第24話:初夏の初収穫と、五匹のチームワーク
初夏の乾いた風が吹き抜ける開拓地に、清々しい鳥のさえずりが響き渡っていた。
太陽が高く昇り、空はどこまでも吸い込まれそうな青に染まっている。
大木と岩壁に守られた畑には、モグの掘削、ピピの灌漑、ぷるの団粒土、ベルの除草と堆肥、そしてサンの太陽光オーラという五つの力が完全に溶け合い、豊かな命の息吹が満ち満ちていた。
「みんな、集まってくれ!」
ティルが作業着の袖をまくり上げ、石板テーブルの前で呼びかけた。
足元に真っ先に駆け寄ってきたのは、黄金色の仔犬――サンだ。
尻尾を風車のようにブンブンと振り回し、「わほっ!」と元気いっぱいに吠えてティルの長靴に前足をかけた。
その後ろから、モグがシャベル爪を鳴らし、ピピが肩へ舞い降り、ぷるがぽよんと跳ね、ベルがカランと首の鈴を鳴らしながら優雅に歩み寄ってくる。
「ご主人様! 今日も畑の見張り、ばっちりパトロールしたワン!」
サンがキラキラした琥珀色の瞳を見上げて報告する。
「ありがとう、サン。……さあ、みんな。今日は記念すべき日だ。この農園で初めての、本格的な『収穫』を行おう!」
「し、収穫ッスか!?」
モグがつぶらな瞳を輝かせた。
「ついにこの日が来たピョね!」
ピピも翼をパタパタと羽ばたかせる。
「ぷるぅ! まあるいお野菜、とるぷる!?」
「ええ、あの第一号畝の立派な大根たちですわね。……メェ」
ティルが頷き、第一号畝へと手を向けた。
そこには、ティルが荒野に追放されて最初に耕し、種を蒔いた【ゴツゴツ土大根】がずらりと並んでいた。
サンの放った太陽光オーラと、ぷるの団粒土、そしてベルの有機肥料をたっぷりと吸い上げた大根たちは、最高の収穫期を迎えていた。
濃い緑色の葉は噴水のように力強く空へと広がり、黒土の表面からは、白く太い大根の首元が、大人のふくらはぎほどもある太さで力強く突き出している。
「土の中でしっかり育っているよ。途中で折らないように、みんなで力を合わせて抜いていこう!」
「合点承知ッス!」
「任せるワン!」
ティルの合図とともに、五匹の魔物たちによる収穫フォーメーションが幕を開けた。
まず最初に動いたのは、掘削のスペシャリスト・モグだった。
「大根の周りの土を優しくほぐすッス! 『シャベル・収穫アシスト』ッス!」
モグは大根の白い首元の周りに慎重に前足を差し入れ、爪先でトントンと土を緩めていく。
根を傷つけないよう絶妙な加減で側面の土を掻き出すと、カチカチだった黒土がふわりと空気を含んで柔らかくなった。
土の中には、ぷるが作ったきめ細やかな団粒構造と、ベルの堆肥が育んだ豊かな微生物の気配が満ちており、土壌そのものが生きているように弾力を持っていた。
「よし、土が緩んだよ! サン、一緒に引くぞ!」
「わかったワン! ぼく、ご主人様を引っ張るワン!」
ティルは大根の太い葉の根元を両手でしっかりと握りしめた。
サンはティルの作業着の裾を小さな口でしっかりとくわえ、四つ足を踏ん張って後ろへと体重をかける。
「せーの……うんとこしょ、どっこいしょ!」
「うんとこワン! どっこいワン!」
モグが下から押し上げ、ティルとサンが上へと力を込める。
その瞬間――。
ズポォォンッ!!
