第44話:緑そよぐ空中トンネルと、職人仕立てのカボチャ棚
初夏の力強い陽射しが、木漏れ日の農園を黄金色に包み込んでいた。
昨日の大規模な土壌改良によって、農園全体を巡る【土壌菌糸ネットワーク】が完璧に目覚めた開拓地。
その恩恵を最も強烈に受けていたのは、間違いなく第五号畝の【豪快カボチャ】たちだった。
「うわぁ……! たった一晩で、畝の端から通路まで蔓が飛び出してる!」
ティルが作業着の長靴を泥で汚さないよう歩み寄ると、目の前には信じられない光景が広がっていた。
親指ほどの太さだった主蔓が、大人の手首ほどもある逞しい緑の綱へと急成長し、青々とした大きな葉を傘のように広げながら、地面を縦横無尽に這い進んでいたのだ。
先端からは力強い巻きひげが何本も伸び、まるで何かにつかまろうとするかのように、宙を泳いでいる。
『へっへっへ! どうチュ、旦那! おいらの菌糸網から、大地の滋養を腹いっぱい吸い上げたカボチャ坊主どもの暴れっぷりは!』
畝の脇から、黒檀の【職人ベラ】を肩に担いだチュウ吉が、得意満面に胸を張って現れた。
頭の白い手ぬぐい模様をキリリと引き締め、ピンと張ったヒゲを揺らしている。
「本当にすごい勢いだよ、チュウ吉! ……でも、このままだとちょっと困ったことになるね」
『あん? 困ったことチュか? こんなに元気に育ってるのに、何が不満チュ?』
チュウ吉が小首を傾げると、ティルは地面にしゃがみ込み、這い回る蔓をやさしく指先でなぞった。
「カボチャの蔓をこのまま地面に這わせておくと、これからの真夏の蒸れや泥はねで、せっかくの葉っぱが病気になっちゃうんだ。それに、人の胴体ほどにもなる巨大なカボチャが土の上に直接転がっていたら、地面と接しているお尻の部分に陽が当たらなくて白くなったり、ナメクジや虫に喰われたり、雨で腐りやすくなっちゃうんだよ」
ティルの説明に、後ろから歩み寄ってきたケロ爺が、葦の杖をコトリと鳴らして深く頷いた。
『ケロ、ケロリ。……ティル様の申す通りじゃケロな。豪快カボチャは実が重いぶん、湿気に極めて弱い。土の上に寝かせたままでは、甘みも半減してしまうケロよ』
「な、なんだとチュ!? おいらの極上土で育ったカボチャが腐るなんて、職人の名折れもいいところチュ!!」
チュウ吉は飛び上がって黒檀のヘラを振り回し、黒いビーズのような瞳をカッと見開いた。
『おい旦那! 何か手立てはねえのかチュ!? 地面がダメなら、どこで実を育てりゃいいチュか!?』
「ふふ、地面がダメなら――【空の上】で育てればいいのさ」
ティルがニヤリと笑って立ち上がると、仲間たちが一斉に目を輝かせた。
「空の上ッスか!? カボチャが空を飛ぶッスか!?」
モグがシャベル爪をパチパチと打ち鳴らし、ピピも翼を羽ばたかせて興味津々に嘴を鳴らす。
「そうさ。頑丈な丸太と竹葦を使って、頭の上に大きなアーチを組むんだ。前世でいう【空中立体栽培】――名付けて、『カボチャの緑の空中トンネル』だよ!」
ティルの提案に、重厚な足音を響かせてガン親方が現れた。
『ガハハ! 宙吊り栽培とは痛快じゃわい! 胴体ほどもある巨漢を何十個も支える棚となれば、並大抵の骨組みではへし折れるぞ……ガメ!』
「ええ、親方。だから、親方の玄武岩で強固な【束石】を据え、柱には裏山の太いトネリコ丸太を使いたいんです」
「ええ、親方。だから、親方の玄武岩で強固な【束石】を据え、柱には裏山の太いトネリコ丸太を使いたいんです」
