第四十四話 再会
髑髏への報告を済ませたその後。
狩人協会本部を出た鴉頭たちは、バビロンを臨む広場にて今後の動きについて話し合っていた。
「世界鉄道に乗るってことは、また駅のホームに向かうんですよね」
「ああ。だがその前にダマスクスで物資を補充する」
次の目的地が旧ブリスタッド王国に決まったところで、赤頭巾はまたもや世界鉄道の切符を買いに戻ると思っていた。
だが鴉頭は意外にも別の場所に立ち寄るようだ。
もはや恒例となりつつあるが、初耳のダマスクスという地名について、赤頭巾はたどたどしい口調で鴉頭に問う。
「だ、だま……?」
「ダマスクス。いわゆる市場だ。バビロンが政府の中枢なら、ダマスクスは商業の中枢といったところだな」
「商業……」
大湖畔に浮かぶユナイド・ステイリア連邦は、国を東西で分割して運営されている。
中央塔が字面通り国のど真ん中に位置しており、現在鴉頭たちのいるバビロンはその東側だ。
そして一方、中央塔を挟んで西側にはダマスクスと呼ばれる大規模な市場街が存在する。
ダマスクスはバビロンとは立ち位置も役目も真逆、個人で経営する商人たちが職種を選ばずに日夜商談をしている地区だ。
大獣害によって人類は衰退し、結果として経済の規模も縮小、もしくは先鋭化していった。
ダマスクスは典型的な先鋭化の例で、ユナイド・ステイリア連邦に入国できる富裕層と、各地からあらゆるものが渡ってくる世界鉄道という唯一無二の物流拠点によって、一部の豪商たちのみで経済を回している。
バビロンもダマスクスからの税収で各地への支援を可能にしている背景もあって、決して潔白ではないが、ユナイド・ステイリア連邦にとってダマスクスは無くてはならない街でもあるのが実情だ。
「狩人協会も食糧や衣類の面倒までは見てくれないからな。折角来たんだし、ついでに立ち寄りたい」
「勿論構わないですけど……お菓子とかあるんですかね?」
「お前はいつからそんな食い意を地張るようになった……?」
どうせ赤頭巾の事だから新しい服でもねだられると思っていた鴉頭だが、ここに来てまだ甘味を求める赤頭巾に戦々恐々とするのであった。
「らっしゃい!今日も良いのが揃ってるぜ!」
「フラウニースから取り寄せた宝石もあるぞ!」
「こっちはロムルスのガラス細工だってある!」
「俺のとこはプライセルから――」
「わぁ……」
ユナイド・ステイリア連邦、ダマスクス。
バビロンから歩いてすぐ、中央塔の裏側には赤頭巾が未だかつて経験したことのないような喧騒が広がっていた。
色とりどりの露店。
活気に満ちた商人たちの客引き。
道行く人たちから感じる熱量。
獣の蔓延る世界で、この場所だけは人々の生気のようなものが溢れていた。
人の多さで言えばアーバリも確かに多かったが、都市全体はベイルムと似たように退廃した雰囲気が漂っていた。
それに比べると、この浴びるような熱気は赤頭巾にとって初めてのものであった。
「こんな明るい場所、あったんですね……」
「そうか?うるさいだけだろ」
「…………ソウデスネ」
赤頭巾も鴉頭が素直に褒めるとはちっとも思っていなかったが、それでも淡々と、なんなら髑髏と喋っていた時の方が楽しそうだったぐらいの冷ややかな彼の反応に声が固くなる。
赤頭巾の感動など露ほども知らない鴉頭が、急にテンションの下がった赤頭巾を疑問に思いながら散策をしている時だった。
どこかで聞いたような不遜で、客と書いて金ヅルと呼んでいそうな、態度と比例して大きい声が鴉頭を呼び止めた。
「おい!久しぶりじゃねぇか!鴉頭!!」
「あ?お前は……ギーセン村の……」
鴉頭の目線の先に居た声の主――この時世でありながら恰幅の良い禿げ頭の商人、リパッチが鴉頭との再会を笑顔で迎えていた。
「相変わらず元気そうじゃねえか」
「俺のどこを見てそう思ったのか知らんが……お前も変わり無さそうだな」
「ははっ、正にその感じがな!」
何故かえらく機嫌の良さそうなリパッチに、そこまで接点の無かった鴉頭は呆れた声を出す。
恐らくリパッチの機嫌が良いのは、いつぞやのシプラムが結果的に命を落とした事を知ったからだろう。
リパッチにとって獣とシプラムの共倒れは最大利益となる最適解だった。
鴉頭はリパッチにとって幸運を運ぶ青い鳥ならぬ黒い鴉なのである。
その事をなんとなくだが察しているからこそ、鴉頭もリパッチの態度に思うところがあった。
「まさかダマスクスに店を持ってる程だとは思っていなかったがな」
「舐めんじゃねえ。これでも顔は広いんだ」
鴉頭が驚いたのはリパッチとの再会というよりも、彼がユナイド・ステイリア連邦に入国できるほどの財力を持っていた事に対してだった。
