第四十三話 次なる旅路
ランカーⅣ、ドクター。
その名前が髑髏の口から出てきた事は、鴉頭にとって正に渡りに船だった。
なにせ情報屋を相手にしても行方をくらませるような手合いである。
それをなんの駆け引きも無しに髑髏自ら明かしてくれるのなら、鴉頭に都合の良い事この上ない。
なんなら国家機密すら知り得るという背景は、もはやドクターが赤頭巾を人間に戻せるのかという不安すら解消したと言ってもいい。
点と点が線で繋がるような、奇妙な巡り合わせに鴉頭は努めて冷静を装う。
「ドクターの了承は無くても良いのか?」
「彼奴から言わせてみればその逆だろうな」
「どういう意味だ」
「獣の女王とやらが狙っているという存在を無視できると思うか?」
「……無理だな」
直接会った事は少ないが、それでも知識欲の権化のようなあの狩人が赤頭巾というイレギュラーな存在を無視できるとは鴉頭にも思えなかった。
女王に狙われているという背景もさることながら、獣化に至らず人間としての知性を保有する存在。
大獣害最初期から狩人を続ける鴉頭でも、赤頭巾のようなケースは見た事がない。
その未知を目にすればドクターが歓迎するだろうと、鴉頭は半ば確信に近い見通しを立てていた。
しかしドクターの了承の懸念が無くなった鴉頭だが、もう一つの懸念について髑髏へ忠告する。
「言っておくが、鉄仮面に黙っている保証はできないぞ」
もう一つの懸念とは言わずもがな、獣よりもドクターを憎む狩人、鉄仮面のことである。
あの狩人が自身に情報の横流しを拒否された程度で諦めるとは鴉頭も思っていなかった。
大方ここから鴉頭が出てくるのを虎視眈々と狙っているに違いない。下手をしなくとも尾行を続けるのは確実だろう。
そして鉄仮面が移すであろう行動を、鴉頭は咎める気など更々なかった。
飽くまで律儀な鴉頭の言動に、髑髏は苦笑いを浮かべるように頭を下げると、改めて鴉頭に向き直る。
「……そこは其処許に一存しよう。安心しろ。あくどい真似をしている自覚はある。強要するつもりはない」
「自覚があるなら余計にタチが悪いな」
「ふっ、なら某は愚者を演じるとしよう」
髑髏は鴉頭の皮肉を笑い交じりに躱すと、逸れていた話題を強引に戻す。
「そんな事より、ドクターの居場所について話そう」
「ああ。そうだな、独立都市にでも雲隠れしているのか?」
「いいや。旧ブリスタッド王国、首都ロンディウムだ」
旧ブリスタッド王国。
その国名を聞いた鴉頭はその予想外の場所に驚いた。
「案外近場にいたんだな」
「灯台下暗し、という事だな。転々としているという噂もドクター自ら流したものだろう」
髑髏の言葉を聞いて、相変わらず食えない男だと鴉頭はドクターへの評価を改める。
アンゲルもダミーを掴まされた可能性があると言っていたが、ドクターは各地を転々と渡り歩いているどころか、そもそも拠点から動いていなかったのだ。
当然動いていないのだから、痕跡も残るはずがない。
ドクターの跡を追っている時点で鴉頭も、鉄仮面もドクターの策略に嵌まっていたのである。
「あ、あの、そのなんちゃら王国っていうのは……?」
鴉頭が独りでに納得する中、地理に疎い赤頭巾がいつものように鴉頭に質問する。
だが、思案する鴉頭に代わって髑髏が答えた。
「旧ブリスタッド王国はここより更に西へ北上した所にある小国だ」
「小国、ですか?」
髑髏が補足した小国という聞き馴染みのない表現に赤頭巾は違和感を覚える。
年齢と見た目に似合わず鋭い指摘をするものだと、髑髏は赤頭巾に感心を覚えながら解説を始めた。
「元はこの大陸から分かたれた島国だったのだが、大獣害の影響で島からこの大陸に移って来てな。世界連合政府が代替となる土地を傘下の国として運営している」
「基になった土地もないから、正直プライセルより悲惨な国だな」
「な、なるほど」
髑髏の説明と鴉頭の補足を聞いて赤頭巾は納得の息を漏らす。
大獣害、もしくはその後に起こった獣の出現で最も衰退の一途を辿ったのは島国であった。
なにせ島国は土地が狭い分、人口密度が各国に比べて高い。
