エピソード8:訓練とは、実に退屈なものである。
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異世界に来て、今日で十二日目。
幸いなことに、あの日以来、事態は落ち着いているようだ。
召喚されてからの出来事をみんなに話したところ、彼らはすぐに僕の状況に深い同情を寄せてくれた。本当に親切な人たちだ。
キルバーは僕の訓練を引き受けてくれたし、ハナとカイトもキルバーに訓練を頼み、彼もそれを快諾した。
ライラさんが温かいご飯を出してくれて、魔法のサウナで汗を流したあの夜。ライラさんはとても優しく髪を切ってくれたし, あの部屋で他の皆ともより仲良くなることができた。
ナナミと僕は、相変わらずまだお互いの目を直視できない。話しかけようとしても言葉が詰まってしまう。まあ、焦らずゆっくり進めればいいか。
……
まあ、そんなことはいい。今、僕はハナやカイトと一緒にキルバーの訓練を受けている。訓練が始まって一週間が経った。
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片手に杖、もう片手に魔導書を構えているが、何度試しても杖の魔法玉まで魔力を流すことすらできない。
この状態は、正直かなり居心地が悪い。
キルバー曰く、自分はこのプロセスを習得するのに二日しかかからなかったらしい。
かなり落ち込むけれど、ここで諦めるわけにはいかない。
「我が心のアニマより出ずる炎よ、この杖へと集いて……一心に乞う!『ファイアボール』!」
手の平のルーンが光を放つ。ついに魔力を流すことに成功した!よし、魔力が杖の魔法玉に届いた……って、くそっ……杖に火がついた!?
「待て、エリオット!」
キルバーが叫ぶと同時に、すでに水魔法の詠唱に入っていた。
「我が心のアニマより出ずる平穏よ、このルーンへと集いて……『ウォーター』!」
「待っ——!」
キルバーが水の量を加減しなかったせいで、僕は全身ずぶ濡れになった。しかも努力の甲斐なく、木製の杖は火に包まれて焼失し、残ったのは転がり落ちた魔法玉だけだった。
「冗談だろ……」
草原から魔法玉を拾い上げるキルバーは、ひどく疲れた様子だった。彼がこちらへ視線を向けた時、僕は思わず謝罪の言葉を口にしていた。
「ごめん、キルバー……」
「気にすんな、大丈夫だ」
キルバーは腕を組み、圧倒的な身長差の上から僕を見下ろした。
「どうやら、お前は魔法の才能があまりないようだな」
「うん……」
認めるのは辛いが、キルバーの言う通りだ。僕が読んでいたラノベの、単純で分かりやすいパワーシステムとは真逆の現実が、この世界には広がっている。
「ねえ、キルバー」
「ん?」
「もっと早く魔法を覚える方法って、他にないのかな?」
キルバーは顎に手を当て、まるで青空に答えが書かれているかのように見上げた後、口を開いた。
「そうだな……『ダンジョン』って聞いたことあるか? あるいは、魔法の上達を助けてくれる古代の道具が眠る構造物とかだな」
「もちろん、ダンジョンなら知ってるよ! そこに行けば何か役に立つものが見つかるの?」
「ああ。だがな、エリオット」
キルバーは僕に視線を戻し、二歩ほどこちらへ歩み寄ってきた。
「そこは、とてつもなく危険だ」
「う……」
キルバーの言葉を聞いた瞬間、僕の顔は曇り、気分は一気にどん底まで落ちた。すると、彼の手が僕の肩にポンと置かれた。
「そう落ち込むなよ」
「え、どうして?」
キルバーは肩から手を離し、視線を逸らしながら言った。
「俺も一緒に行ってやる」
……
……
……
(一緒に行ってくれる……?)
……
……
……
僕は思考の海に沈んだ。キルバーが僕を元の世界へ帰すためだけに、自分の命を懸けてまで付き合ってくれるなんて……本当にそんなことがあり得るんだろうか?
