↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
追放された無能テイマー、実は【大地の主】でした  作者: はぶさん


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
22/55

第22話:君の名前はサン、太陽のぬくもり

初夏の柔らかな朝の光が、大木と岩壁に囲まれた開拓地を眩しく照らし出していた。


東の玄武岩の谷底から戻ったティルたちは、野営地の木陰へと辿り着いた。

ティルの腕の中では、極限の寒さと恐怖から解放された黄金色の子犬が、微かに「くぅ……すぴぃ……」と穏やかな寝息を立てている。

痩せこけた小さな身体はまだ驚くほど軽かったが、ティルの胸の温もりを吸い込んで、冷え切っていた手足には確かな血の気が戻り始めていた。


「旦那、寝床はこっちッス!」

モグが小走りで駆け寄り、寝床のオンドル(天然の床下暖房)の上に敷かれた羊毛マットをポンポンと叩いた。


「わたくしのクッションも貸して差し上げますわ」

ベルが前足で、自分のドーナツ型クッションをそっと押し出してきた。

「過酷な環境で痛めつけられた毛並みには、上質なフリースの保温性が不可欠ですもの。……勘違いしないでくださる? 淑女の慈悲ですわよ。……メェ」


「ありがとう、ベル。助かるよ」

ティルは微笑みながら、ベルのふわふわのクッションの窪みへと、子犬をそっと寝かせた。


子犬は柔らかな羊毛の感触に包まれると、無意識のうちに手足をぎゅっと丸め、心地よさそうに鼻を鳴らした。

ピピが清らかな湧き水で濡らした手ぬぐいをくわえて飛び、ティルがそれを受け取って、泥まみれだった子犬の耳や肉球を優しく拭ってやる。

ぷるもそばに寄り添い、体温を逃がさないようにぽよんと寄り添った。


「さて……。あの子が目を覚ましたときのために、お腹に優しいごはんを作ろう」

ティルは立ち上がり、石板テーブルの上の調理道具へと向かった。


何日もまともな食事を取れず、飢えと暴力に晒されてきた子犬の胃腸は、ひどく弱り切っているはずだ。

固いパンや油っこい肉を急に与えれば、消化不良を起こして激しい腹痛に苦しむことになる。


(前世で実家の弱った子犬を看病した時のように、じっくり煮込んだ滋養おかゆを作ろう)