確かにダマスクスで国を行き来する商人も珍しくは無いが、わざわざ旧プライセル公国に取引相手を選ぶ人間は少ない。
いわんや現地の傭兵を買い叩くような吝嗇家は存在しないと言ってもいいぐらいだ。
「それで?顔の広いお前がわざわざ呼び止めて何の用だ?」
「あんだよ、用がなけりゃ呼んじゃいけねえのか?」
「お前みたいな商人が、商談も無しに話しかけてくるとは思えない」
鴉頭の侮蔑とも、称賛とも取れる信頼の言葉にリパッチは白い歯を見せ付けて笑った。
「へっ、よく分かってんじゃねぇか。流石上位ランカーの狩人ってわけだ」
「調べたのか?」
「調べるまでもねぇ。ノヴゴロイア奪還の一員だろ?あんな田舎で有名人に会うとは思わなかったんだよ」
「の、のぶ……?」
まるで意味の分からないリパッチの言葉に赤頭巾が首を傾げるなか、懇切丁寧に説明する時間もない鴉頭はリパッチとの会話を続ける。
「よく覚えてるもんだ。有名ってほどでも無いだろ」
「知識は金なり、金は命なりってな。こっちはお前の為に狩人道具まで考えて来たんだぜ?」
「嘘を吐け。おおかた、工房のやつに売り込んで失敗しただけだな」
まるで鴉頭のために商品を用意したかのようなリパッチの甘言の裏を、鴉頭はにべもなく暴いた。
連合政府お抱えの工房に狩人道具として認められたなら莫大な資金が手に入る。
リパッチがその商機を逃す筈が無いし、汎用性が低いとか、量産コストが見合ってないとかで工房から突っぱねられたのだろう。
容赦ない鴉頭の追及にリパッチは苦虫を嚙み潰したような表情を作って舌を出す。
「マジで可愛げがねぇ狩人だな……。だがまぁいい!これを見ろ!」
しかし鴉頭に図星を突かれて尚もめげないリパッチは、鴉頭が逃げ出す前に押し売りをする事に決めた。商売根性ここに極まれりである。
そう言ってリパッチが取り出したのは、手のひら大ぐらいの筒だった。
「なんだコレ」
「爆弾だ」
「えぇ!?」
リパッチの取り出した商品とやらのあまりの物騒さに、鴉頭の背から覗き込んでいた赤頭巾が大声を上げる。
しらける鴉頭に代わって純粋な赤頭巾の反応にリパッチは気を良くして頷いた。
「良い反応だ嬢ちゃん。これがありゃ、獣に囲まれたってボン!一網打尽って寸法だ」
「へぇー!凄いじゃないですか!買いましょう鴉頭さん!」
「お値段今ならなんと金貨一枚!」
「たかっ!?」
「だがぁ……お前らには大出血サービス、銀貨五枚で売ってやろう!」
「半額!?物凄いお得ですよ!」
「お前らは漫才でもやってんのか……?」
リパッチの口車に容易く乗る赤頭巾を、鴉頭はもはや感心を覚えるぐらいに呆れ返る。
だが赤頭巾と違って、鴉頭は既にリパッチをボコボコに言い負かす算段が付いていた。
「まず、狩人の武器として使うなら、獣を四散させる火力が無いと武器として使えん。仮にたとえそれだけの威力があったとして、素早い獣を爆発範囲に入れるのは難しいハズだ。そしてそんな道具は市街地では二次災害が大きすぎて使えない。つまりこれはただのガラクタだ」
「一言一句、工房の連中と同じこと言われたよ!チクショウ!」
鴉頭がこき下ろした――仮に呼称して、投擲爆弾筒の欠点をつらつらと論われたリパッチはあっけなく白旗を上げる。
しかし、鴉頭の口撃はまだ終わっていなかった。
「だが、このサイズでそんな威力は出せないだろうから、その分費用も抑えられるはずだ。素人目から見て原価は銀貨一枚程度だな。コイツの金貨一枚はふっかけだ」
「うるせぇな!もう無料でやるよ!」
鴉頭に全ての思惑を暴露されたリパッチはやけくそで、筒を鴉頭に投げて寄越した。
緩やかな放物線を描いて飛んできたそれを掴んだ鴉頭は、貰ったついでに一番気になっていた事をリパッチに聞く。
「因みに起爆方法は?」
「あぁ?筒のてっぺんにある取っ手を引っ張るんだよ。後は衝撃を加えりゃ爆発するぜ」
「……使いづらいな」
「悪かったな!」
「だが、安全装置の仕組みは面白い。それを売り込め」
鴉頭が目を付けたのは起爆の仕組みだった。
いわゆる導火線を内部機構として埋め込み、起爆の手順の簡略化と安全性の両立には目を見張るものがある。
無論獣を相手にするには殺傷能力が弱いが、対人の戦争などでは兵器として利用できると言っても過言ではない。
まさかここまで貶しておいて鴉頭が慰めてくるとは思っていなかったリパッチは、複雑な表情を浮かべた。
「安全装置だけで何を売れってんだよ。もういい、他の物を買ってくれ。火打石、携帯食料、多少ならまけてやるよ」
「最初からそのつもりだ。赤頭巾、これはお前が持ってろ」
「扱いづらいもの全部私に押し付けてませんか!?」
リパッチから鴉頭へ、そして鴉頭から赤頭巾へ投げ捨てらた投擲爆弾筒を受け取った赤頭巾の慟哭が、ダマスクスに木霊するのであった。




