4-14 終わる
閉会式の最中雨が降り始め、グラウンドに出ていた生徒たちはテントに戻っている七王子西中学校。
その最中に何人かの生徒が転倒した。
「いったたた……」
転んだ彼は、何か、足首に感触を覚えた。恐る恐る目を向けた。そこには、地面から伸びた赤黒い手が自分の足首を掴んでいる光景が、あった。
「う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
同じことが他でも起こったのだろうか。女子生徒の甲高い悲鳴も上がった。
「何何何?」
転んだ人たちの場所を起点として、次々と立っていた生徒が転んでいく。
『みなさん、落ち着いて行動してください。そうすれば転けることは・・・』
放送席に座って呼び掛ける教員の前に、ぬっと現れた。青白くも、所々から赤黒い血肉が覗いている、ゾンビの姿が。
『わぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!! あ゛っ――――』
同時に、グラウンドの至るところから同じようなゾンビが地面から這い出て来た。
ゾンビたちは目についた生徒や教員、保護者を次から次へと襲いはじめている。
「ゾンビパニック……チェンジャーは……くっ、持ってきてない! いや、もしかしたら……」
カナタは走り出した。グラウンドを挟んで反対側の保護者席の方へ向かって。ゾンビの溢れる地帯を危険を省みず、だ。
「おいカナタ、どこ行くんだよー!!」
「前に気を付けて走り続けて! ゾンビってのは大体遅いもんだから!!」
カナタは前方に立ち塞がるゾンビたちを、持てる力で殴り倒しながら、進んでいく。
一方、保護者席の春晴家。
「おい、これ何が起こってんだ!?」
「わかりませんが……アンデッドタイプのモンスターでしょうか」
「わあってるよ! だけどなんでゾンビが現実世界にいるんだよ!!」
「何が起きたかは知らねぇが、全部ぶっ倒すしかねぇだろ」
「ああ。ゴルダンとマキナと僕はアンデッドを、ラーシャは逃げる人たちを護ってくれ」
「はい!」
ラーシャは避難誘導に向かっていった。
「行こう」
「おう!」
「うん!」
彼らも、魔法石から各々の武器を召喚し、戦闘態勢に入った。
と、そこにカナタが到着した。
「チェンジャー持ってる?」
「持ってるわよ! 今持っていこうとしたところ」
カナタはマキナから首飾りとチェンジガンを受け取り、装備。
「っしゃ! 行こうニコーラー!」
『はい!』
チェンジガンを首飾りのオーブにかざして『オーブリンク』。チェンジガン上部のスライドを三回引いて、トリガーを引けば、たちまち『ゴニンコスモ』に変身完了だ。
「おおおお!!」
コスモは走った勢いに乗って、一体のゾンビを地に沈めた。
「Flammae iaculator/火炎放射!」
マキナも、生きた逃げ惑う人間を巻き込んでしまわないように、炎魔術でゾンビを焼き尽くす。
「逃げて!」
そう言って避難を促した生徒たちの中に、エイタたちもいた。
「カナタの姉ちゃん!? 今のは……」
「――――いいから逃げて! 片付いたら教えてあげる!」
そう言った直後、彼らの避難経路を作るように、今度は「congelatus/凍結」でゾンビたちを凍らせた。
「古式武闘術七番:上飛大殴撃!」
ゴルダンは職員テントの付近で、ゾンビたちを蹴散らしていた。
「早く逃げろ!!」
「あぁ……ありがとうございます!」
逃げ出す教職員たちを見送り、グラウンドを見回して思う。
「クソッ、数が多いぜ……」
一方のラーシャ。校門の近くで避難誘導を行っている。
「逃げて! なるべく遠くまで、駅の辺りまで走ってください!!」
そこに、タイチとサユコも来た。
「ここは任せていいんだな?」
「はい! さあ、早く行ってください!」
「ラーシャちゃんも、気をつけてね」
「わかりまし・・・」
その時、地面がずんと盛り上がった。
「おい何だ何だ何だ?!?!?!」
駐車場のアスファルトを割り、地面から出てきたのは巨大な口だった。
「タイチさん! サユコさん!」
ラーシャが手を伸ばしたが、届かなかった。
二人を含めた多くの人が、口の中に吸い込まれていった。
続いてその隣から右手が、左手が出現し、地面をグッと押し上げて、巨大なゾンビが現れた。