人口密度が高ければ高いほど、一匹の獣が殺す人間の数も増えるし、避難経路が海路しかないため隣国に亡命するといった手段も取れない。
故に現在に至るまで現存する島国は存在せず、髑髏もまた自らの出身地を獣によって滅ぼされている。
「特に治安は最悪だな。まぁだからこそ隠居には持って来いだろうが」
鴉頭が指摘するように、旧ブリスタッド王国はその境遇も相まって貧富の差がフラウニースの比ではない。
都市部にすらスラムが形成される有様で、獣よりも犯罪者と孤児の方が多いと言われるような国だ。
しかし、だからこそドクターが身を隠すのに旧ブリスタッド王国は都合が良かったのだろう。
「だが、俺たちにとっちゃ朗報だ」
「そうなんですか?」
「地理的にはステイリアと隣国だからな。たしか世界鉄道も通っていたはずだ」
「ああ。アーバリから物資も来たし、近くロンディウム行きの車両が出るやもしれん」
鴉頭にとっての朗報とは、ドクターが独立都市ではなく連合政府の自治領に身を寄せている事だった。
それも世界鉄道で繋がれた隣国ともなれば、獣の女王が介入するであろう移動の隙を減らせる事ができる。
更に髑髏の言う通り、本来不定期である世界鉄道の運行も、アーバリから物資が搬入された事によって読みやすくなっている。
そうとなれば、鴉頭がここで髑髏と言葉を交わす意味も無くなった。
「行先も決まったことだし、さっさと出ていくとするか。時間を取らせて悪かったな」
「なに、案ずるな。所詮下らん雑務にかかずらっていただけだ」
勢いよく立ち上がった鴉頭の社交辞令に、髑髏は座ったまま軽口で応える。
政府の仕事を下らないと言い切った事には赤頭巾だけがぎょっとしていたが、狩人が役場の事務仕事をしている時点で既に異常である。
そのことを理解している鴉頭は呆ける赤頭巾を置いて、今回の件について髑髏の判断を仰ぐ。
「女王についてだが……」
「それについてもこちらで調べておこう。だが詳しい事が分かるまで他の狩人たちに協会から共有することはできない。良いな?」
女王という獣の起源を匂わせるような存在を易々と公表すれば、各地の狩人が暴走するのは想像に難くない。
幾ら狩人協会であれ狩人たちが一斉に蜂起すれば鎮圧は不可能になる。
そして協会の本分とは、暴力の化身である狩人を体裁だけとはいえコントロールすることにある。
そういった情報の管理もまた協会の、延いては髑髏の責務なのである。
本当なら真っ先に自分が殺しに行きたいであろうに、会長というしがらみに縛られる髑髏の判断を、鴉頭は同情で返した。
「相変わらず肩身が狭そうだな」
「慣れてしまえばそうでもない」
鎧を鳴らして肩を竦める髑髏の軽口を笑った鴉頭は、ようやく席を立った赤頭巾を伴って重厚な扉に手をかける。
「じゃあな。次に会う時まで死ぬなよ」
「この温室で暮らしていると、それも難しいだろうな」
「よく言うよ」
別れの挨拶というには堅過ぎる、気の置けないやり取りを済ませた鴉頭が部屋を出るその前に。
赤頭巾が髑髏へ歩み寄った。
「……赤頭巾?」
「む、某になにか?」
「あの……少し変なことを聞くんですけど、私たちどこかでお会いしたことありませんか?」
先程までガチガチに緊張していたはずの赤頭巾が突然聞き出した質問に、鴉頭も髑髏も仮面の下の目を開いて固まる。
いつの時代のナンパだと、鴉頭が赤頭巾を茶化すその前に、髑髏がゆっくりと首を横に振った。
「いいや。某は極東の出身。其処許と会ったのは今日が初めてだ」
「そ、そうですよね……すみません、急に」
「案ずるな。他人の空似だろう。最も、某のような風貌の人間がそう何人といるとは思えないが」
そう言って自分の顔を指差す髑髏と目が合った赤頭巾は、その既視感の正体がなんとなく分かった気がした。
「おい、行くぞ」
「あ、はい!」
赤頭巾と髑髏の会話を訝しみながら傍観していたが、遂に痺れを切らして扉を開けた鴉頭の方に赤頭巾は向かう。
鴉頭が開いた扉の隙間から会釈した赤頭巾に、髑髏は少しだけ頷きながらその姿勢を最後まで崩さず、鴉頭たちを見送るのだった。