ティルは金属鍋に水路の澄んだ湧き水をたっぷりと注ぎ、細かくすり鉢で挽いた炒りキビと野生の穀物の粉を投入した。

焚き火の穏やかな熾火にかけ、木べらで底が焦げ付かないよう、ゆっくりと円を描きながら時間をかけて煮込んでいく。


さらに、第一号畝から収穫した新鮮な【ゴツゴツ土大根】を取り出した。

大根の首に近い、最も水分が多く甘みが強い部分を選び、小刀の背で丁寧にすりおろしてきめ細やかなペースト状にする。

大根に含まれる天然の消化酵素は、弱った胃壁を優しく守り、穀物の栄養の吸収を助けてくれるのだ。


それをコトコトと煮立つ鍋の中に溶かし込むと、大根の素朴な甘みが、香ばしい穀物のスープ全体へと優しく溶け込んでいった。

仕上げに、昨夜の晩餐で残しておいた野菜スープの上澄みをひとさじ加え、極少量の岩塩でまろやかに味を調える。


コトコト、コトコト……。


三十分ほどじっくりと煮込むと、鍋の中身はポタージュのように滑らかで、温かな黄金色のおかゆへと仕上がった。

湯気とともに、香ばしい穀物の香りと、大地の甘い匂いが、初夏の風に乗ってふわりと漂う。


「うわぁ……! すごく優しい匂いッス!」

モグが鼻をひくひくさせて目を細めた。


「これなら、弱った胃腸にもすんなり染み渡るピョね!」

ピピも太鼓判を押す。


その香ばしい匂いに誘われるように――。

クッションの上で丸くなっていた子犬の小さな黒い鼻が、ピクピクと激しく蠢いた。


「……ぅ……ん……?」


子犬が重そうに瞼を持ち上げた。

琥珀色に澄んだ大きな瞳が、ぼんやりと光を取り戻していく。


だが次の瞬間、子犬は自分がどこにいるのか分からず、パニックを起こしたように飛び起きようとした。

「ひっ……!? こ、ここはどこワン……!? ぼく、寝坊しちゃったワン!? 怒られる……殴られるワン……!?」


「大丈夫だよ、落ち着いて」

ティルが穏やかな声で呼びかけ、そっと子犬の頭に手のひらを添えた。

「誰も君を怒ったりしないよ。ここは安全な開拓地だ。君はもう、殴られることなんてないんだよ」


「あ……」

子犬はティルの優しい笑顔を見上げ、それから自分の足元を見回した。

冷たい泥と影の裂け目ではない。

日だまりのように暖かく、ふかふかの純白の羊毛ベッドの上。

周りには、心配そうに見つめるモグやピピ、ぷる、そしてベルがいる。


「ご主人様……。夢じゃなかったワン……?」

子犬の目に、ぽろぽろと涙が溢れ出した。


「ああ、夢じゃないよ。……お腹が空いただろう? 君のために、温かいごはんを作ったんだ」

ティルは木製の小鉢に注いだ、適温まで冷ました黄金色のおかゆを差し出した。

そして、木の匙ですくって、子犬の口元へと運ぶ。


「お腹に優しい穀物と大根のおかゆだよ。ゆっくり食べてごらん」


子犬はおずおずと舌を伸ばし、匙の上のおかゆをペロリと舐めた。

――とろり。


「……っ!?」

子犬の琥珀色の瞳が、カッと見開かれた。


「あ、あまい……! とろとろしてて……身体の中に、ぽかぽか温かいお日さまが入ってくるみたいだワン……!」


子犬は夢中で匙に食らいつき、やがて待ちきれなくなったように小鉢に顔を突っ込んで、ハフハフと音を立てておかゆを平らげ始めた。

お腹が痛くなることもなく、すうっと五臓六腑に染み渡る大地の恵み。

最後の一滴まで綺麗にお皿を舐め尽くすと、子犬は「ぷはぁっ!」と息を吐き、満足そうにお腹をポヨンと膨らませた。


そして、ちぎれんばかりに短い尻尾をパタパタと振り、ティルの膝へと前足をかけた。


「おいしかったワン……! こんな美味しいの、生まれて初めて食べたワン! ご主人様、ありがとうワン!」


「ふふ、綺麗に食べてくれて嬉しいよ」

ティルは温かい手ぬぐいで口元を拭いてやりながら、愛おしそうに子犬の背中を撫でた。


朝の陽光を浴びた子犬の毛並みは、泥が落ちたことで、本来の美しい輝きを取り戻していた。

まるで、初夏の青空に昇る太陽そのもののように、温かく、眩く、黄金色にきらめいている。

撫でる手のひらに伝わってくるのは、天気のいい日に天日干ししたばかりの布団のような、香ばしく愛おしい温もりだった。

その光を見つめながら、ティルは穏やかに口を開いた。


「ねえ。君に、素敵な名前を贈りたいんだ」


「な、なまえ……ワン?」

子犬が耳をピクンと立てて首を傾げた。


「ああ。君のその黄金色の毛並みは、どんな暗闇も優しく照らす、太陽そのものだ。冷たく凍えていた俺たちの心まで、ぽかぽかと温めてくれる」

ティルは真っ直ぐに子犬の瞳を見つめた。

「君の名前は『サン』。太陽のサンだ。……どうかな、気に入ってくれるかい?」


「サ……ン……」

子犬はその響きを、宝物のように何度も繰り返した。


「サン……! ぼくの名前、サン……! 役立たずの雑種なんかじゃなくて、お日さまの名前だワン……!」

サンの全身が、歓喜の震えに包まれた。

王都の軍事特区では、名前すら呼んでもらえず、「駄犬」「クズ」と罵られて蹴飛ばされるだけだった。

そんな自分が、大好きなご主人様から、こんなにも美しく尊い名前を授かったのだ。


「ぼく、サンだワン! ご主人様、大すきワン!!」

サンはティルの胸へと飛び込み、顔中をペロペロと熱烈に舐め回した。


その瞬間だった。


――ドクン……!


