第四十五話 殺人急行
鴉頭たちがユナイド・ステイリア連邦に滞在して三日後。
想定していた通り運行が決まった世界鉄道のロンディウム行きの列車に、鴉頭と赤頭巾は乗車していた。
「やっぱり列車に乗るとワクワクしますね!」
「ふむ……」
とは言っても、世界鉄道の車両はまだ発進前。
窓から見えるホームの景色を眺めながら、発車を今か今かと待ちわびる赤頭巾に対して、鴉頭は生返事をして考え込んでいた。
寡黙な鴉頭に代わって、赤頭巾は沈黙の間を埋めるように話しかける。
「あのぅ、何か気になる事でもあるんですか?」
「いや、結局、鉄仮面のヤツを見なかったと思ってな」
「そういえば確かに……」
「尾行の気配も無かったし、正直どうでもいいが……」
ユナイド・ステイリア連邦に滞在していた三日間。
無駄を厭う鴉頭にしては比較的長い滞在ではあったが、その間、鉄仮面と再会する事は無かった。
工房で武器の調整をしたり、ダマスクスで赤頭巾とケーキを食べたり、決して外出を控えていなかったにも関わらず、尾行されたような形跡も残っていなかった。
あの程度で鉄仮面が折れるはずもないし、何かしらの方法でドクターの居場所を知ったとしても、入国に手間のかかるユナイド・ステイリア連邦は出国にも時間を要する。
何せ不定期運行の世界鉄道でしか国の出入国もできないのだから、鉄仮面は鴉頭と同様に列車の到着を待たなければならないはずだ。
しかし、世界鉄道の車両に乗車しても尚、ホームどころか車内にすら鉄仮面の姿は無かった。
鉄仮面がドクターの命を狙う事を咎める気はない鴉頭にとって、寧ろ鉄仮面の不在は肩透かしに感ぜられたのである。
「後は、思っていたより乗客が多い事に驚いている」
「そう……なんですか?」
人生で二度目の世界鉄道である赤頭巾には気付けない事ではあるが、鴉頭たちは運行の決定する前から乗車券を購入していた。
それにも関わらず、二人は最後尾の車両の席に着いていた。
世界鉄道の座席は乗車券の購入順に前から割り当てられる。
今回は七両編成。機関室を除き前方三両が人間、後方四両が荷物用の車両で、鴉頭たちはちょうど三両目の座席に付いていた。
つまり、その前の二両に乗っている乗客は、鴉頭よりも前から乗車券を購入していたという事になる。
しかし髑髏も言っていたが、旧ブリスタッド王国は島国から落ち延びた斜陽国家だ。
世界鉄道が開通しているとは言え、大陸の最西端に位置しているため他国や独立都市への経由地としても価値が薄い。
そんな国へ向かう客がなぜこんなにも多いのか。
それが鴉頭には分からなかった。
「でも、確かに折角来たのに出て行っちゃうなんて、勿体ないですよね」
「ああ。取引先に行くだとかなら分かるが、それにしては数が多すぎる。敢えて挙げるなら夜逃げぐらいだな」
「え?いま朝ですけど……」
「……要は、税金を払えなくなった連中という事だ」
ダマスクスはその立地上、かなりの額の徴税が課されている。
中には税を払えなくなり、泣く泣くユナイド・ステイリア連邦から出国せざるを得ない商人だって現れるのは、当然のことだ。
出国にも手間はかかるが、ユナイド・ステイリア連邦の移動規制の主な目的は獣の侵入を阻むためのもの。
入国に比べれば出て行ってもらう分には引き止める理由が無いのである。
いわんや、搾る金の無い商人など。
「それならロンディウムに向かうのも分かるが……」
「う、うーん?」
鴉頭ですら釈然としない状況を赤頭巾が解消できるはずもなく、二人とも悶々とした感情を胸に抱えながら、世界鉄道の発車を伝える汽笛の音を聞くのであった。
「んぐっ、あぐっ、ん〜!おいっしいです!!」
「……そうか」
世界鉄道がユナイド・ステイリア連邦を出立して数刻後。
鴉頭の感じた不審感とは反対に、世界鉄道は何の異変もなく順調にロンディウムへ向かっていた。
時間もちょうど良いので、昼餉に洒落込んでいた二人は顔を突き合わせて事前に買っておいたサンドイッチを食べていた。
故郷では石のように硬いパンしか食べたことの無かった赤頭巾は、干し肉と香草を柔らかいパンで挟んだサンドイッチに感動を覚えながら必死に口へ入れ込む。
鴉頭といえば仮面の嘴を片手で持ち上げながら、器用にサンドイッチを口へ運んで赤頭巾の食レポを聞いていた。
「そう言えばなんですけど」
