第四十一話 交渉
狩人協会本部。
獣が現れないために、却って狩人が全く立ち寄らないその場所で二人の狩人が顔を合わせていた。
まさか顔馴染みと会うとは思ってもみなかった鴉頭の問いに、鉄仮面と呼ばれた男は肩を竦めて答える。
「白々しいな、鴉頭。俺がお前に声を掛ける理由ぐらい分かってんだろ?」
「……ドクターか」
「勘が良くて助かるぜ」
鉄仮面は壁にもたれながら鴉頭の言葉を肯定する。
仮面のせいで表情を窺い知る事はできないが、クツクツと喉を鳴らして笑っているようだった。
機嫌が良さそうな鉄仮面を置いて、まだ理解の追いついていない赤頭巾が鴉頭の裾を引く。
「あ、あのぅ、この方は……?」
「鉄仮面。ランカーⅤだ」
「ドクター?っていうのは……」
「そっちはランカーⅣの名前だな」
鴉頭に淡々と質問を答えてもらいながら赤頭巾は脳内でその情報を整理する。
鉄仮面とやらはランカーⅤで、鴉頭に声を掛けた理由はランカーⅣであるドクターを他ならぬ鴉頭が追っているから……。
なぜ鉄仮面さんがドクターさんを?と、赤頭巾が続けようとしたところで、かつて情報屋アンゲルが鴉頭との会話で既に答えていたことを思い出す。
「ランカーⅣの所在は?」
「知らない。ほらあの狩人、五番目と仲悪いから」
アンゲルの言っていた言葉の意味をここに来て理解できた赤頭巾は合点がいったように手のひらに拳を当てた。
「つまりこの人が五番目だ!」
「……あぁ?」
突然知らない少女に五番目呼ばわりされた鉄仮面は低い声を鳴らして、今更思い出したように鴉頭へ問いかける。
「ところでこのガキはなんだ?」
「赤頭巾。仕事で拾ってから一緒に旅をしている」
「はぁ?いつから託児業務までやるようになったんだよお前」
「……俺の事は良いだろ。それより、どこの誰がお前に情報を吐いた」
ガキ呼ばわりされた赤頭巾を片手で制しつつ、そもそも自身がドクターを追っているなどと言う情報を流布した人間について鴉頭は尋ねる。
鴉頭がその事について聞いてくると想定していたらしい鉄仮面は、顎をさすりながら得意げに答えた。
「誰が、とかじゃねぇ。鴉頭お抱えの情報屋がランカーⅣについて嗅ぎ回ってるって噂が流れてたぜ?」
「アイツかよ……」
思わぬ顔見知りの名前が出てきた鴉頭は、アンゲルのてへぺろ顔を想起しながら頭を押さえた。
だがアンゲルに秘密裏に追えと依頼した訳ではないので彼女に落ち度は無い。てへぺろ顔はウザかったが。
納得するかと思いきやゲンナリしだした鴉頭を訝しみながらも、鉄仮面は早速本題を切り出した。
「で?あのクソ野郎はどこにいんだよ」
鉄仮面は鴉頭の肩に腕を置いて朗らかに、だが仮面から覗く瞳を血走らせながら囁く。
武器に手をかけてこそいないが、わざわざ鴉頭に近付いたのは舐めた真似をすれば容赦はしないと通告しているようだ。
しかし例え相手が見知った狩人であろうと、鴉頭が態度を変える事はなかった。
「残念ながら俺もまだ掴めていない」
「ンなこたぁ分かってんだよ。だから髑髏のやつに頼ろうってスジだろ?そりゃ良い判断だ」
「何が言いたい」
「髑髏……アイツは絶対にドクターの居場所を知ってる。俺が協会にアゴで使われてるのもそれが理由なんだぜ?」
口調は軽いまま、鉄仮面は鴉頭の肩に置いた腕の拳をぎりぎりと鳴らす。
つまり鉄仮面はドクターの情報をダシに、協会からこき使われてランカーⅤという地位にまで登り詰めたのである。
それでもなお未だにドクターの首はおろか、ランクすら下に扱われているのだから皮肉としか言いようがない。
「だが、もう三年だ。そろそろ俺の我慢も限界なんだよ。髑髏のやつからドクターの居場所を聞き出したら俺に教えろ。見返りと言っちゃなんだが、俺に出来る範囲ならなんだって叶えてやる」
鉄仮面の必死な要求、いや、もはや懇願に違いそれを鴉頭はにべもなく首を振った。
「悪いが、断らせてもらう」
「ッ、なんでだ!?」
「分かってるだろ。俺はそのドクターに話があるんだ。お前に先に殺されたら困る」
それが鉄仮面の要求を断る理由であり、紛れもない正論でもあった。
鴉頭がドクターに会う理由は赤頭巾を人間に戻す方法の有無を問う事で、命を狙うことではないのだ。
「俺は髑髏と違ってドクターをダシにお前を利用するつもりも、ドクターを殺すなとも言わん。……だが、協力もできない。俺の言ってる事は理解できるよな」
「ちッ、そもそもあのサイコ野郎になに聞くんだよ」
「お前には関係ない」
赤頭巾についてあらぬ憶測を生みたくない鴉頭がにべもなく拒否すると、鉄仮面は鴉頭から脱力するように離れると背負っていた【大剣】の柄を掴んだ。
「なら、お前らの都合も俺には関係ねぇんだよ……!」
「やめろ。それを抜いたら俺はお前を殺さなくちゃならなくなる」
「お前はどの立場で喋ってんだよ。俺がお前に負けるとでも思ってんのか?」