「なっ――――」
ラーシャは目を見開いて、右手の杖に力を込めた。
「みなさんを返しなさい……!!! 母なるハトマーレの神よ、我に力を与えたまえ……『セイント・ビーム』!!!」
彼女の杖の先から飛び出た白い光の線は、巨大ゾンビの体に大きな穴を空けた。
だが、倒れることはなかった。
怒らせてしまったのだろう。巨大な口は、ラーシャの頭をめがけて倒れてくる。
「セイント・・・――――――――
巨大ゾンビの頭の位置が戻った頃には、彼女の首から上はもう、存在しなかった。噴き出た血は、彼女の体を染め続けていた。
「ハッ。ハッ」
グラウンドの中心で、セルアは剣でゾンビを捌きつづけていた。
そこに、ゴルダンも合流する。
「おい、なんか倒しても倒しても出てこねぇか?」
「ああ。キリが無い」
「その通りだ!」
どこかから、そんな声が聞こえてきた。
二人と、マキナ、カナタは声の方を向く。学校の隣の、五階建てのマンションの上からだった。
白衣を着て、銃のようなものを持ったライトパープル色の髪の女。
「――――っ! スピカ・ターヴォ。なんでお前がそこに?」
「奴が魔王軍の科学者、スピカ・ターヴォなんだな!? カナタ!」
セルアが聞いた。
「うん!」
「知っていただけていて何よりだ、春晴カナタ」
「おいコラ降りてこいや! 高みの見物なんて卑怯極まりねぇぞ!!」
「フン。お前らの相手は、こいつに任せている」
その時、彼らの後ろで何者かが音を立てて着地した。
何事かと振り向けば、そこにはミントグリーン色の髪の彼、刃那伊地タカトがいた。
彼は持ち前の剣『コード・ブレイド』で斬りかかる。
それをセルアは咄嗟に剣でガードして弾き返した。
ひょいひょいと後ろに下がったタカトは、剣に『鍵』を差し込み、回し、CODE:センチネルに変身を完了した。
「お前も変身するのか……!」
そこにカナタが横から割り込み、タカトをパンチで吹っ飛ばす。
「お前の相手は俺だよ! タカト!!」
「良いだろう! ここで決着を着けようぞ!!」
そうして変身者同士、二人の決闘が始まった。
「はぁーっ」
力を右の拳に込めて、センチネルに打ち込む。前腕を立ててガードしたセンチネルも、剣で『X』を刻むように斬りかかる。
「見たことある攻撃はくらわないよ!! それより、なんでタカトがそっちについてるの?!」
「『処刑同盟』を結んだんでな。貴様ら殺すという目的の一致だ」
そう言って再び斬りかかるが、コスモに剣を掴んで下ろされ、そのまま蹴りを入れられた。
「あいつらが世界の秩序を乱す側だということはご存じ??」
途端、センチネルの立ち姿がキョトンとした。
「……そうなのか」
「わかってもらえたならなにより……」
「なんて言って、引き下がる訳がないだろう!!!」
また斬りかかってくる。横の一振り。
「あぶなっ。納得してくれないってことだね?!」
その時、コスモの左肩に誰かがぶつかった。
「うわあっ、えっ、何? ヒーロー?」
ぶつかってきたのはエイタだった。ひどく取り乱している彼をコスモはなだめる。
「落ち着いてエイタ。俺、俺だから」
「その声、カナタか?」
「うん。訳あってヒーローやってんの。いいから早く逃げて」
「それが、出口どこもゾンビに塞がれてて出れな・・・
その時だった。エイタの頭めがけて、光る鋭利な何かが飛んできた。それはコスモの目元をかすめ、いとも容易く彼の頭を撃ち抜いた。
「は、え? エイタ……?」
コスモの体にもたれかかり、目を開けたまま絶命した彼の体をカナタはただ見つめることしかできなかった。
あまりにも急すぎる、親友の死。困惑と怒りを一旦抑え、周囲を見回す。
――――さっきのが飛んできた方向……
弾道の起点となるであろう場所は、さっきスピカがいたマンションの屋上。
やはりいた。
「スピカ・ターヴォおおおおおお!!!!!」
コスモは怒りのまま地面を蹴り、高くジャンプした。
「待て春晴カナタ! どこへ行く!!」
「マキナ、後お願い!」
タカトの前に、今度はマキナが立ちはだかった。
「貴方の相手は私よ」
マンションの屋上に着地したコスモ。目線の先には、銃のようなものを持って佇むスピカ。
その「銃のようなもの」にカナタは見覚えがあった。
