第45話:黄金の花咲く回廊と、小さな職人の歓迎大宴会
翌朝の光が、木漏れ日の農園を清々しく照らし出していた。
昨日、仲間たち総出で組み上げた長さ十メートルの「カボチャの緑の空中トンネル」。
朝露に濡れた第五号畝へと足を踏み入れた瞬間、ティルは思わず息を呑んで立ち止まった。
「……うわぁ……! み、みんな、早く来てごらん!!」
ティルの弾んだ呼び声に、広場から仲間たちが一斉に駆け寄ってきた。
緑のトンネルのアーチをくぐり抜けた全員が、目を見張り、感嘆の声を上げた。
頭上一面に広がる青々としたカボチャの葉陰。
その隙間から、まるで無数の小さな太陽が点灯したかのように――大人の両手ほどもある鮮やかな【黄金色の花々】が、一斉に咲き誇っていたのだ。
濃い山吹色の花弁が朝露を浴びてキラキラと輝き、トンネルの中には、甘く爽快な大地の蜜の香りが満ち満ちていた。
『ケロ、ケロリ……! なんという見事な開花じゃケロ!』
ケロ爺が蓮の葉の笠を揺らし、目を丸くして感嘆の息を漏らした。
『昨日張った菌糸網と立体棚が、大地の地熱と養分を完璧に巡らせた証拠じゃ。本来なら一週間はかかる蕾が、たった一晩で満開を迎えおったわい!』
「ぷるぷる! 天井がお星さまのお花畑になってるぷるぅ!」
「わほっ! すっごくいい匂いだワン!」
ぷるが跳ね、サンが尻尾をブンブンと振る中、棚の梁の上から誇らしげな声が響いた。
『へっへっへ! どうチュ、旦那!おいらの見立て通りチュよ!』
黒檀の【職人ベラ】を肩に担ぎ、白い手ぬぐい模様をキリリと結んだチュウ吉が、梁の上をピョンと飛び降りてティルの肩に着地した。
『だが旦那、見惚れてる暇はねえチュ! カボチャの花は朝の数時間しか開かねえ!今のうちに確実に【受粉】を済ませねえと、実にならずに落ちちまうチュよ!』
「そうだね、チュウ吉! みんな、受粉作業を手伝ってくれるかい?」
「任せるピョ! アタシの羽先で、雄花の花粉を優しく撫でて雌花へ運ぶピョね!」
ピピが器用に空中をホバリングしながら、雄花の黄色い花粉を嘴の周りにまとい、花の根元に小さな丸い膨らみを持つ雌花へと丁寧に触れていく。
ティルも柔らかな刷毛を手に、チュウ吉の指示に従ってひとつひとつの花へ命の橋渡しを行っていった。
『よし、その雌花は受粉完了チュ! ……見てみろチュ、旦那!』
チュウ吉が指差した先。
受粉を終えた雌花の根元にある小さな緑の玉――カボチャの幼果が、大地の魔力と朝の光を吸い上げ、ぷくぷくと音を立てるかのように丸みを帯び始めていた。
『へへっ……! この幼果、もうまん丸に太り始めてやがるチュ! 夏が来る頃には、棚から人の胴体ほどもある黄金カボチャがゴロゴロぶら下がるチュよ!!』
「ありがとう、チュウ吉。君のおかげで、最高のスタートが切れたよ」
ティルが肩の上のチュウ吉をそっと撫でてやると、チュウ吉は目を細めて照れくさそうにヒゲを揺らした。
「さて……大仕事がひと段落したところで、今夜はいよいよ【本番】だね!」
ティルが振り返って仲間たちを見渡すと、全員がニヤリと合図を交わし合った。
『あん? 本番チュか? まだ何か仕事が残ってるチュ?』
きょとんとするチュウ吉に、ティルは優しく微笑みかけた。
「仕事じゃないよ。……チュウ吉が正式に俺たちの家族になったことを祝う、【歓迎大宴会】さ!」
『えっ……!? おいらの……歓迎会チュ……!?』
チュウ吉の黒い瞳が、驚きに見開かれた。
夕暮れ時。
西の空が柔らかな紫紺と茜色のグラデーションに染まる頃、開拓地の広場には、見たこともないほど豪勢な宴の席が整えられていた。
広場の中央には、ガン親方が玄武岩を磨き上げて作った特大の石板テーブル。
その上には、ベルが水路の清流で晒した純白の麻布が敷かれ、清涼な白百合と野菊の花が可憐に飾られている。
「カラン、コロン……。今夜の主役にふさわしい、最高に雅やかな食卓をご用意いたしましたわ。……メェ」