「どうした?」
いつものように赤頭巾の雑談に相槌を打っていた鴉頭だったが、不安そうに話を切り替えた赤頭巾の様子を伺う。
赤頭巾は世間知らずだが案外、勘が鋭い。
そんな彼女が何かを気取ったというのなら、鴉頭に無視する通りは無かった。
「なんか……静かじゃないですか?」
「いや、こんなも……」
個室というのもあるし、上流階級だけが利用する事もあって世界鉄道は騒がしい場所では無い。
そう言おうとした鴉頭だったが、耳を澄ましても列車が線路を擦る音が聞こえるだけで、他の乗客の会話の声が全く聞こえない事に気付いた。
「……確かに妙だな」
「そ、そうですよね。前に乗った時と違う気がして……」
鴉頭と違い、不慣れな赤頭巾だからこそ気付けた異変。
そこで赤頭巾の直感に感化された鴉頭は、とある事に気付いて急ぎ懐中時計を取り出した。
「どうしたんですか?」
「車掌の巡回が来ていない」
「へ?」
「だから巡回だ。とっくに定期巡回の時間を過ぎている」
世界鉄道の巡回は単なる乗車券の確認だけではなく乗客が獣でないかの監視作業を兼ねており、その業務を車掌が行わない事など有り得ない。
気付けたはずの異変を赤頭巾との雑談ですっかり失念していた鴉頭は、自身の愚かさに歯嚙みしながら立ち上がる。
「今すぐ車内を調べる。獣が出たのかもしれん」
「えっ、でも……」
「相手の方が上手だっただけだ」
世界鉄道、延いてはユナイド・ステイリア連邦は今日に至るまで獣の侵入を許した事は無い。
その話だけを聞いていた赤頭巾はともかく、鴉頭はその触れ込みを政府の創り出した神話だと考えていた。
俗に干渉者と呼ばれる高い知能を持つ獣や、最近では獣の女王などという獣による組織まで姿を現している。
獣の一匹や二匹が紛れ込む事は充分あり得る事態だと、鴉頭は最悪を想定していた。
「罠の可能性もある。俺から離れるなよ」
「は、はい!」
鴉頭は赤頭巾を個室で待機させる事も考えたが、敵の目的が赤頭巾の誘拐なら自身と引き離そうと考えるのは当然だ。
そのリスクを考慮するなら、目の届く範囲に置いていた方が鴉頭にとっても後顧の憂いを断てる。
そう判断した鴉頭は赤頭巾を伴って、さっそく自身の車室から出て通路へ身を乗り出した。
世界鉄道は一車両に五つの車室が併設されている。
車両の進行方向に向かって通路の右側に個室が一列に並んでおり、今回鴉頭はその最後尾の車室に割り当てられていた。
つまり車掌が巡回を断念、或いは獣に殺されたのであれば、それは必ず鴉頭たちの前の席で起こった事になる。
幸いというべきか、鴉頭たちの居る三両目の通路は見る限り何の異変も無かった。
後方四両目の荷物運搬車両とはそもそもデッキによる通路の繋がりも無いので、鴉頭はまず自身らの前の席の扉に手をかけた。
「い、良いんですか?」
「しのごの言ってられ――――」
たとえ異常事態であっても狩人が突然車室に侵入したとなれば、それこそ異常事態として乗客が驚くのではないかと、赤頭巾が真っ当過ぎる懸念を鴉頭にぶつける。
しかし彼女の心配をにべもなく否定しようとした鴉頭は、その言葉を言い終わる前に躊躇いなく扉を開いた。
「開けちゃった!?」
鴉頭に遠慮という概念が存在しないのは赤頭巾こそ深く誰よりも理解していることだが、獣が潜んでいる可能性のある場所で彼がここまで警戒しないという事も有り得ない。
それでも鴉頭が些か乱暴に車室の扉を開けたのには、当然ながら理由があった。
「おい!」
「ひ、人が倒れて……?」
背の低い赤頭巾には確認出来なかったが、鴉頭は車室の扉の欄間窓から意識を失ったように座席に寝そべる乗客を見つけていたのだ。
倒れた乗客の肩を掴んで呼びかける鴉頭の後ろから見てみれば、血の気を失った真っ白い顔が尋常ではないことを伝えている。
「鴉頭さん、その人は……」
「とっくに死んでいる」
「えっ」
呼びかけにも応えない乗客の呼吸と脈を確認した鴉頭は、目の前の人間を死体だと判断した。
だがこの車両の静けさも合わせて考えると、鴉頭にとって死体が出たことはそこまで驚くことでは無かった。
鴉頭が疑問に感じたのは死体に全く外傷がないこと。
そしてその死体がいつから自分達の車室の真横で放置されていたのかだ。
赤頭巾を狙ったとして、わざわざ死体を置く意味はなんなのか?