「釘打ち機……」
「改造品だがな」
刹那、トップスピードでコスモはスピカに接近。構えたグーに力を入れて、勢いよく前に突き出した。
しかし避けられてしまった。
スピカは顔をコスモに近づけて言う。
「女は殴るものではないと、母親に教わらなかったか? これだから地上の、ましてや異世界の野蛮人は嫌いなんだ」
カナタはメットの奥で、舌を打った。
「女か男か以前に、お前は悪人なんだよ。で、俺の親友も殺した。許すわけないじゃん」
絶望も怒りも孕んだドス黒い声。スピカの右頬に左の拳が打ち込まれた。
「ぐはっ」と声を漏らして何メートルか吹き飛ぶ。
「やってくれるじゃないか!!」
バババンと、連続して釘が撃ち込まれるが、体や頭に当たる前に全て右腕でガード。
しかし
「爆」
彼女のその一言で、釘は炎を立てて爆発。右腕の装甲を破壊した。
「熱っ……」
『イマシュウフクします!』
その時だった。背後、学校がある方から爆発音が聞こえ、背中で熱を感じ取った。
「えっ……」
咄嗟に振り向いて目に入ったのは、グラウンドのあちこちでゾンビたちが次々と大爆発を起こし、紫色の炎が上がっている光景だった。
「作戦成功」
逃げ場はない。そこにいた人々が炎に巻き込まれ、焼け死んでいく。
「やめろ……やめろよぉ!!!!! あぁ……あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!!!!!!」
『カナタサマ! オちツいてくださいい!!』
「落ち着けっかよお!!!!!」
コスモから、赤黒い、濃く濁った紫ともとれる瘴気がわき出てきた。やがてそれは、まるで炎のように全身を包み込み、コスモのスーツそのものを、赤黒く染め上げた。
『BLACK HOLE』
どこかから、そんなアナウンスが聞こえたような気がした。
「はぁ、はぁ、あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!」
怒りに身を任せた赤黒いコスモはゆっくり歩みだした。スピカは距離を取ろうとしたが、足が動かなかった。動かそうとしても、一ミリたりとも動かないのだ。
「何故っ……」
こうなったら釘を打ち込んで妨害するしかない。そう考えて、構えて、撃つ。しかし、キャッチされて捨てられてしまう。
諦めずに打ち続けるも、全てキャッチされて捨てられてしまう。
そして……コスモの怒りと憎しみが相乗りした右ストレート、腹にめがけて。
「ぐふぉおっ……」
「それで幹部? 情けないのもいたもんだね」
「私はぁ……頭脳派なんだよぉ!!!」
膝をついて腹を押さえたまま、スピカは釘をコスモの顔に撃った。全弾五発、顔に命中。
「爆!!!」
その一声で全ての釘が爆発。コスモの頭部は炎に包まれた。
「今のうちだ……」
スピカは腹をさすりながら、屋上から外階段にアクロバティックに移動。重い体をなんとか動かして、五階の一番端の部屋に入る。この世界に来た時に、その部屋の中に『扉』が作られたため、既に鍵は開けてあるのだ。
しかし、コスモはそこにいた。暗い部屋の中、雷の光がシルエットを浮かび上がらせた。
「――――何故お前がいるんだよ……!」
「……耐えちゃった。逃がさないからね」
彼のメットは割れ、殺気に満ちた左目が覗いていた。
オーブリンク。
一、二、三、四、五、六、七、八、九、一〇、一一、一二……コスモのスライドを引く手は止まらない。
『カナタサマ! 一〇カイ、一〇カイでいいんですよ!! これイジョウは……ワタシの、ワタシにかかるショリのフカが…………ごめんなさい、しゃっとだうんします』
「――――はあっ……」
コスモがスライドを引いた回数、五〇回。
『チョウ・チョウ・チョウ・チョウ・チョウ・チョウ・チョウ・チョウ・チョウ・チョウ・チョウ・チョウ・チョウ・チョウ・チョウ・必殺!!!!!』
「なっ……」
先ほどと同じく、やはりスピカの足は動かなかった。銃口に集められる巨大なエネルギーの球に圧倒され、その場にへたり込む。
「悪かった! 許してくれ!」
「死ね」
コスモは全ての負の感情と、声にならない声を指に乗せ、トリガーを引いた。