ベルが誇らしげに銀鈴を鳴らすと、工房の竈から、湯気とともに鼻腔を直撃する芳醇な香りが立ち上ってきた。
「みんな、お待たせ! チュウ吉歓迎のフルコースだよ!」
ティルの声とともに、出来立ての料理が次々と運ばれてきた。
一品目は、ガン親方の耐熱深鍋でコトコト煮込まれた【若採り豆と甘芋の濃厚黄金ポタージュ】。
チュウ吉の土で育った甘芋とカラカラ豆をすり潰し、水車搾りの菜種油と特製ハーブ岩塩でコクを深めた、心まで温まるスープだ。
二品目は、今朝咲いたばかりの雄花を活用した【カボチャの花のハーブフリット】。
大きな花びらの中に、ホクホクの甘芋ペーストと炒り木の実を包み込み、搾りたての菜種油でカラッと黄金色に揚げた極上の一皿。
三品目は、チュウ吉が大好物になった【特製ハーブ味噌の焼き雑穀おにぎり】と【角切り甘芋の照り焼き】。
香ばしい味噌の焦げ目と菜種油の艶が、見る者の食欲を限界まで刺激する。
そして四品目は、デザートだ。
ルナが冷涼な風を吹きかけてシャーベット状に凍らせた、裏山の【完熟野イチゴと山羊ミルクの冷製ジェラート】。
「さあ、チュウ吉! 遠慮しないで、お腹いっぱい食べてくれ!」
テーブルの特等席に座らされたチュウ吉は、目の前に並ぶごちそうの山を見つめ、小刻みに身体を震わせていた。
『こ、これ……本当に全部、おいらのために作ってくれたチュ……?』
「当たり前ッスよ! チュウ吉はもう、俺たちの大切な仲間ッスから!」
モグが豪快に笑い、ピピも「腕によりをかけた特製料理ピョ、冷めないうちに食べるピョ!」と翼を羽ばたかせた。
チュウ吉はおずおずと小さな前足で木スプーンを握り、まずカボチャの花のフリットをガブリと頬張った。
サクッ……ジュワァァッ!
『…………っっ!!』
香ばしい衣のサクサク感のあとから、甘芋のねっとりとした甘みと、菜種油の上品なコク、そしてハーブ味噌の旨味が口いっぱいに雪崩れ込んできた。
『う、うめえええええええええチュッッ!! なんだこれ……花がこんなにサクサクで美味しくなるなんて、夢にも思わなかったチュ!!』
チュウ吉は叫ぶと、今度はポタージュスープを両前足で抱えてゴクリと飲み干した。
『はぁぁぁぁ……! 身体の芯まで、大地の優しい温もりが染み渡るチュ……! おにぎりも、お芋も、全部美味すぎて……ほっぺたが落っこちちまうチュよ!!』
チュウ吉は夢中で両手を動かし、頬袋をパンパンに膨らませながら、次から次へと料理を胃袋に収めていった。
「ふふ、喜んでもらえてよかったよ。……そしてね、チュウ吉。もうひとつ、君にプレゼントがあるんだ」
ティルが合図を送ると、ガン親方とモグが、広場の奥からひとつの小さな木工品を抱えてやってきた。
それは――大人の膝丈ほどの、見事な【小さな石造り工房】だった。
土台にはガン親方が削り出した頑丈な玄武岩の敷石。
壁には美しいクリの平板が組み合わされ、屋根には風通しの良い小さな越屋根換気塔がちょこんと乗っている。
扉を開けると、中にはベルが丹念に梳いて紡いだ、極上のフリース綿毛が敷き詰められたふかふかのベッド。
そして壁の棚には、チュウ吉の黒檀の職人ベラを掛けておくための、専用の小さな道具掛けまで作られていた。
「君の専用の工房兼、寝床だよ。いつでも雨風をしのげて、ゆっくり休めるようにね」
ティルのその言葉を聞いた瞬間――。
ポロポロと、チュウ吉の黒い瞳から大粒の涙が零れ落ちた。
『あ……おいらの……おいらだけの、家……チュ……?』
チュウ吉は小さな前足で涙をぬぐおうとしたが、涙は次から次へと溢れ出し、止まらなくなった。
小さな肩を震わせ、しゃくりあげるように声を漏らす。
『おいら……群れを持たずに、ずっと一人ぼっちで山を渡り歩いてきたチュ……。雨が降れば岩の隙間に縮こまって、冬になれば凍えそうになりながら枯れ葉に潜って……誰からも名前を呼ばれず、誰もおいらを待っててくれなかったチュ……』
チュウ吉は小さな両手で顔を覆い、感極まった声を絞り出した。