『心得た! ビクとも動かん極上の礎石を切り出してやるぞい……ガメ!』
ガン親方が腕まくりをし、開拓地総出の大型木工DIYが始まった。
まず、ガン親方が玄武岩の岩壁から、高さ二尺、幅一尺の四角い礎石を八基切り出した。
中心には、丸太の先端がすっぽり噛み合うよう、丁寧なホゾ穴が彫り込まれている。
「モグ、畝の両脇に二間(約三・六メートル)間隔で、礎石を埋め込む穴を掘ってくれ!」
「お任せッス! 『四方水平の基礎掘りシャベル』ッスよ!」
モグが猛烈な勢いで地面を掘り進め、寸分の狂いもない深さの基礎穴を穿っていく。
そこへ、ぷるが滑らかな弾力を活かして重い玄武岩の礎石をスルリと運び込み、水平器を当てて微調整を施した。
続いて、ティルと仲間たちが裏山から切り出してきたトネリコ丸太の加工だ。
皮を剥ぎ、節を削り落とした丸太の先端を、礎石のホゾ穴へとガッチリと差し込んでいく。
ドスン、ドスン……!
立ち並んだ八本の太い主柱。
その頭上に、しなやかで強靭な竹葦の太竿を渡し、アーチ状の梁を架け渡していく。
立ち並んだ八本の太い主柱。
その頭上に、しなやかで強靭な竹葦の太竿を渡し、アーチ状の梁を架け渡していく。
ここで、チュウ吉の職人魂が炸裂した。
『おいおいおい! そこ、縄の縛り方が甘いチュ! この棚は台風並みの突風と、何百キロものカボチャの重みに耐えなきゃならねえチュよ!』
『柱と梁の交差点には、斜めに【筋交い】を入れるチュ! 三角の形を組めば、横揺れの力が綺麗に逃げるチュよ! ほら、そこの鳥の姐ちゃん、ツル草をもう二巻き引き絞るチュ!』
チュウ吉は黒檀の職人ベラを指し棒代わりに振り回し、主柱の天辺までピョンピョンと軽やかに駆け上がった。
『柱と梁の交差点には、斜めに【筋交い(すじかい)】を入れるチュ! 三角の形を組めば、横揺れの力が綺麗に逃げるチュよ! ほら、そこの鳥の姐ちゃん、ツル草をもう二巻き引き絞るチュ!』
「了解ピョ! 『三重締めトラス結び』ピョね!」
ピピが嘴でしなやかツル草を器用にくわえ、チュウ吉の指示通りにギュギュッと締め上げていく。
壁面と天井には、ベルが提供してくれた強靭な麻糸とツル草を格子状に編み込んだ【誘引用メッシュネット】が隙間なく張り巡らされた。
「わたくしの紡いだ麻網は、岩山を駆け巡る大角羊の突進すら受け止めますわ。……ふふ、カボチャの実の重みなど、羽毛のように受け止めてみせます。……メェ」
ベルが誇らしげに銀鈴を鳴らし、サンが日当たりの角度をチェックし、ルナが心地よい風を棚の中に通して気流を確認する。
作業開始から数時間。
太陽が真南の空高く昇る頃――第五号畝の頭上に、長さ十メートル、幅四メートル、高さ二メートル半に及ぶ、見事な【木組みの空中立体棚】が堂々と立ち上がった。
「できた……! なんて頑丈で美しい棚なんだ!」
ティルが見上げると、ガン親方の石材の重厚感と、木の温もりが美しく調和した、まるで神殿の回廊のような威容を誇っていた。
「さあ、ここからが一番繊細な仕事だよ。蔓の【誘引】と【摘心】だ」
「さあ、ここからが一番繊細な仕事だよ。蔓の【誘引】と【摘心】だ」
ティルはチュウ吉と一緒に、地面を這っていた太いカボチャの主蔓を、一本一本丁寧に抱き上げた。
傷つけないよう、ベルの柔らかなフリース麻紐を使って、竹葦の柱やネットへと八の字結びで優しく固定していく。
