地いいとは言えん」
「成程。この時代だと、まだ外国人は珍しいものだったからな。そのブロンドヘアに背格好じゃ、西洋人と見られても不思議ではないだろう」
「日本人が西洋に慣れるのは、今が一八六五ねんだから……あと一〇年後くらい。文明開化らへんだもんね」
そんな話をしながら、宛もなく通りを歩いていたその時、女性の甲高い叫びが聞こえた。
「ひったくりヨォ! 誰か、捕まえて頂戴!!」
カナタたちの進行方向にある橋の上で、どうやら女性がひったくりにあったようだ。前から風呂敷をステレオタイプな泥棒のように身に着けた輩が、小包らしきものを小脇に抱えて走ってくる。
「釘原!」
ひったくりの腹が数ミリ秒後に来るであろう位置に、釘原は力を込めた拳を構えておく。彼は余所見をいしてくれていたおかげで拳に気づいていない様子。彼が拳に突っ込んでくるのと同時に、釘原は拳に速さを持たせて前に動かした。
その拳は見事ひったくりの腹に食い込み、「ぐふぉお」と情けない声がひったくりの口から漏れ、次の瞬間には腹を抱えて地面にうずくまった。
「……乙」
カナタは誰にも聞こえないような小声で呟いた。
「オラ。さっさと寄越すんだ」
ひったくりの小脇から小包を取り上げたマコト。すたすたと音を立てて、被害にあった若い女と、彼女に付き添っているのであろう若い男がマコトのところに寄ってきた。
「助かりました」
「なんてことはない」
そう言って、マコトは小包を女に返した。
「いやぁ、にしてもすまねぇなぁ。おいらがちょーっと離れてたばっかりに」
照れを隠すように頬を掻いていた男は顔を上げる。すると彼の顔は、まるで宇宙人でも見たかのような目に変わった。
「ここらじゃ見ねぇ恰好してるなぁ、お前ら。なんだ、横浜から流れて来たのか?」
「いや、俺たち全員七王子から来た、至って普通の日本人なんですけど……行き方、じゃなくて、帰り方が分からなくなっちゃって……」
カナタが答えた。
――――ほお。quick-wittedな奴だな、Mr.カナタは。
「変な奴だなぁ、家への帰り方を忘れちまうなんて。まぁ、逆に運が良かったと思え。今回のお礼にぃ、昼飯に蕎麦でも奢らせてくれ。それと、実は俺たちの家も七王子なんだ。ついでに家まで送ってやる。さ、来い」
「あ、あざーす!」
「なんか……良い方に動いたな。これは着いて行っていいのか?」
「人の厚意は受け取るのが礼儀ってものだ。行こう」
四人と、彼らが江戸の町で出会った二人の男女は、七王子のある西へ向かって歩き出した。
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太陽はすっかり沈み、時刻は亥の正刻。現代風に言うと22時だ。亥の刻だからといってイノシシの声が聞こえてくるわけはなく、フクロウの鳴き声が、闇夜の宿場町には響いていた。
その七王子宿の西の外れに位置する一つの家が、六人の目的地だった。
「あ、足が……死ぬぅ……」
カナタは、燭台の上のロウソクが室内を照らしている家の板間に、靴を履いたまま倒れこんだ。
「まさか、家も銭も持ってなかったとはなぁ」
「すみません、一ノ瀬さん。当分お世話になります」
マコトのその言葉の通り四人は、『男』こと一ノ瀬勘十郎と、『女』こと一ノ瀬きく、の二人が住まう家に、事情を話して当分住まわせてもらうことになった。もちろん、仕事も家事も手伝うという条件付きでだ。
ちなみに、「事情を話す」とは言っても、タイムスリップのことを明かしたわけではない。
「客人用の布団だが、悪ぃが二人分しか用意がねぇ。話し合って決めてくれ」
その言葉に、四人は顔を見合わせた。
「足が棒になってるカナタくんは確定として……誰が寝る? 俺は床でも構わないが」
「私もだ。ということでリゲルさん、布団へどうぞ」
「thank you。ちょうどlegの感覚がdieしていたところだ」
「「重病人じゃないか」」
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夜も更けた頃、一ノ瀬家にほど近い山の奥の奥、少し開けたところに、楕円形に青白く光るポータルが開いていた。
「ここが……百数年後に『七王子西中学校』が作られる場所、か」
その言葉と共に辺りを見回した、ポータルから出てきた女性。ライトパープルの髪を揺らす彼女は、何を隠そう、スピカ・ターヴォ。
「ここに墓地から掘り出した死体を、『Alchemia/錬金』を施して埋めて、現代に戻って起動して殺戮……。よくもまぁ、魔王様はこんなものを思いつくな」
――――ここまで身を堕とした私が言えたことではないが、まるで『悪魔』の所業だな。
しゃがんで地面に触れながら、そんなことを考えていたスピカの背後で、まだ聞き慣れない、機械のような足音がした。
「――――機械人間風情が」
立ち上がって、なんとも思っていないような顔を彼に向けて口を開く。
「お前の任務はただ一つ。春晴カナタと、リゲル・ルゥア、そいつらに協力している奴を殺せ。刃那伊地」
スピカの目線の先で、タカトは黙って顎を引いた。
「それで世界の秩序が守られるのならば、な」