「見てキルバー! 出来たよ! 隠された石、全部持って帰ってきた!」
「ああ、見事だ、ハナ」
僕が考え込んでいた間に、ハナとカイトがキルバーから命じられた任務から戻ってきたようだった。キルバーはハナの頭を、まるでペットでも撫でるかのように可愛がっている。
「やあ、エリオット!」
カイトが手を振って挨拶してきた。正直、目と鼻の先にいるのにそんな風に手を振られるのは、少し鬱陶しい。そんなことをする必要は全くないのだから。けれど僕はその苛立ちを飲み込み、二人に挨拶を返した。
「おかえり、ハナ、カイト。夕飯の前に戻れてよかったね」
「気づいてくれた? 今日の僕たちはいつもよりずっと速かったんだよ!」
カイトの言う通りだ。彼らの任務は非常に過酷で、普段なら夜遅くにしか戻ってこない。キルバーが山の中の指定された広大なエリアに、ルーンの刻まれた石を幾つも隠し、それを二人に探させるという訓練だ。もしすべて見つけられなければ、翌朝には未発見分に加え、新しい石のグループまで探さなければならなくなる。
石に刻まれたルーンの機能は単純で、数メートル以内に近づくと光る仕組みになっている。
……
で、この訓練の目的についてだが。キルバー曰く、ハナとカイトの気をそらすためのものらしい。なぜなら二人は、詠唱もルーンも使わず、ほとんど努力なしで簡単な魔法を使えてしまうからだ。それはキルバー自身でさえ苦労する領域だった。
「ねえエリオット、君の訓練はどうだったの?」
「えっと、それは……はは……」
ハナに答える直前、僕は片手を後頭部に回し、もう片方の手の平を上に向けた。目を閉じていたので、重みを感じるまでキルバーが僕の手の上に魔法玉を乗せたことに気づかなかった。
「あ、なるほどね。また杖が燃えちゃったの?」
僕は手に乗った魔法玉を両手で抱えながら、気まずそうに頷いた。
「うん……まあ……その……」
僕が言い訳を続けようとすると、キルバーが割って入った。
「ハナ、カイト。エリオットに、お前たちがどうやって魔法を覚えたのか教えてやってくれないか?」
僕がキルバーを見ると、彼は僕がずっと見たかった『好奇心に満ちた表情』を浮かべていた。どうやらキルバー自身も、二人がどうやって魔法を習得したのか純粋に知りたいらしい。
ハナは青い目を丸くしてキルバーを見つめ、笑顔で答えた。
「もちろん!」
カイトがハナの肩を叩いた。
「ハナ、僕はネズミの様子を見てくるよ」
そう言い残すと、カイトは僕の視界から外れ、街の方へと戻っていった。
「うん、分かった! 今度は迷子にならないように気をつけてね!」
ハナは遠ざかるカイトに手を振って見送った。
(動作までそっくりだな……)
ハナは僕に視線を戻し、説明を続けた。
「私とカイトが知っていることは全部、師匠の『カエル』のおかげなんだ」
僕は思わずキルバーの顔を見た。『うわあ、あの伝説の魔法の神か!』みたいな反応を彼がするのではないかと密かに期待していたのだ。
「キルバー、その名前に心当たりはないの?」
「全然。なんで俺が知ってると思ったんだ?」
「ううん、何でもない……」
再びハナに目をやると、彼女は両手を空に突き出し、怠惰に背伸びをしていた。
「んー……街に戻りながら師匠の話をした方がいいかな。そこならみんなにも話せるし」