『旦那、この脇から生えてきた細い蔓(子蔓)は、元から二節目でパチンと落とすチュ!』
チュウ吉が木ヘラを器用に使って、余分な芽を素早く摘み取った。
『すべての蔓に実をつけさせたら、栄養が分散して小粒になっちまうチュ! 無駄な葉っぱを間引いて、選りすぐりの【王様の実】に大地の養分を全集中させるチュよ!』
「さすがチュウ吉、完璧な剪定だね!」
ティルとチュウ吉の息の合った作業によって、主蔓たちは吸い付くようにネットをよじ登り始めた。
巻きひげが竹葦にクルクルと巻きつき、まるで生き物のように棚の天井へと広がっていく。
すると――。
サワサワサワ……ッ。
初夏の爽やかな風が棚を吹き抜けた瞬間、頭上一面に広がった大きなカボチャの葉が、涼やかな木漏れ日を地面に落とし始めた。
足元には、まるで避暑地の木陰のような、ひんやりとした涼しい日陰の道――【カボチャの緑のトンネル】が完成したのだ。
『わあぁ……! すっごく涼しくて気持ちいいぴょん!』
ルナがトンネルの中を嬉しそうに駆け回り、空色の風紋から涼風をふわりと漂わせた。
サンも「わほっ! お昼寝に最高の場所だワン!」と木漏れ日の下にごろりと横たわり、ぷるも「ぷるぷる! 緑の屋根がゆらゆら揺れて綺麗ぷるぅ!」と楽しそうに弾んでいる。
『へっへっへ! どうチュ、旦那! この棚なら、太陽の光を頭の上でたっぷり浴びて光合成できるし、足元は風通し抜群で蒸れ知らずチュ!』
チュウ吉が棚の梁の上からひょっこりと顔を出し、得意満面にヒゲを揺らした。
『花が咲いて実がついたら、このネットから巨大なカボチャが空中にポコポコぶら下がるチュよ! 地面の泥に触れねえから、傷ひとつない真ん丸黄金色の極上品になること間違いなしチュ!!』
「ありがとう、チュウ吉。みんなも本当にお疲れ様!」
ティルが満面の笑顔で労うと、作業をやり遂げた全員の顔に、清々しい達成感が広がった。
だが――。
ぐうぅぅぅぅぅぅ〜〜〜〜〜……キュルルルッ!!
恒例となった盛大なお腹の音が、静かな緑のトンネルに響き渡った。
梁の上で、チュウ吉がピキッと硬直する。
その小さな耳が、またしても真っ赤に染まった。
『あぅ……。ま、またやってきちまったチュ……。夢中で棚を作ってたら、胃袋がペッタンコチュよ……』
前足でお腹を押さえてへたり込むチュウ吉に、広場中から温かな笑い声が弾けた。
「あはは! しっかり働いた後のご飯は最高だからね! 今日はとっておきの昼食を用意してあるよ!」
ティルはみんなを連れて、工房前の広場の石板テーブルへと案内した。
テーブルの上に用意されていたのは、まず水路の清流でキリリと冷やした【朝採りクレソンと野イチゴ】。
そして、乾燥工房の清涼ミントを水出しした、汗をすっきりと引かせる【翡翠色のミント冷茶】だ。
さらに、竈の炭火の上では、ガン親方の浅型石鍋で、こんがりときつね色に焼かれた大きな【焼き雑穀おにぎり】が香ばしい煙を立てていた。
表面には、昨日搾ったばかりの一番搾り菜種油と、乾燥ハーブを練り込んだ【特製ハーブ味噌】がたっぷりと塗られ、焦げた味噌の甘辛い匂いが胃袋を激しく刺激する。
「さあ、焼きたてだよ! 召し上がれ!」
ティルが木皿に取り分けて差し出すと、チュウ吉は目を皿のように見開き、両前足でおにぎりを鷲掴みにした。
『いっただっきまーすチュ!!』
ガブリッ、サクッ……もぐもぐ……!