「――確かめてみるか?」
売り言葉に買い言葉。
警告を聞いてなお突っかかる鉄仮面に苛立った鴉頭も【鋸鉈】に手をかける。
突如として起こった上位ランカー同士の一触即発の雰囲気の中、小さな影が狩人の間に入った。
「駄目ですよ!鴉頭さん、鉄仮面さん!」
「邪魔すんじゃねぇよクソガ――」
「ガキじゃありません!少なくとも、こんな所で喧嘩するような人達よりは大人です!」
「ぐっ……」
赤頭巾の放ったド正論にキレていた鉄仮面も思わずたじろぐ。
ガキと罵るぐらいの少女と口論する気にもなれない鉄仮面がどうにかしろ、と鴉頭に目線を送ると彼は既に【鋸鉈】から手を離して戦意を失っていた。
「おい!なにやる気失ってんだ鴉頭!情けねぇな!!」
「……子供に説教される方が情けないだろ」
「ちょっと!?どうしてお二人とも私の悪口言うんですか!?」
鴉頭と違って未だにやる気満々の鉄仮面の怒号が響くが、赤頭巾もガキだの子供だの不当な扱いに怒号を飛ばす。
そして鼻息の荒い鉄仮面へ鴉頭は早々に白旗を上げた。
「止めだ。俺も赤頭巾の前でお前を殺す気にならん」
「……ちッ、クソが」
完全に争う気のなくなった鴉頭と殺し合うのも不本意なのか、鉄仮面は舌打ちをすると【大剣】から手を離して踵を返す。
「俺は諦めねぇからな。精々ドクターが生きてる内に会うこった」
鉄仮面はそれだけ吐き捨てるともう振り返る事は無く協会から出ようと扉に手を置く。
だが、協会から出る前に鴉頭が鉄仮面を引き留めた。
「おい、待て」
「あ?んだよ」
「いつから俺たちを尾けてた?」
鴉頭の尾けていたという予想外の言葉に赤頭巾は目を瞬かせる。
前述したが、獣の出現しないユナイド・ステイリア連邦を狩人が拠点にすることはない。
加えて鉄仮面は鴉頭がドクターを追っているという噂を耳にしていた。
つまり鉄仮面も鴉頭の行動範囲内である旧プライセルか、フラウニースに居た可能性が高い。
となればアーバリから出る世界鉄道に乗車するしかないのだが、鴉頭の見た限り車両内に鉄仮面の姿は無かった。
鴉頭が確実に協会本部に入ったタイミングを狙って声を掛けたとなると、一体いつから尾行していたのか。
鴉頭の純粋な疑問に、鉄仮面はドアノブを掴みながら気まずそうに答えた。
「アーバリからだよ。ギリギリ荷物運搬車両に紛れ込んだ」
「……帰りは人間用に乗れよ」
「うるせえ!死ね!!」
鴉頭に同情された鉄仮面は暴言を吐き捨てると、とうとう協会から出て姿を消した。
一連のやり取りを目にした赤頭巾は困惑しながら鴉頭へ問う。
「あの人いくつなんですか……?」
「たしか二十そこらだ」
「え、意外と若いんですね」
「最初期から居る狩人ではないからな。それでもアイツは特殊な方だ」
特殊なのは鴉頭さんもなのでは?などとは口が裂けても言えない赤頭巾の空笑いが、広くなった協会の中で木霊するのであった。
「お、お待たせ致しました……鴉頭様」
まさかランカーⅤとランカーⅨが、一歩間違えれば殺し合いを始めていたかもしれなかったなどと微塵も知らない受付嬢は、憔悴した様子で鴉頭の名前を呼ぶ。
鉄仮面が去ったあと暇を持て余していた赤頭巾と鴉頭は受付嬢の居るカウンターまで移動すると、その表情からなんとなく事の成り行きを察した。
「やっぱり急に来たんですからむり……」
「会長はお会いになるそうです……。ご案内しますので、こちらにお願いします」
「えぇ!?」
「赤頭巾、静かにしてろ」
「ご、ごめんなさい……」
突然のアポなし訪問。それも協力の長を相手にまかり通る訳がないと高を括っていた赤頭巾と違って、髑髏が自分に会うと判断したことに鴉頭はまるで疑問はないのか、大声を上げる赤頭巾を窘めて当然と言わんばかりに迷いなく受付嬢の後へ続いた。
協会本部を入って左にある普段は封鎖されている階段を登れば、ちょうど真下にカウンターのある位置に会長執務室の扉が現れる。
誰もいない廊下を受付嬢に先導されて鴉頭と赤頭巾は執務室前まで到着すると、受付嬢が両扉をノックした。
「会長、お連れしました」
「ご苦労。入れ」
扉の奥から鴉頭にも似たくぐもった低い声が、受付嬢に入室の許可を伝える。
髑髏から許可を得た受付嬢は鴉頭たちに会釈すると重そうな両扉、その片側の扉をゆっくりと開いた。
「失礼致します」
見た目に反して軋んだ音一つ立てない扉を受付嬢が開いたその先。
最低限の内装だけに留めた部屋の中央に、長机を挟んで一人の男が鎮座していた。
黒い外套――ではなく、かつて大獣害によって一夜に滅んだ東洋の具足と呼ばれる鎧兜を、死に装束のように真っ白く染めたその姿から呼ばれた名は髑髏。
狩人協会会長を協会設立から今日に至るまで務め、多大なる獣の討伐と政府への貢献からランカーⅠまで登り詰めた、自他共に認める狩人の頂点。
その男が静かに鴉頭の来訪を待っていた。




