第34話:天候ハウスと、命を繋ぐ育苗床
初夏の爽やかな青空の下、開拓地の広場には威勢のいい槌音が心地よく響き渡っていた。
トントン……! ガチリ、ピタリッ……!
「ガン親方、こっちの基礎石、ぴったり水平に収まったッスよ!」
作業着の袖をまくったモグが、額の汗を手ぬぐいで拭いながら、誇らしげにシャベル爪を鳴らした。
掘り下げられた深さ三十センチの基礎溝には、ガン親方が切り出したばかりの直方体の玄武岩が、寸分の狂いもなく整然と敷き詰められている。
『うむ! 見事な掘り筋じゃ、モグ! 石の角が土に吸い付くように馴染んでおるぞい……ガメ!』
玄武岩の岩壁の前で、ガン親方が太い前足の爪を琥珀色に光らせながら、次々と規格通りの敷石を軽やかに切り出していた。
切り落とされた重い石ブロックの下には、ぷるが細長く伸びて潜り込み、摩擦ゼロの天然ローラーとなって基礎溝へとスルスルと運搬していく。
「ぷるぷるコロコロ! ぷるの運搬特急ぷるぅ!」
仲間たちの見事な連携作業を、中央の石板テーブルの上から見守っていたティルは、満足そうに頷いた。
今日から始まった大工事。
それは、ケロ爺の卓越した天候術を常時活かし、季節を問わず作物の苗を健やかに育てるための【全天候型温室・天候ハウス】の建設だった。
「ティル様、この北側の壁を玄武岩で高く積むのは、風除けのためだけではないのじゃな……ケロ?」
ティルの肩の上で、蓮の葉の笠をちょこんと揺らしながら、ケロ爺が興味深そうに図面を覗き込んだ。
「そうだよ、ケロ爺さん。これは前世のサステナブル建築で使われていた【パッシブソーラー蓄熱壁】の仕組みなんだ」
ティルは木炭の鉛筆で、羊皮紙に描いた断面図を指差した。
「北側からの冷たい吹き降ろしを遮るのと同時に、日中にサンが放つ太陽の光と熱を、密度の高い玄武岩にたっぷりと吸い込ませて蓄えておくんだ。そうすれば、気温が下がる夜間になっても、壁からじんわりと遠赤外線の熱が放出されて、温室の中が冷え込まないんだよ」
『ほう……! 太陽の熱を石に吸わせ、夜に吐き出させるとな……!』
ケロ爺は感服したように黄金色の瞳を輝かせ、葦の杖をトントンと打ち鳴らした。
『石と太陽の呼吸を合わせるというわけか。相変わらず見事な着眼点じゃケロな! それならワシの湿気調整も、夜間に温度を保ちやすくなって百倍やりやすいわい!』
「みんなの力が合わさるからこそできる設計だよ。さあ、次は骨組みを組むぞ!」
ティルが声を張り上げると、ピピが上空から舞い降りてきた。
その足爪には、水路沿いの群生地から刈り取ってきたばかりの、太くて真っ直ぐな【竹葦】の束がしっかりと握られている。
「主さん、乾燥させた極上の竹葦を二十本運んできたピョ! 節が詰まってて、折れ曲がらない上物ピョね!」
「ありがとう、ピピ! これなら軽くて頑丈な屋根組みができるよ」
ティルは作業台の上で竹葦の両端を斜めに切り揃え、しなやかなツル草でしっかりと交差させて、緩やかな傾斜を持つ屋根のトラス骨組みを作り上げていった。
南側からの陽光を最大限に取り込むため、屋根の南面は大きく開放できる構造にし、そこへベルが運んできてくれた特製の【遮光通気マット】を張り巡らせる。
「カラン、コロン……」
澄んだ銀鈴の音とともに、ベルが背中のカゴに何反もの編みマットを積んで優雅に歩み寄ってきた。
「竹葦の繊維と、わたくしの洗い毛を丁寧に織り交ぜた特製のカーテンですわ。……これなら強すぎる直射日光をふんわりと和らげ、心地よい木漏れ日だけを中に通しますの。……メェ」
「素晴らしい出来栄えだよ、ベル。これなら苗が葉焼けを起こす心配も全くないね」
ティルが受け取って屋根の垂木に結びつけると、温室の内部には、まるで森の木陰にいるかのような柔らかい黄金色の光が満ちあふれた。
さらに、温室の床面には、ティルのもう一つの工夫が施されていた。
「ピピ、水路の分水門から、この温室の床下に細い水路を一本通してほしいんだ」
「了解ピョ! 水深五寸のミニ清流ベッドを掘り抜くピョね!」
ピピが嘴から鋭い水流を放ち、玄武岩の基礎に沿って滑らかな溝を穿っていく。
