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鴉は少女と肉を喰らう。  作者: 詩徒
第四章 世界の中心

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第四十六話 獣満

「赤頭巾!今すぐ三両目にもどっ――」


「グルゥアアアァァアア!!!」


 二両目の惨状にいち早く気付いた鴉頭が赤頭巾へ飛ばした指示を、獣の咆哮が塗りつぶした。


 更に、獣化を高らかに謳った獣は扉を巻き込んで鴉頭へ突進する。


 全くの偶然ながら扉の残骸を盾にした獣の強襲。

 だが、どのような状況であろうと、鴉頭が獣の奇襲を二度も許す筈が無かった。

 

五月蠅(うるさ)い」


 足の裏で扉を踏み止めた鴉頭は扉の欄間窓を左拳で突き破り、そのまま獣の顔面を掴んで自身の懐へ引っ張り出そうと力を加える。

 

「グゥ……ギィァア!!」


 鴉頭に突進を受け止められ、更に顔面を拘束された獣は咄嗟にそれを振り払おうと身体を後方へ退こうとする。

 しかし、鴉頭は獣のその無鉄砲な動きこそを待っていた。


「【反転】しろ」

「ギャッ!?」


 鴉頭に力を反転させられた獣は、後退するどころか自ら小さな欄間窓に顔面を突っ込んで断末魔を上げた。


 赤頭巾が三両目の扉を閉める音を聞いていた鴉頭は、【鋸鉈】を振りかぶりながら左手を使って獣を後方へ受け流す。

 そして支えを失った獣の身体が扉ごと倒れる前に、断頭台の如く欄間窓から飛び出す獣の首を両断した。


 だが、鴉頭はまだ止まらない。

 振り下ろした【鋸鉈】を逆手に持ち替えると、欄間から血液を垂れ流す首の断面に突き刺した。

 鴉頭の右手に返り血が飛ぶと共に、獣は身体をビクリと振るわせると、粘液となってデッキの隙間へ流れて行った。


「――鴉頭さん!次が来てます!!」


 ぶち抜かれた扉を鴉頭が片手で支えている中、三両目に逃げていた赤頭巾の目には更なる獣の襲来が映っていた。


「ちッ」


 赤頭巾の警告を聞くまでもなく獣の追撃を予期していた鴉頭は、舌打ち交じりに支えていた扉を二両目の入り口へ蹴り飛ばす。


「ギァ!?」


 くるくると縦回転を掛けて飛んで行った扉は、鴉頭を強襲せんとデッキに乗り込んできた獣に的中して動きを止めた。

 そして蹴り飛ばした扉の後を追って走り出していた鴉頭は、浮き上がった扉の上から獣を踏み潰す。


「グェ……!」

「今すぐ仲間の所に送ってや――」


「グルァァァ!!!」


 そのまま下敷きになった獣の首を、足場になった扉ごとぶち抜いてでも踵のシミに変えようと足を上げた鴉頭に、別の獣が横っ腹から飛び込んでくる。

 詠唱を許さない距離と速度で獣に接近された鴉頭は仮面の下で眉を顰めながら、上げていた足を前進に使って踏み込むと、【鋸鉈】を横に薙いで獣の首を斬り飛ばした。


「焦らなくても殺してやるよ!!」


 高揚感を隠さずに叫んだ鴉頭は【鋸鉈】を振り抜いた勢いを利用して、未だ空中で首の断面を晒す獣へ追撃の左正拳突きを放つ。

 が、鴉頭の左拳は僅かに狙いを逸れて空振りしてしまった。


「……クソっ」

「グゥ、ガルァッァアアァ!!」

 