『ショット・フィニッシュ・ショット・フィニッシュ・ショット・フィニッシュ・ショット・ffffffffフィーバーフィーバーフィーバー!!!!!』
チェンジガンから放たれた光の球はスピカに当たり、彼女の肉体を焼き切っていく。
「あ゛あ゛……――――ぁ」
刹那、彼女のいた玄関前の廊下が、血だまりと化した。
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雨が、また一段と強くなっただろうか。紫色の炎はもうほどんど消えかかっている。七王子西中学校のグラウンドには、たくさんの死体が横たわっていた。
体の一部を食いちぎられたもの。爆発で大きく欠損したもの。焼け焦げたもの。バラバラに分裂したもの。外傷がほとんどないもの。血痕以外、何も残らなかったもの。
その中に、彼らのものもあった。
「ぅっ……ああぁ……なんで……せるあぁ……ごるだん……ちはやぁ……らあしゃぁ……」
三人の遺体を前に、カナタはがっくりとうなだれる。
チハヤは、彼を誠也ではなくセルア・レイズであることに気づき、二人のそばを離れなかったのだろう。二人も、見知ったチハヤのことを一生懸命守ろうとしていたとき、不意を突かれて急所をやられたのだろう。
遠くには、ラーシャの首から上のない死体もあった。
「そうだ……マキナ、マキナは……!」
彼女なら生きているかもしれない。一縷の望みをかけて、あたりを見回す。
だが、いない。それどころか、一緒に戦っていたはずのタカトの姿すらない。
「どこ……」
カナタは走り出した。
最初に校舎の周りを見て回った。いなかった。
次に体育館の中。いなかった。
南校舎の一階。いなかった。二階から四階も同じく。
北校舎。いなかった。
最後に残ったのは、屋上のみ。ここに立ち入るのは文化祭の時にジョンソンと戦って以来。
無事に生きていてくれ、ここに居てくれという願いが彼の足をまた速め、扉を勢いよく開く力にもなった。
「遅かったな」
確かにいた。屋上に二人はいた。だが、彼の言う通り、一足遅かった。
「カナタぁ……」
ネメシスの剣は、マキナの胸を貫いていた。傷口からどくどくと、滝のように血が流れ出ている。
「タカト……おぉまぁえ゛え゛え゛え゛え゛!!!!!!!!!」
カナタはチェンジガンを向け、一心不乱にトリガーを引いた。だが銃弾が当たることはなかった。ネメシスはマキナの体から剣を抜き、屋上のフェンスから飛び降りて逃走した。
カナタはネメシスを追うことはなく、マキナのもとに駆け寄った。
膝の上で抱き寄せて呼び掛ける。
「マキナっ! マキナ……マキナ!! しっかりして……」
「カナタ……」
途端、咳き込んで、吐血した。
「マキナ……お願い、生きて…………そうだ、回復魔術は?!」
「もう、魔力無いから……」
「分かった。今すぐスポドリ持ってくるから、待って・・・」
彼女は弱々しく、首を横に振った。
「もういいの。魔力が足りてても、私の回復魔術じゃ、この傷はどうしようもないから……」
もう余力も残っていないのだろう。目を閉じて、少しでもカナタを安心させようと口もとをふっと緩ませた。
「カナタ……幸せになってね。楽しかった、よ……」
彼女の目蓋の裏から、一滴の涙がこぼれ、線を描いた。
「ダメだよマキナ! マキナぁ!!」
それからもカナタは必死に呼び掛けた。だが、返事は無かった。弾丸のような、冷たい雨粒が、二人を打ち続けた。
そしていつの間にか、彼女の体から温もりは消え、冷たく、硬くなった。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!!!!!」
声にならない声が、七王子の黒い天に響き渡った。しかしそれさえも、降りしきる雨が、涙と共にかき消して行った。
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雨が窓に打ち付ける音だけが響く、何もない空き教室。その中心で、光の粒が螺旋を描いていた。やがてそれはメキメキと静かな音を立て始め、その瞬間『扉』が生成された。
『扉』は向こう側から開かれ、中からサラサラとした長髪に、何か白衣のようなものを羽織った人物が出てきた。
「ここが異世界……The another world……ね」