『…………っっ!!』
香ばしい焼き味噌とお米のおこげが口の中で弾けた瞬間、チュウ吉のヒゲがピンと跳ね上がった。
『う、うめえええええええチュッッ!! お米の外側がカリッカリで、中はふっくらアツアツチュ!! このハーブ味噌のコクと菜種油の香ばしさが合わさって、噛めば噛むほど旨味が溢れ出してくるチュよ!!』
『冷たいミントのお茶を飲むと……くぅ〜〜っ! 口の中がスーッと爽やかになって、何個でもおにぎりが吸い込まれていくチュ!!』
チュウ吉は頬袋をはちきれんばかりに膨らませながら、自分と同じくらいの大きさのおにぎりを、あっという間に二個も平らげてしまった。
「モグもこの焼きおにぎり、大好物ッスよ! 味噌の焦げ目が最高ッス!」
「冷たい野イチゴの甘酸っぱさも、身体に染み渡るピョね!」
仲間たちが笑顔で食卓を囲み、冷茶で喉を潤す。
チュウ吉はお腹をポンポンと叩きながら、完成したばかりのカボチャの緑のトンネルをしみじみと見上げた。
『……おいら、今まで一人で山を渡り歩いて、誰とも力を合わせることなんてなかったチュ。……みんなで汗を流して立派な棚を作って、その下でこんなに美味いメシを食う……。こんな幸せが、この世にあったんだチュね』
しみじみと呟くチュウ吉の頭を、ティルは指先で優しく撫でた。
「みんなで作ったからこそ、特別な場所になるんだよ。これからもよろしくね、チュウ吉」
『……おうチュ! 任せておくチュ、旦那! おいらがこの棚を、世界で一番カボチャが実る黄金の回廊にしてみせるチュ!!』
『……おうチュ!任せておくチュ、旦那! おいらがこの棚を、世界で一番カボチャが実る黄金の回廊にしてみせるチュ!!』
初夏の爽やかな青空の下、新しく生まれた緑のトンネルが、心地よい風に揺れていた。
頼もしい仲間たちと育む命の絆。
ティルたちの農園は、実りと喜みに満ちた夏本番へ向けて、確かな一歩を力強く踏み出していた。
【後書き】
読者の皆様、第44話を最後まで読んでいただき本当にありがとうございます!
コンポスト・マウスの第4幕【共同作業・カボチャの空中立体棚作り編】をお届けいたしました!
地を幾重にも這うだけでは病気や蒸れの原因になってしまう豪快カボチャのため、ガン親方の玄武岩礎石、トネリコ丸太、竹葦のアーチ、ベルの強靭な麻網、ピピの結束、モグの穴掘り、ぷるの運搬、ルナの風、サンの陽光、そしてチュウ吉の現場監督による超頑丈な「カボチャの緑の空中トンネル」が完成いたしました!
現場監督としてテキパキと指示を飛ばしつつ、作業後にお腹を盛大に鳴らして「特製ハーブ味噌の焼き雑穀おにぎり」を頬張り、みんなとの絆に涙ぐむチュウ吉の職人魂を感じていただけましたら幸いです!
次回・第45話は【晩餐・絆〜チュウ吉編完結】!
ついに第五号畝の空中立体棚に、黄金色の巨大な花が咲き誇る!?
チュウ吉が正式に開拓地の大切な家族となったことを祝う、盛大な初夏の大宴会が開幕いたします!
もし「カボチャの緑のトンネルが素敵!」「ハーブ味噌の焼きおにぎりが美味しそう!」と感じていただけましたら、
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次回もどうぞよろしくお願いいたします!