 無理矢理に起き上がる事で鴉頭の後詰めを阻んだ、先程まで彼の足場の扉の下敷きになっていた獣が生意気にも咆哮を上げる。

 上体を崩された鴉頭は何とか踏ん張りながら、首を切った獣の身体を避けるために姿勢を低くして振り返った。


 起き上がった獣がすぐ真横でその凶爪を振りかぶるのを認識しながらも、鴉頭の視線が追っていたのは吹っ飛んで行った首無しの獣だった。


 獣が突っ込んだ先、鴉頭の正面にあるのは赤頭巾の逃げ込んだ三両目。

 間違っても赤頭巾を危険に晒す訳にはいかない鴉頭はクラウチングスタートの要領で、低姿勢から走り出して獣の爪を置き去りにすると【鋸鉈】の柄を短く持ち替えた。


「【反転】しろ!」


 首無しの獣がデッキを越えて三両目の扉へ衝突する――。


 その前に、空中で獣の肉体を反転させた鴉頭は短く持った【鋸鉈】で獣の身体を股から縦に一刀両断する。

 真っ二つに裂かれた獣の死体は粘液に変化するその前に、デッキから列車の外へ吸い込まれて血の雨と化した。


 だが、知性を持たない獣は狩人に息を吐かせる暇など与えない。


「ガァァァアアァ!!!」


 無防備に背を向けた鴉頭へ二両目に取り残されていた獣が猛進する。

 知性を持たないがゆえに、不意打ちの意味を失う獣の咆哮で鴉頭が背後に注意を向けたその瞬間。


 ――ずるり。


 鴉頭を挟むように、三両目側から獣が()()()()()


「なっ……」

「うそ……!?」


 傍から鴉頭の戦闘を見ていた赤頭巾ですら原理の分からない新たな獣の出現。

 当然だが如何に獣と言えども素体が人間である以上、虚空から湧いて出る事はない。


 常識の埒外から現れた獣に、しかし鴉頭は理屈を差し置いて真っ先に背後から急襲する獣へ【鋸鉈】を向ける。

 だが、鴉頭の晒した隙は余りに大きすぎた。


 ――がじゅっ。


 鴉頭が【鋸鉈】を振り抜く前に、獣の牙が肉を貫く音を響かせる。

 筋肉を裂かれる痛みより、肘を畳んだ状態で固定されたことの方が応えた鴉頭は【鋸鉈】を既に手から離していた。

 

「獣なら首を狙えよ……愚図が」


 着地する前に左手で【鋸鉈】を掴み取った鴉頭は、吞気にも未だ自身の右腕に噛みついたままの獣を上顎から切断する。

 顎を分離させたことで、束縛から解き放たれた鴉頭がもう一匹の獣へ視線を向けようとしたその時だった。


「グゥッア!!」

「鴉頭さん!」


 突如現れた獣は鴉頭と下顎だけになった同胞諸共、デッキの外へ突き落とした。


「…………ッ!」


(コイツっ、知能型(エリート)か!?)


 捕食ではなく、列車からの滑落による殺害を意図した獣の行動に鴉頭は一つの事実に気付く。

 だが、そんなことを今更知ったところで何の打開にもならない。


 思考を切り替えた鴉頭は、浮遊感に襲われながらも赤頭巾の声に引っ張られるように、山勘で息を吸っていた。


「【反転】しろ!!!」


 帽子の鍔が流れていく風に擦られる感触を覚えながら、鴉頭は列車から完全に身体を露出する前に能力の発動に成功する。

 更に捻りを加えながら反転したことで、デッキへの帰還に併せて獣へ回し蹴りを命中させた。


「ギィァアッ!!」


 完全に鴉頭の殺害を確信していた獣は無防備な身体を鴉頭に蹴られた事で、却って自身がデッキから転落しそうな状況に陥る。

 デッキの縁でなんとか踏ん張ろうと汚い声で叫ぶ獣に対して、鴉頭は右腕をぷらぷらと揺らせながら処刑を宣告した。


「獣如きが醜い生き意地を晒すなよ。……【反転】しろ」

「ガァ――ェ?」


 デッキから落ちそうになっていた筈の獣が、鴉頭の反転によって逆にデッキの方へ引き寄せられる。

 九死に一生を得た獣が安堵の息を漏らすその前に、【鋸鉈】が獣の喉笛を千切り飛ばした。


 獣の首が宙を舞って地面へ堕ちた数秒後。

 【鋸鉈】に付いた血を振り払った鴉頭は、首の無くなった獣へ短く吐き捨てた。


「……ああ、もう逝っていいぞ」


 鴉頭が能力を解除したことで、獣の肉体は棒立ちのままデッキの縁から落ちて行く。

 線路から肉の潰れる音が響くと、再び列車は静けさを取り戻すのであった。


 