「そうだね、そうしよう」
こうしてハナ、キルバー、僕の三人は街への帰路につき始めた。けれど当然、道中が無言のまま過ぎるはずもなかった。
……
……
……
「ハナ、カイトを見送るとき『また迷子にならないように』って言ってたけど、どうして?」
実に不思議な感覚だ。今ではみんなとごく自然に話せている……まるで昔からの知り合いであるかのように。
実際にはハナとキルバーが話しているだけなのだが、僕は彼らをあっちの世界の友達——父が死んだ途端に連絡を絶った、あの現金な連中——と比べずにはいられなかった。
これからは、この人たちに対して愛着を感じずにはいられないかもしれない。
ゲームで一緒によく遊んでいたヒチクのことも、結局一度も直接会うことはなかった。僕が経験したすべての辛い出来事に、彼が本当に心を寄せてくれていたのかは分からない。
ヒチクは僕がいなくなったことに気づいているだろうか? 多分それはないだろう。本名すら教えていなかったし、自分のプライベートな話を彼にしたこともなかったのだから。
だからこそ今、僕はこの世界の良い側面を見ることができている。
父が亡くなってから、クラスメイトの誰一人として僕に話しかけてこなくなった。僕という存在は、周囲にとって完全に赤の他人だったのだ。
僕は昔から、何かにつけて深く感謝する性格だった。それは僕にできる唯一のことだったからだと思う。父さんや母さんのために何一つしてあげられなかった僕は、二人がしてくれた小さなこと一つ一つに感謝するしかなかった。
だからこそ、僕はこの新しい世界に感謝したいのだと思う。二度も死にかけたけれど、生き延びることができた。そして今……
「……幸せだな」
ボソッと呟きが漏れてしまった。本当に、今僕はとても幸せだ。しかも呟くだけでなく、感情を抑えなければ涙まで零れ落ちそうになっている。
僕なんかが、こんな幸せを享受する資格なんてあるのだろうか? 母さんの苦しみに無関心で、ゲームという逃避に没頭していたような僕が……そんな僕が、本当にこんな幸せを掴んでいいのだろうか?
「エリオット、大丈夫か?」
(嘘だろ……キルバーが本当に僕のことを心配してくれている……?)
信じられない気持ちだったけれど……うん、僕は大丈夫だ。かつてないほど、気分が良い。
「うん、大丈夫! すごく調子がいいよ。さあ、歩こう……みんなで一緒に歩こう」
情けないことに、結局一筋の涙が頬を伝ってしまった。
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本棚に囲まれ、中央に丸テーブルが置かれたこの部屋に全員が集まった今、ハナに師匠の話をしてもらうには格好のタイミングかもしれない。
「ハナ、師匠のことについて話してくれる?」
僕の問いかけに、ハナは笑顔で頷き、語り始めた。
「みんなに話すね……私の師匠、『カエル』について!」
師匠の名前を聞いて、誰か特別な反応を示しただろうか?
答えは『ノー』だ。みんな、まったく同じ無表情を浮かべていた。
「私とカイトが知っている全てのことを教えてくれたのは師匠だし、私たちが今生きているのも、間違いなく師匠のおかげなの」
なるほど。
ところで、カイトはどこへ行ったんだ?
