第19話:青空の下の共同作業、四つの力で広がる畑
初夏の澄み渡る青空が、地平線の彼方までどこまでも高く広がっていた。
大木と岩壁の窪みに作られた開拓地。
昨日仕立てた【極上羊毛の初夏ベッドマット】のおかげで、ティルたちは夜の蒸し暑さに悩まされることもなく、全身の疲労がすっきりと抜けた清々しい朝を迎えていた。
背中に熱がこもらず、サラサラとした肌触りが朝まで続いたおかげで、目覚めた瞬間の身体の軽さは格別だった。
「ふぁぁぁ……! 身体が羽根みたいに軽いッス! 昨日の暑さの疲れが全部吹き飛んだッスよ!」
モグがベッドから飛び起き、シャベル爪を空に突き上げて元気いっぱいに吠えた。
「本当ピョね。湿気で羽が重くなることもなくて、極上の寝心地だったピョ!」
ピピも瑠璃色の翼を軽やかに羽ばたかせ、ティルの肩へとふわりと舞い降りる。
「ぷるも! ぷるぷるのお肌がひんやりツルツルぷるぅ!」
ティルの膝の上で、琥珀色のぷるが嬉しそうに弾んでいた。
そして、専用のドーナツ型クッションの上では、令嬢羊のベルが優雅に前足を伸ばし、上品なあくびをひとつ漏らしていた。
「ふぁ……メェ。まあ、わたくしの毛で作った寝具ですもの、この程度の快適さは当然のことですわ」
ベルはツンと鼻を鳴らし、サファイアの瞳を細めて胸を張った。
首元の若草色の鉱石が、朝の光を浴びてカランと涼やかな音を立てている。
「おはよう、ベル。本当によく眠れたよ、ありがとう」
ティルが微笑みかけると、ベルは「べ、別に感謝されるようなことでは……」と顔を赤らめてそっぽを向いた。
「さて、みんな! 体力も満タンになったことだし、朝の点検に行こうか!」
「合点承知ッス!」
「任せるピョ!」
「ぷるも行くぷる!」
「仕方がありませんわね、わたくしも同行して差し上げますわ……メェ」
一同は揃って、防風垣の向こうにある畑へと足を踏み入れた。
朝露に濡れた畑を目にした瞬間、ティルは思わず感嘆の声を漏らした。
「……おおっ! 育ってるな……!」
初夏の強い日差しと、ぷるの団粒土、そしてピピの清らかな湧き水を吸い上げた作物たちは、目を見張る勢いで生命力を爆発させていた。
第一号畝の【ゴツゴツ土大根】は、濃い緑色の本葉を何枚も力強く茂らせ、土の表面からは白く太い首元が力強く顔を覗かせ始めている。
第三号畝の【シャキシャキ野草】も、みずみずしい葉を青々と広げ、隙間に蒔いた緑肥のクローバーが、地面を鮮やかな緑の絨毯のように覆い尽くしていた。
そして、第二号畝の【カラカラ豆】は――。
「旦那! 豆の苗が、俺の背丈くらいまで伸びてきてるッス!」
モグが駆け寄り、目を丸くして見上げた。
五粒の種から芽吹いた豆のツルは、太くみずみずしい緑の茎をぐんぐんと伸ばし、細い巻きヒゲを空へと伸ばして、すがるものを求めてゆらゆらと揺れていた。
「ツルが巻きつく場所を探しているピョね。このまま地面に這わせたら、風で擦れて傷むか、葉が重なって病気になっちゃうピョよ!」
ピピが鋭く指摘する。
「その通りだ、ピピ。豆のツルを上へと誘導する『支柱立て』が必要だね」
ティルは頷き、さらに畑の東側――まだ手をつけていない赤褐色の未開拓地へと視線を向けた。
そこには、初夏の雑草がまばらに生え、硬い粘土と石ころが転がる不毛の大地が広がっていた。
だが、今の開拓地には、昨日までとは比べものにならない強力な戦力が揃っている。
「みんな、今日の本番はここからだ」
ティルは作業着の袖をまくり上げ、力強く宣言した。
「第二号畝の豆に頑丈な支柱を立てる。そして――この東側の荒地を切り拓いて、『第四号畝』を作ろう!」
「第四号畝ッスか!?」
モグがつぶらな瞳をカッと輝かせた。
「畑をもっと広げるッスね! 望むところッス!」
「ふむ、水路の延長も必要ピョね。アタシの計算通りに溝を掘らせてみせるピョ!」
ピピもやる気満々で翼を鳴らす。
「ぷるも、あたらしいお土、いっぱい耕すぷるぅ!」
ぷるがぽよんと跳ね上がった。
「あら? 畑を広げるなんて、下民らしい骨の折れる重労働ですわね」
ベルは呆れたように首を振ってみせた。
だが、そのサファイアの瞳は、東側の荒地に生い茂る野草の群生をじっと見つめ、喉を微かに鳴らしていた。
「ふふ、ベルの力も絶対に必要だよ。……さあ、四匹の力を合わせて、一気にやり遂げよう!」
ティルの合図とともに、開拓地最大の共同作業が幕を開けた。
まず先陣を切ったのは、ウィード・シープのベルだった。
「仕方がありませんわね! 景観を乱す下品な雑草の処分は、美を愛するわたくしの天職ですわ!」
ベルはカラン、コロンと涼やかな鈴の音を響かせ、東側の未開拓地へと颯爽と進み出た。
そこには、鋭いトゲを持つアザミや、地面に頑固に根を張るスギナモドキが群生していた。
「いただきますわ!」
ベルは頭を低く下げると、猛烈な勢いで草を食み始めた。
シャキッ! サクサク、シャキシャキシャキ!