ティルの胸の奥深く、大地の鼓動と呼応するようにして、これまでにないほど眩い黄金色の光が溢れ出した。

ティルの右の手のひらから放たれた光の粒子が、サンの胸元にある太陽の核へと吸い込まれ、二人の魂を一本の光の絆で強く結びつけていく。


【大地の主の魂の契約】。


サンの心の奥底から、濁りのない純粋な忠誠と、あふれんばかりの愛が、ティルの心へとダイレクトに流れ込んできた。


『ご主人様……! ぼくを拾ってくれて、命を救ってくれてありがとうワン……!』

『ぼくの命ぜんぶを使って、ご主人様とみんなを守るワン! 畑を、おうちを、ぜったいに照らし続けるワン……!』


健気で、どこまでも真っ直ぐな誓い。

かつて無能と蔑まれて追放されたティル自身の魂と、深く強く共鳴し合う。

ティルは目頭を熱くしながら、光の中でサンの小さな身体を力強く抱きしめた。


「ありがとう、サン。君は俺の、最高の相棒だ。これからずっと、一緒に暮らそうね」


光がスッと収まると、サンの姿には驚くべき変化が現れていた。

ガリガリに痩せこけていた身体には確かな筋肉の張りが宿り、黄金色の毛並みはまるでシルクのように艶やかに波打っている。

そして何より、サンの全身から、ほんのりと春の陽だまりのような優しい温熱と光が、常にふわふわと放たれるようになっていたのだ。


「やったッスね、サン! これで正真正銘、俺たちの弟分ッス!」

モグが嬉しそうに駆け寄り、前足でサンの背中をポンポンと叩いた。

「畑の見回りも、土掘りも、俺がぜんぶ教えてやるッスよ!」


「ふふ、礼儀正しいワンちゃんは大歓迎ピョ! 困ったことがあったら、アタシに何でも相談しなさいピョ!」

ピピも誇らしげに翼を広げる。


「サンちゃん、あったかいぷるぅ~! お日さまのにおいするぷる!」

ぷるがサンの足元にすり寄り、ぽよんと跳ねた。


そして、ベルがカランと首の鈴を鳴らし、上品に進み出た。

「ふん……。元気を取り戻したようで何よりですわ」

ベルはツンと顎を反らせながらも、そのサファイアの瞳には優しい光が宿っていた。

「ですが、わたくしは高貴な令嬢羊ですのよ。飛びついて泥をつけたりしたら、容赦なく角で小突いて差し上げますからね! ……メェ」


「わかったワン! ベルお姉ちゃん、ありがとうワン!」

サンが無邪気に尻尾を振って応えると、ベルは「お、お姉ちゃん……!? な、なんて馴れ馴れしい……!」と顔を真っ赤にしてそっぽを向いてしまった。


仲間たちの温かな笑い声が、初夏の青空の下へと響き渡る。


体力を完全に取り戻したサンは、元気いっぱいに開拓地の広場を駆け回った。

尻尾を風車のようにブンブンと振り回し、土を踏みしめる感触を全身で楽しんでいる。

走るサンの足跡からは、ぽかぽかとした金色の光の粉がふわりと立ち上り、乾いた地面に温かな生命の気配を宿していく。


やがてサンは、昨日みんなで広げたばかりの第四号畝(野イチゴの畑)と、第二号畝(カラカラ豆の棚)の前でピタリと立ち止まった。

そして、キラキラと輝く琥珀色の瞳で畑を見つめると――。


「わほっ!」

サンが空に向かって嬉しそうに一声吠えた。


その瞬間、サンの胸元の太陽の核から、まるで小さな朝日のような、柔らかく眩い黄金色の光がパァッと放たれたのだ。

光の波は畑全体を優しく包み込み、土の奥深く、そして青々とした若葉の細胞へとじんわり染み渡っていく。


朝露が光の粒となってキラキラと蒸発し、微小な虹が畝の上に無数に架かる。

その温もりを浴びた瞬間、畑の土と作物たちに、誰もが予想していなかった驚くべき変化が起き始めていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。