 

「……待たせたな」

「い、いえ!お疲れ様です……!」


 列車内に現れた獣を全滅させた鴉頭は次いで一両目まで哨戒を終えると、改めて赤頭巾の待つ三両目に戻ってきていた。


「一両目はどうでしたか?」


 二両目で起こった惨状を間近で見ていた赤頭巾は、恐る恐る鴉頭へ質問する。


「乗客が死んでいるだけで、獣は居なかった」

「死んで……」


 淡々と報告する鴉頭に代わって、赤頭巾が顔を青ざめて言葉尻を萎ませる。


「問題はいつから列車内に紛れ込んでいたか、だな」

「そう、ですよね。だって私たち……」


 赤頭巾が敢えて言い切らなかった言葉を鴉頭も頷いて肯定した。

 世界鉄道で獣が出たという事は、即ちユナイド・ステイリア連邦にすら獣が侵入していた事を示している。


 加えて、ゴードン家の件もある。

 獣の女王が政府中枢に一枚噛んでいる事は最初から示唆されていた。


 だから鴉頭も世界鉄道での襲撃はある程度予測していたのだ。

 しかし乗客の半数が殺され、更に獣化に至ったとなれば、もはや紛れ込んだというレベルではない。


 間違いなく、鴉頭たちが世界鉄道に乗る前から計画されていた獣害。

 今すぐユナイド・ステイリア連邦に戻って調査したいところだが、生憎それも叶わない。


「今は見て見ぬふりをするしかないな」

「うぅ、着くまでこの臭いと一緒かぁ……」


 獣の肉体は粘液に溶けるので腐臭などはしないが、それでも血の匂いだけは消えない。

 一両目にも死体があるのなら、もう赤頭巾が快適に過ごせる空間は残されていないだろう。


 これからの長い道のりに赤頭巾が嘆くと、鴉頭は不思議そうに首を傾げた。


「何を言っている?」

「え?」

「まだ終わってないぞ」

「……えっ?」




 どれだけ血が流れていようと、変わらず外の景色を千切っていく世界鉄道の車内。

 その一両目まで鴉頭と赤頭巾は移動していた。


 一両目は鴉頭の言った通り、人間の死体が車室や通路に散乱していた。

 しかしその死体はどれも三両目にあったもののように、血の気を失って寝ているような状態ばかりだった。


「な、なんだか不気味ですね」

「俺の予想だが、干渉能力だ」

「それって……」


 鴉頭の言葉を聞いて、赤頭巾の頭に過るのは彼の【反転】だ。


 赤頭巾がこれまで目にしたのは鴉頭と、バケツ被りの【増幅】だけだった。

 あのケルンの町での死闘を思い出した赤頭巾は、懐にある呪骨を無意識に握りながら鴉頭に顔を向ける。


「また上位ランカーの人が……?」

「いや、恐らく今回は獣だ。一般人まで殺す意味が無い」


 そのうえ鴉頭の足手纏いであり、女王の器でもある赤頭巾を狙わない事から、狩人の仕業でないことは確定していた。


「で、でも獣は鴉頭さんが壊滅させたはずじゃ……?」

「ああ。だが、まだ見つかっていない奴がいる」

「見つかってないひと?」


 鴉頭の端的すぎる言葉に赤頭巾が戸惑っている合間。

 一両目の通路を更に奥へ進んだ鴉頭は、その先に鎮座する()()()の扉を蹴り破った。


「か、鴉頭さん!?」


 まるで躊躇のない鴉頭の行動に赤頭巾は思わず声を上げるが、そこでふと、見つかっていない人物に思い当たる。


 そもそも鴉頭が何故この列車の異常に気付いたのか。

 そして、これだけ獣の狼藉を許すに至った遠因とは。


「お前が今回の獣害の本丸だな?――車掌」

 

「――ああ、ようこそ。俺の用意したショーは楽しんで貰えたかな?」


 エンジンの鼓動が響く機関室の中で、車掌が不敵な笑みを浮かべていた。


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