昨日見せたあの精密な草刈り技が、さらに冴え渡っていた。
硬いトゲをものともせず、奥歯ですり潰しては飲み込んでいく。
しかも、地表の硬い茎だけを根元からスパッと刈り取り、土を無駄に荒らすことなく、平らな更地へと変えていくのだ。
わずか二十分足らずで、人の背丈ほどあった雑草地帯が、綺麗サッパリと刈り払われてしまった。
「ふぅ……。前菜としては、なかなか悪くない歯ごたえでしたわ。……メェ」
ベルはお腹をポンと鳴らし、満足げに口元を拭った。
「ベル、最高だよ! 次はモグの出番だ!」
「応ッス! 『シャベル・掘削』、新天地開放モードッス!」
モグが両前足のシャベル爪を構え、刈り払われたばかりの地面へと飛び込んだ。
ザシュッ! ズババババッ!
まるで小型の削岩機のように、モグの爪が回転する。
硬く締まった赤褐色の粘土層が豪快に掘り起こされ、地中深くに眠っていた硬い土が、次々と天地返しされていく。
さらにモグは、ティルが小枝で引いた設計線に沿って、本線水路から第四号畝をぐるりと囲む、幅二十センチの新たな給水溝を一気に掘り進めた。
「掘れたッスよ、旦那! 深さ三十センチ、石ころも全部跳ね除けたッス!」
モグが額の汗を拭い、白い歯を見せて笑った。
「ありがとう、モグ! 次は土に命を吹き込む番だ!」
ティルが声をかけると、ぷるが「ぷるるるん!」と勢いよく飛び出してきた。
モグが掘り起こしたゴツゴツの粘土塊へと、ぷるが次々と飛び込んでいく。
カチカチの土の塊を体内に吸い込んでは、シュワシュワと炭酸のような音を立てて分解し、黒褐色のフカフカな団粒土にしてポコポコと吐き出していく。
だが、今回はそれだけでは終わらない。
「ぷる、これと一緒に混ぜてくれ!」
ティルが運び込んできたのは、昨夜から今朝にかけてベルが排泄してくれた、あの無臭でミネラルたっぷりの【羊糞】と、大木の根元から集めた完熟腐葉土だった。
「ぷるぅ! これ、すっごくあまいごはんぷる!」
ぷるは羊糞と腐葉土を喜んで体内に取り込み、粘土の粒子と完璧に練り合わせていった。
大地の魔素を吸った野草から生まれた有機肥料が、ぷるの酵素によって一瞬で土壌微生物の餌へと姿を変える。
吐き出された土は、触れると指がすっぽり沈むほど柔らかく、春の深い森の奥のような甘い芳香を放っていた。
幅一メートル、長さ六メートルの見事な「第四号畝」が、太陽の光を浴びて黒光りしている。
「す、すっげぇ……! 今までの畝の中で、一番フカフカで温かいッス!」
モグが土に手を入れて感嘆の声を上げた。
「仕上げの灌漑はアタシの出番ピョ!」
ピピが本線水路の木製ゲートへと飛び、くちばしでクイッと引き上げた。
サラサラサラ……!
澄んだ冷涼な湧き水が、モグの掘った新しい水路へと滑らかに流れ込んだ。
曲がり角も溢れることなく、第四号畝の周囲を優しく巡っていく。
さらにピピは上空へと舞い上がり、瑠璃色の翼を大きく羽ばたかせた。
「いくピョ! 初夏の発芽促進『スプリング・ミスト』!」
――シュワァァァァ……!