心地よい破裂音とともに、黒土の奥深くから、驚くほど太く真っ白な大根が勢いよく引っこ抜かれた。
「わぁっ! 抜けたワン!!」
サンが勢い余って尻もちをつき、嬉しそうに吠えた。
ティルが抱え上げた大根は、ずっしりとした重みがあった。
表面にはゴツゴツとした力強い畝りがあり、先端までみずみずしい水分をたっぷりと蓄えている。
土から抜けたばかりの大根からは、大地の清らかな香りと、ツンとした心地よい野性の匂いが立ち上っていた。
根の先端に絡みつく黒土はフカフカと温かく、大地の恵みを余すところなく吸い上げてきた証拠だった。
「うわぁ……! 太いッス! 腕よりもずっと太いッスよ!」
モグが目を丸くして歓声を上げる。
「次はこのわたくしの番ですわね」
ベルがカランと鈴を鳴らし、しなやかツル草で編まれた特製の運搬用カゴを背負って進み出た。
カゴの内側には、ベルの柔らかい羊毛が敷かれており、収穫した野菜が傷つかないよう配慮されている。
ティルが大根をカゴにそっと乗せると、ベルは「ふん、この程度の重さ、淑女の足腰なら朝飯前ですわ。……メェ」と澄ました顔で、水路の洗い場へと優雅に運んでいく。
水路では、ピピとぷるが待ち構えていた。
「洗い場担当、スタンバイ完了ピョ!」
「ぷるぷるお洗濯するぷる!」
ベルが運んできた泥つきの大根を、ティルが水路の清流へと浸す。
すると、ピピがくちばしで水流を器用に操り、サラサラと清らかな渦を作って大根の周りの土を流していった。
さらに、ぷるが柔らかいゼリーの身体をスポンジのように使い、大根の表面を優しく撫で洗いする。
ゴツゴツとした肌に傷をつけることなく、細かい泥や砂だけが綺麗に洗い流されていく。
洗い上がった大根は、初夏の太陽の光を浴びて、まるで上質な白磁のように眩しく輝いていた。
冷涼な湧き水の水滴がキラキラと表面を転がり、見ているだけで喉が鳴るほどの瑞々しさだ。
「ピッカピカになったぷるぅ!」
ぷるが誇らしげに身体を弾ませる。
「この調子で、残りの大根も全部収穫するぞ!」
ティルが声をかけると、仲間たちの士気は最高潮に達した。
モグが土をほぐし、ティルとサンが引き抜き、ベルが運び、ピピとぷるが洗い清める。
息の合った見事な連携プレーによって、第一号畝に並んでいた十数本の立派な土大根が、瞬く間にすべて収穫されていった。
大根の収穫が終わると、作業は他の畝のメンテナンスへと移った。
第二号畝では、サンの光を浴びてぐんぐんとツルを伸ばす【カラカラ豆】の根元に、モグがふかふかの土を寄せて根を守る「土寄せ」を行った。
さらに、花芽がたくさんついてきたツルをティルが優しく整枝し、風通しを良くしてやる。
第三号畝では、伸びすぎた緑肥のクローバーをベルが適度に刈り取り、畑の敷き草として畝の肩へと敷き詰めていった。
地面の乾燥を防ぎ、初夏の強い照り返しから土を守る天然のマルチングだ。
そして第四号畝では、昨日芽吹いたばかりの【蜜入り野イチゴ】の双葉の周りを、サンが誇らしげにパトロールした。
歩くたびにサンの身体から柔らかな金色の光がこぼれ落ち、小さな芽たちに優しい温もりを注ぎ込んでいく。
正午を回る頃、すべての農作業が無事に完了した。
石板テーブルの上には、洗い立ての真っ白な土大根が、ピカピカと誇らしげに積み上げられていた。
瑞々しい大根の葉が青々と茂り、初夏の爽やかな風に揺れている。
「ふぅ……! みんな、本当にお疲れ様!」
ティルは額の汗を拭い、腰に手を当てて仲間たちを見回した。
前世の社畜時代、終わりの見えない残業の果てに得られるものは、疲労と画面上の無機質な数字だけだった。
だが今、こうして仲間たちと泥にまみれ、自分の手で育て上げた豊かな命を収穫する喜びは、胸の奥を温かい充実感で満たしてくれる。
「旦那、最高の大収穫ッスね!」
モグが泥のついた前足を拭いながら笑う。
「五匹のフォーメーション、完璧だったピョ!」
ピピも満足そうに胸を張った。
「わたくしのフリースを敷いたカゴのおかげで、一本も傷をつけずに運べましたわ」
ベルも澄ました顔で首元の鈴を鳴らした。
「ぷるも、お大根つるつるにしたぷる!」
ぷるが嬉しそうに跳ねる。
探して、サンがティルの足元に擦り寄ってきた。
「ご主人様……! ぼく、引っ張るのお手伝いできたワン? お役に立てたワン……?」
琥珀色の瞳を潤ませ、不安そうに上目遣いで見つめてくる。
「もちろんさ、サン! 君が力いっぱい引っ張ってくれたから、あんなに太い大根が綺麗に抜けたんだよ。最高の相棒だ!」
ティルがサンの頭をわしゃわしゃと撫でてやると、サンは「わほーーん!」と嬉しそうに鳴き、尻尾を千切れんばかりに振ってティルの手に顔を押し当てた。
「よし……! それじゃあ、採れたての大根を、みんなで味見してみようか!」
ティルは一番太くて立派な大根を一本手に取ると、道具袋から小刀を取り出し、石板の上でトントンと薄く輪切りにした。
サクッ……!