清涼な湧き水がサラサラと床下を巡ることで、温室内の空気には常に新鮮な水分が補給され、過度な乾燥を防ぐ天然の加湿器となるのだ。
その清流の上に、ガン親方が切り出した平らな石板を渡し、高さ五十センチの【高床式育苗ベッド】を二列に配置した。
地面からの冷気や害虫の這い上がりを遮断し、作業する者が腰を痛めずに作業できる、人間工学に基づいた立体菜園ベッドだ。
「よし、育苗ベッドの土作りだ!」
ティルは木桶を抱え、ベッドの中に特製の土を三層に分けて敷き詰めていった。
最下層には、通気性と水はけを確保するための粗い小砂利と粉末木炭。
中間層には、ぷるがじっくりと熟成させてくれた、団粒構造の完熟腐葉土。
そして最上層には、昨夜の大雨で雷の窒素をたっぷりと吸い込んだ、第一号畝の肥沃な黒土だ。
「ぷるぅ……! ぷるの栄養、ベッドいっぱいに広げるぷる!」
ぷるがベッドの上を滑るように転がり、土の表面をふかふかに耕していく。
手で握ると心地よい弾力で固まり、指先で触れるとサラサラとほどける、小さな種が安心して根を伸ばせる極上の揺り籠だった。
作業が正午を回る頃――。
石造り工房の南側に、幅三間、奥行き二間の堂々たる【全天候型温室・天候ハウス】が完成した。
北側にそびえる頑丈な玄武岩の蓄熱壁。
竹葦としなやかツル草で組まれた、気品ある曲線の屋根。
床下を涼やかにせせらぐ清流と、ふかふかの黒土を湛えた高床式ベッド。
「……できた! 天候ハウスの完成だ!」
ティルが歓声を上げると、仲間たちから一斉に歓声と拍手が沸き起こった。
「「「わぁぁぁーーッ!!」」」
その時、サンがトコトコと温室の中央へ歩み入り、蓄熱壁の足元にぺたりと伏せをした。
そして、胸の太陽の核から、ぽかぽかとした黄金色の光をふわりと解き放ったのだ。
「わほっ! 石の壁さん、あったかくなーれワン!」
サンの放つ温かな熱線が玄武岩の壁に吸い込まれ、黒い石肌が春の陽だまりのような心地よい温もりを帯びていく。
すると、育苗ベッドの縁に腰掛けたケロ爺が、満足そうにくちばしをニチャリと緩めた。
『ケロリ! 舞台は完璧に整ったケロな! ……いざ、見せてやるわい! 【調気仙術・春霞の檻】!』
ケロ爺が葦の杖を天に掲げると、背中の七色の結晶斑点がパァッと淡い蒼光を放った。
次の瞬間――。
床下の清流から立ち上った微細な水煙が、サンの熱気と混ざり合い、温室の内部を満たす柔らかな春の霞へと変化した。
外気は初夏の乾燥した風が吹いているにもかかわらず、温室の中に足を踏み入れると、そこは気温二十四度、湿度六十五パーセントという、植物が最も歓喜する理想郷の空気が満ちていたのだ。
「……すごい……! 肌に触れる空気が、驚くほど柔らかくて温かいよ……!」
ティルは思わず深呼吸をし、胸いっぱいに満ちる温かな土と若葉の香りに目を細めた。
「ふふ、これならどんなに繊細な新芽でも、安心して育つことができますわね。……メェ」
ベルも満足そうに首の銀鈴を鳴らす。
「よし、完成祝いに……第二号畝から収穫したばかりの、採れたてカラカラ豆を食べよう!」
ティルの提案に、モグとピピが飛び跳ねた。
「待ってましたッス! 朝食べたあの生豆、茹でたらどうなっちゃうのか気になってたッスよ!」
「お湯は工房の竈でグラグラ沸いてるピョね!」
一同は広場の石板テーブルへと戻った。
ティルは朝一番に収穫しておいたカラカラ豆の青い莢を、清流で手早く洗い、沸騰した大鍋の湯の中へと豪快に投入した。
ジュワァァッ……!
湯の中に落とされた瞬間、鮮やかなエメラルド色がさらに一段と深みを増し、青原の爽快な甘い香りが湯気とともに立ち上る。
下茹で時間はきっかり三分。
ザルに引き上げて冷水でサッと締め、表面に北の岩山の粗挽き岩塩をパラリとまぶして、木皿の上に山盛りに盛り付けた。
「さあ、茹でたての【カラカラ豆の岩塩つまみ】だよ! 熱いうちにどうぞ!」
「「「いただきますッス(ピョ/ぷる/ですの/ワン/ガメ/ケロ)!!」」」
モグが真っ先に莢を手に取り、両端を指先でキュッとつまんだ。
プチッ、ツルンッ……!
小気味よい音とともに、口の中へと飛び込んできた翡翠の豆粒。
モグモグ、ジュワッ……!