太陽の光を浴びてキラキラと虹を描く微細な霧が、出来立ての第四号畝全体をふわりと包み込む。
ベルの有機堆肥を含んだ黒土が霧を吸い込み、しっとりと艶やかな潤いを帯びていった。
土作りが完了すると、ティルたちは第二号畝へと向かった。
「よし、豆のツルを登らせる支柱を立てよう」
ティルとモグは、森の入り口で拾い集めておいた太くて丈夫な枯れ枝を、第二号畝の豆の苗の脇に、二本一組で斜めに交差させて地面深くへと突き立てた。
そして、交差した頂点に長い横木を通し、合掌造りのような頑丈な『A型支柱(ティピー型トラス)』を組み上げる。
「ベル、ちょっとツル草を押さえててくれるかい?」
「ええ、このくらい造作もありませんわ」
ベルが前足でツル草の束を器用に押さえ、ティルが小刀で裂いた繊維を使って、支柱の交差部を力強く縛り上げた。
組み上がった木製支柱に、ティルが豆の柔らかな巻きヒゲを優しく巻きつけてやる。
すると、待っていましたとばかりに、カラカラ豆のツルがギュッと木肌を抱きしめ、青空に向かって誇らしげに立ち上がった。
「おおっ! 豆たちがシャンと背筋を伸ばしたッス!」
モグがパチパチと前足を叩いた。
そして最後に、ティルは新しく完成した第四号畝の前に立った。
腰の麻袋から取り出したのは、大切に保管していた革袋の底に残っていた、小さな赤い木の実の種――【蜜入り野イチゴ】の種だった。
「第四号畝には、この野イチゴを植えよう。ベルの有機肥料があれば、きっと甘くて最高の果実が実るはずだ」
ティルが人差し指で土に浅い穴を開け、種を一粒ずつ丁寧に落とし込んでいく。
モグが土を優しく被せ、ぷるがトントンと鎮圧し、ピピが仕上げの水を打つ。
ベルは隣で首の鈴をカランと鳴らしながら、その様子を誇らしげに見守っていた。
「……できたぁぁぁーーっ!!」
ティルが立ち上がり、空に向かって両手を広げた。
正午の太陽が、開拓地全体を眩い光で照らし出していた。
第一号畝には、力強く葉を広げる【ゴツゴツ土大根】。
第二号畝には、美しい木製支柱に抱きついて天を目指す【カラカラ豆】。
第三号畝には、緑肥の絨毯に守られた【シャキシャキ野草】。
そして新設された第四号畝には、ベルの堆肥とぷるの団粒土に抱かれた【蜜入り野イチゴ】。
二倍の広さに拡張された畑の周りを、清らかな水路がサラサラと心地よい音を立てて巡っている。
雑草を刈るベル。
土を掘るモグ。
土を育てるぷる。
水を司るピピ。
そして、すべての命を繋ぐティル。
四つの異なる力が完璧に噛み合い、荒野の一角は、もはや誰も「不毛の地」とは呼べないほどの、緑あふれる楽園へと変貌を遂げていた。
「やったッスね、旦那! 俺たち、最高のチームッス!」
モグが泥だらけの顔で笑い、ティルに飛びついた。
「ふん、アタシの的確な現場指揮があってこその大成功ピョ!」
ピピが得意げに胸を反らす。
「ぷるも、いっぱい土作ったぷる! えらいぷる!?」
ぷるがティルの腕によじ登ってくる。
「ああ、みんな本当にすごいよ。ありがとう!」
ティルは仲間たちを抱きしめ、そして、少し離れた場所で佇んでいたベルの元へと歩み寄った。
ベルの純白の巻き毛の先には、作業で跳ねた土埃が少しだけついていたが、その表情には、これまでにない充実した光が宿っていた。
ティルは手ぬぐいを取り出すと、水路の水で濡らして固く絞り、ベルの額の汗と土を優しく拭ってやった。
「ベル、本当にありがとう。君の除草と堆肥がなかったら、今日中に第四号畝なんて絶対に作れなかったよ」
「……っ」
ベルはサファイアの瞳をパチパチと瞬かせた。
そして、みるみるうちに耳の先まで真っ赤に染め上げると、ぷいっと横を向いた。
「か、勘違いしないでくださる……! わたくしが働いたのは、見苦しい雑草に耐えられなかったからですの! べ、別にあなたたちのために汗を流したわけじゃありませんわ……! ……メェ!」
強がりを口にしながらも、ベルは逃げ出そうとはしなかった。
ティルの温かな手が首筋を撫でると、首元の鈴をカラン、コロンと楽しげに鳴らし、そっとティルの腰にモフモフの頭を預けてきた。
「あはは、分かっているよ」
ティルは優しく微笑み、仲間たちを振り返った。
「さあ、みんな! 今日は大仕事の完成祝いだ! 今夜はベルの正式な歓迎会も兼ねて、とびきりの大晩餐会を開こう!」
「「「わぁぁぁい! ごちそうッス(ピョ/ぷる/ですの)!!」」」
初夏の爽やかな風が、青々と茂る畑と、笑い合う仲間たちの間を優しく吹き抜けていく。
開拓地の絆は、青空の下で流した心地よい汗とともに、どこまでも深く、温かく結ばれていた。