刃が入った瞬間、みずみずしい果汁がパッと飛び散り、大根のすがすがしい香りが広がった。
断面からは、大地の水分がジュワリとあふれ出している。
ティルは薄切りにした大根を、仲間たちに一枚ずつ配った。
「さあ、食べてみてくれ」
ティル自身も、採れたての大根を一口かじってみた。
――サクッ、シャキシャキッ!
口の中に放り込んだ瞬間、冷涼な湧き水のようなジューシーな果汁が、一気に口いっぱいに弾け飛んだ。
最初はピリッとした大根特有の爽やかな辛味が広がり、そのすぐ後から、驚くほど濃厚な大地の甘みがじんわりと舌の上を包み込んでいく。
繊維が驚くほど細かく、筋っぽさは微塵もない。
「……っ! う、美味い……!」
ティルは思わず声を漏らした。
前世でスーパーで買っていたどんな大根よりも、生命力に満ち溢れ、甘くてみずみずしい。
「うわぁぁぁ! 甘いッス! 噛むとジュースみたいに果汁があふれるッスよ!」
モグが目を輝かせて二枚目をねだった。
「みずみずしくて、喉の渇きが一瞬で消え去るピョ……!」
ピピも器用についばんで目を細める。
「辛味のあとに広がるこの芳醇な甘み……荒野の野草とは思えない、一流の味わいですわ。……メェ」
ベルも上品に咀嚼しながら、満足そうに目を細めた。
ぷるは大根の皮と、剥いた根元の部分をもらって、「あまくてミネラルいっぱいぷるぅ!」と体内で溶かして喜んでいる。
そして、サンはおずおずと小さく切った大根の欠片を口に含んだ。
小さな前歯でシャクッと噛む。
「……っ! シャキシャキしてて、あまくておいしいワン! ご主人様、これ、すっごく美味しいワン!!」
サンの全身から、嬉しさのあまり金色の光がぽわんと立ち上り、足元で尻尾がパタパタと小気味よいリズムを刻んだ。
仲間たちの笑顔を見つめながら、ティルは胸がいっぱいになった。
追放された当初、この荒野には硬い土と乾いた風しかなかった。
それが今、五匹の愛しい仲間たちと力を合わせ、こんなにも立派で甘い作物を収穫できるまでになったのだ。
「さあ、みんな! 今日は大収穫の初日だ!」
ティルは満面の笑顔で宣言した。
「今夜は、この採れたての土大根と、荒野の恵みをたっぷり使って――サンの正式な大歓迎晩餐会を開こう!」
「「「わぁぁぁい! ごちそうッス(ピョ/ぷる/ですの/ワン)!!」」」
仲間たちの歓声が、初夏の青空高くへと吸い込まれていく。
涼やかな鈴の音と、楽しげな足音。
五匹の仲間と切り拓くスローライフは、確かな実りの喜びとともに、温かな夜へと向かって歩みを進めていた。