「…………ッッ!!」
モグの全身がピンと跳ね起きた。
「う、うめえええええッス!! なんだこれ、茹でたら甘みが十倍くらい濃くなってるッスよ!」
モグが叫んだ。
「皮がパリッとしてて、中は栗みたいにホクホクで……噛むたびに濃厚な豆のジュースが溢れ出てくるッス! 岩塩のキリッとした塩気が、甘みを引き立てて止まらないッスよ!」
ティルも一莢割って口に運んだ。
枝豆のような香ばしさと、ソラマメのようなコク。
朝露をたっぷり吸い込んだ豆の実は、荒野の作物とは思えないほど上品で濃厚な滋味に満ちていた。
「ピピ、熱いから気をつけてね」
「はふはふ……プチッ! ん〜〜っ、お口の中で豆がとろけるピョ! 何莢でも食べられちゃうピョね!」
ピピも嘴を器用に使って豆を弾き出し、うっとりと目を細める。
ぷるは木皿の横で、莢からこぼれ落ちた豆の薄皮を包み込み、「ぷるぷる甘くて美味しいぷるぅ!」と幸せそうに弾んでいた。
サンもティルの足元で、皮を剥いてもらった熱々の豆粒をハフハフと頬張り、「ワン! お豆のお団子みたいだワン!」と尻尾を千切れんばかりに振っている。
ベルも二粒ほど上品につまみ、優雅に咀嚼した。
「素朴な豆と侮っておりましたが……この甘みと歯ごたえは、王都の宮廷料理の前菜にも引けを取りませんわね。……ふふ、岩塩のミネラルが実に見事な仕事をしていますわ。……メェ」
ガン親方は特大の木鉢に山盛りの枝豆を抱え、豪快に音を立てて莢ごと口に運んでいた。
バリッ、モグモグ……!
『ガハハ! 歯ごたえがたまらんわい! 泥臭さなど微塵もなく、初夏の恵みが五臓六腑に染み渡る! これなら樽酒が何杯あっても足りんぞい……ガメ!』
石板テーブルの端で小さな豆粒を前足で抱えていたケロ爺は、小さなくちばしでちびちびと齧りながら、感極まったように目を細めていた。
『ズズッ……もぐもぐ。……美味いケロな。何百年も湿地で虫ばかりすすっておったが、仲間と囲む出来立ての豆がこれほど美味いとは……生きていてよかったケロよ』
ケロ爺の小さな呟きに、ティルは優しく微笑みかけた。
「ケロ爺さんが大雨を恵みに変えてくれたから、こんなに甘い豆が育ったんだよ。本当にありがとう」
『フ、フン! 礼には及ばんケロ! ……ワシはただ、美味い豆が食いたかっただけじゃケロよ』
ケロ爺は照れ隠しに蓮の笠を引っ張り、そっぽを向いた。
その姿に、テーブルを囲む全員からどっと温かい笑い声が沸き起こった。
昼下がり、お腹いっぱい豆を平らげた仲間たちは、完成したばかりの天候ハウスの中へと戻ってきた。
柔らかな春霞に包まれた育苗ベッドの前に立ち、ティルは腰の革袋から、大切に保管していた幾つかの小さな木箱を取り出した。
「さあ、みんな。この天候ハウスの最初の住人たちを植え付けよう」
木箱の蓋を開けると、中には様々な作物の種や、裏山で見つけてきた野生作物の挿し木が整然と並んでいた。
寒さに弱い甘味作物の苗。
初秋の収穫を目指す、滋養たっぷりのカボチャの種。
そして、病気や冷えに効く貴重な薬草の新芽たち。
「ケロ爺さんの天候ハウスがあれば、この荒野でも、どんな命だって元気に育てられる。……みんなで、大切に育てていこう」
「「「おーっ!!」」」
仲間たちの元気な返事が、温かい春霞の満ちる天候ハウスの中へと、どこまでも心地よく響き渡っていった。
【後書き】
第34話を最後までお読みいただき、本当にありがとうございます!
ウェザー・フロッグのケロ爺編、第4幕【共同作業編】をお届けいたしました!
ケロ爺の天候術を常時活かすため、ガン親方の玄武岩蓄熱壁、ピピの床下清流、ベルの遮光通気カーテン、サンの陽光、そしてティルのパッシブソーラー建築知識を結集した「全天候型温室(天候ハウス)」が見事に完成しました!
仲間たち全員の能力がパズルのピースのように噛み合い、荒野の中に理想の温室空間が誕生するプロセスをお楽しみいただけましたら幸いです!
そして、前話で急成長したカラカラ豆の「採れたて塩茹で」を囲む至福のランチタイム!
ホクホクと甘い豆を頬張りながら、「生きていてよかった」と目を細めるケロ爺の笑顔にほっこりしていただけましたら幸いです!
次回、第35話――「緑の宝石と、仙人蛙の歓迎大晩餐会(仮)」。
天候ハウスの完成と、ケロ爺の正式加入を祝う大晩餐会が開幕!
カラカラ豆づくしの絶品フルコースと、温かな家族の宴をどうぞお楽しみに!
もし「天候ハウスの木組みがワクワクした!」「塩茹で豆が美味しそう!」と思っていただけましたら、
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次回もどうぞよろしくお願いいたします!