『それなのに……ティル旦那は、おいらの土作りを褒めてくれて……【チュウ吉】っていう粋な名前をくれて……みんなと一緒に笑って、あったかいメシを食わせてくれて……こんなに立派な家まで作ってくれるなんて……!』
『おいら……生まれてきてよかったチュ……! こんなに幸せでいいのかチュ……!?』
その姿に、仲間たちの瞳にも温かな光が滲んでいた。
「当たり前ッスよ! 俺たちはもう家族なんスから!」
モグがポンとチュウ吉の背中を叩く。
「そうピョ! チュウ吉の頑丈な手ぬぐい姿、アタシたちの大自慢ピョね!」
ピピが優しく羽を寄せた。
「カラン、コロン……。淑女の庭園に、貴方のような誇り高き職人がいてくださることを、誇りに思いますわ。……メェ」
ベルも優雅に目を細めた。
商そして、ティルが両手を差し伸べ、チュウ吉の小さな身体をそっと包み込んだ。
「チュウ吉。君が来てくれたから、この畑は本物の命の場所になれたんだ。……うちに来てくれて、本当にありがとう」
ティルの温かい手のひらに包まれた瞬間――チュウ吉の胸の奥底にあった最後の孤独が、完全に溶け去った。
『旦那ぁぁぁぁぁーーーーっっ!!』
ピョーーンッ!
チュウ吉は叫ぶと、ティルの胸元へと全力で飛びついた。
小さな前足でティルの作業着の胸元をぎゅっと掴み、首筋に顔を埋めて、子どものように声を上げて大号泣した。
『だーーーい好きチュ!! 世界一の旦那チュ!!おいら、死ぬまでこの畑を守り抜くチュ!! 一生、旦那についていくチュよォォォッ!!』
「うん、ずっと一緒だよ、チュウ吉」
ティルが優しく背中を撫でてやると、広場じゅうに温かな歓声と拍手が沸き起こった。
やがて夜の帳が下り、満天の星々が天空に瞬き始めた。
広場のテーブルでは、菜種油を満たした幾つもの陶器ランプが、煙一つ立てずに澄み切った黄金の炎を灯している。
お腹をいっぱいに満たしたチュウ吉は、プレゼントされた小さな工房のベッドに潜り込み、大好きな黒檀のヘラを抱きしめながら、満足そうに「すぴ〜……チュ……」と幸せな寝息を立てていた。
その横で、ルナやウル、サン、ぷるも寄り添うように丸くなり、穏やかな温もりを分かち合っている。
ティルはランプの優しい灯火を見つめながら、夜風にそよぐ第五号畝の空中立体棚を見晴るかした。
暗闇の中でも、受粉を終えた小さなカボチャの幼果たちが、大地の愛を吸い上げて静かに、力強く息づいている。
孤独だった小さな職人が家族となり、大地と命が固い絆で結ばれた木漏れ日の農園。
豊かな実りと幸福に包まれながら、ティルたちのスローライフは、眩い盛夏の季節へと、確かな一歩を力強く踏み出していた。
【後書き】
読者の皆様、第45話を最後まで読んでいただき本当にありがとうございます!
コンポスト・マウスの物語、堂々の【完結・大団円編】をお届けいたしました!
第五号畝の空中立体棚に咲き誇る黄金色の巨大なカボチャの花々、息の合った受粉作業、そしてチュウ吉の正式加入を祝う「歓迎大宴会」――!
カボチャの花のハーブフリットや濃厚ポタージュに感動し、ティルたちからプレゼントされた「特製工房ベッド」に涙腺を決壊させて号泣するチュウ吉の姿に、胸を熱くしていただけましたら幸いです!
天涯孤独だった江戸っ子職人ネズミが、真の居場所と家族を見つけた最高の夜となりました!
次回・第46話からは【新章・盛夏の訪れと新たな胎動編】が開幕!
すくすくと育つ空中カボチャや夏野菜たち、そして開拓地としての評判を聞きつけた新たな来訪者や、さらなる未開の地への開拓が動き出します!
もし「チュウ吉の号泣シーンに感動した!」「カボチャの花のフリットが美味しそう!」と感じていただけましたら、
ぜひ作品のフォロー(ブックマーク登録)や、ページ下部の評価(★★★★★)で応援していただけますと、毎日の執筆の大きな励みになります!
次回もどうぞよろしくお願いいたします!