それを探ろうと鴉頭が死体を動かした時だった。
――死体の首から血が噴き出した。
「っ下がれ!」
「わぁっ!?」
脈を確認した時には首に傷が無かったはずの死体から、夥しい血液が狭い車室に散布され、むせ返るような血の匂いが辺りに充満する。
すぐさま異変を感じた鴉頭は近くに居た赤頭巾を扉まで後退させ、自身は【鋸鉈】に手をかけて周囲の警戒に入った。
原因がなんにせよ、車室に血液をぶちまけるだけで終わる訳がない。
その鴉頭の予感は見事に的中した。
「グルアァァァァァ!!!」
鴉頭が立ち上がると同時に、横の壁を破って獣が猛襲を仕掛けてきたのだ。
木片を辺りに散らばせながら大口を開けて突進してくる獣。
背後からの急襲であるにも関わらず、鴉頭は既に詠唱を始めていた。
「【反転】しろ」
「――ァァァ!?」
鴉頭に届くはずだった獣の牙は、物理法則を捻じ曲げられた事で間抜けな声を響かせながら、勢いを失わず後方へ吹っ飛んで行った。
だが、鴉頭は獣を退けただけで満足する狩人ではない。
木片が吹き荒れる中、それも気にせず鴉頭は無様に五体を投げ出した獣の後を追従する。
そして獣が壁に背をぶつける前にその首根っこを左手だけで掴み取った。
「グゥ、ッガァァ――!」
「折角来たんだ。景色でも楽しめよ」
鴉頭の手を振り払おうと獣が咆哮を上げて身を捩るが、それを片腕の力だけでねじ伏せた鴉頭は、車両の窓に向かって獣の顔面を打ち付けた。
「ギャァ!?」
たとえ世界鉄道の備品であろうと鴉頭が躊躇うはずもなく、獣の顔面は容赦なく窓を割って外の風を浴びる。
その衝撃と硝子の破片に獣が狼狽えた隙を狙って、首から手を離した鴉頭は右手で握っていた【鋸鉈】をギロチンのように振り下ろした。
――バツンッ。
切り落とされた獣の首が列車の外に転げ落ちる最中、間髪入れず鴉頭がへたれ込んだ獣の頸椎を靴底で潰す。
そこまでして、ようやく獣の肉体は粘液に変わって床に溶け込んでいった。
「大丈夫か?赤頭巾」
獣がぶち抜いた壁の穴から死体のあった車室に戻った鴉頭は、念のため置いていった赤頭巾の安否を確認する。
だが、赤頭巾の姿が見えない。
まさかと思って鴉頭が辺りを見渡すと、車室の端っこ、座席と扉の僅かな隙間に赤頭巾が頭を押さえて蹲っていた。
恐怖なのか、それとも列車が振動しているからか、彼女のぷるぷると震えるさまは正に小動物だ。
自身でも気づかぬ内に安堵した鴉頭は、ため息を吐いてもう一度赤頭巾に声をかける。
「おい、終わったぞ」
「え?……ふ、ふぅー、流石ですね、鴉頭さん!」
ビビり散らかして今更鴉頭に気付いた頭巾は、誤魔化すように身体に着いた木片を払いながら笑顔を作った。
旅を通して赤頭巾はスルースキルを身に付けていたのである。
赤頭巾よりもスルースキルの高い鴉頭は敢えて何も反応せず、扉を開けて再び通路に戻った。
「……まだ車掌が見つかっていない。次の車両へ移る」
「は、はい!」
鴉頭の言った通り、発見したのは死体とその血の匂いに釣られて飛び出した獣だけだ。
車掌も見つかっていないし、これまで手練手管を尽くして赤頭巾を狙って来た獣が、この程度で終わりにするとは鴉頭には到底思えなかった。
三両目の他の車室は意外にも空っぽで、車掌やあ死体はおろか、獣すら潜んでいない。
すっかり静けさを取り戻した車両を進んで、鴉頭がデッキから扉を通して二両目の中を覗いた瞬間だった。
「……鴉頭さん?」
今度はデッキで立ち止まってしまった鴉頭に、赤頭巾は恐る恐る声をかける。
だが、鴉頭は赤頭巾の問いかけに答えず、たった一言だけ口から溢した。
「……噓だろ」
鴉頭の視線の先。
扉の奥で何故か車室から出て通路に倒れていた数多の乗客が、一斉に獣へと変貌する。
鴉頭は耳の奥で、死への急行の汽笛を幻聴するのであった。