師匠を称えることより、ネズミと遊ぶ方を選んだらしい。
「私の師匠は本当にすごいの! 何だってできちゃうんだから!」
まあ、こうなることは予想していた。
ハナはただひたすら師匠を大絶賛しているだけだ。
「再会したら、私は師匠と結婚するんだから!」
(……ええっ!? ちょっと待って)
話がどんどんおかしな方向へ向かっている。騒ぎ立てるだけでなく、ハナは話しながら怪しげな表情を浮かべ始めていた。
「ねえ! ハナ……そ、そろそろ要点を話してくれないかな!?」
ナイスだ、僕の割り込みのおかげで彼女の暴走が止まった。
部屋にいた他の面々も、心底僕の助け船に感謝しているようだった。
「要点……? え……あ、うん、分かったよ」
ハナはゴホンと咳払いをして、両手をテーブルについた。
「私の師匠はね、『偉大なる弟子』の一人なの!」
ハナは誰かからの歓声を期待しているようだった。
だが、部屋の誰も『偉大なる弟子』という称号を知る者はいなかった。
「……『偉大なる弟子』?」
キルバーが首を傾げた。
ハナはため息をついた。
彼女にとっては、誰もが知っていて当然の称号だったのだろう。
「なんで誰も『偉大なる弟子』を知らないのさ……師匠は伝説だって言ってたのに……」
ハナは心底がっかりした様子だった。
「まあ落ち着いて。とにかく、君とカイトがどうやって師匠と出会ったのか教えてよ」
ハナは頭を振って自分の両頬をパンッと叩くと、口を開いた。
「うん……師匠と出会ったのは、私がまだほんの幼い子供の頃だったけど、今でも鮮明に覚えてるよ」
よし、みんな何か食べるものでも用意しよう。
きっと長くてドラマチックな昔話が始まるはずだ。
「王都の、雨が降る日の夕方だった。私はお腹が空きすぎて、このまま死んじゃうのかなって思ってたの」
幼いハナは、幼少の体に襲いかかる猛烈な空腹感を紛らわそうと、自分の脇腹を強く抱え込んでいた。
「くっ……うぅ……あ……あ……」
幼い孤児の少女は、かすかな日の光しか届かない湿った路地裏の地面に投げ出され、完全に無力だった。
お腹から響く痛々しい消化音とともに、彼女の青い目からポロポロと涙が溢れ落ち、瞳が閉じられていく。
少女は声を押し殺して泣いていた。
同年代の子供たちが雨の中で友達と楽しそうに遊んでいる間、彼女は空腹の苦しみに身をよじらせている。彼女の人生は、まさに最悪そのものだった。
無責任で浅ましい親の顔すら、少女は覚えていない。誰の助けも借りずに今まで生き延びてこられたこと自体、奇跡と言ってよかった。
……
少女は言葉の話し方も、礼儀作法も知らず、人生の道を導いてくれる者も誰もいなかった。
これまで生き惜しんでこられたのは、親切な人々のほんのわずかな慈悲と、自分自身の生存本能だけだったのだ。
「あ……うぅ……」
彼女の小さく繊細なすすり泣きは次第に弱まり、まさに命の灯火が消えかけようとしていた。
「まったく……無責任な奴らは嫌いだ」
背の高い男の長く力強い指が、少女の青い髪を優しく撫でた。
少女は見上げようとしたが、視界はかすんでぼやけていた。
「大丈夫かい、お嬢ちゃん?」
男が何を言っているのか、少女には理解できなかった。
けれど、その温かい手触りと優しい声の響きは、少女にとってひどく心地よいものだった。初めて知る、けれどどこか愛おしい感覚。
「……もう見ていられんな。腹が立ってきた。今日からお前は、俺の娘だ」
誰かの娘になることなんて、少女は望んだことすら weなかった。言葉の意味も分からなかったけれど、もし理解していたなら、少女は大喜びでこの男の娘になることを受け入れただろう。
男が少女の小さな身体を優しく抱き上げると、その温もりに溶けるような歓喜を覚えながら、少女は身を委ねた。
空腹も、孤児であったことも、これまでの人生の出来事も……少女はすべてを忘れた。彼女の本当の人生は、まさにこの瞬間から始まるのだから。
解き明かせぬ幸福感に包まれながら、少女はそっと目を閉じ、深い眠りへと落ちていった。
……
……
……
……
……
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……
……
……
……
……
再び目を覚ました時、少女はベッドの上に横たわり、高級な布地の布団にくるまれていた。
これほど豪華で快適な環境に囲まれたのは、生まれて初めてのことだった。
街の路地裏での生活が染み付いていた少女は、勢いよく布団を引っぺがした。その時、眠りについた時とは違う服を着せられていることに気づいた。
「え……?」
『おぎゃあ! おぎゃあ! おぎゃあ!』
赤ん坊の激しい泣き声が響き渡り、少女は跳び上がった。けれど、この泣き声は一体どこから聞こえてくるのだろう?
少女は青い瞳で豪華な部屋の中を見回し、やがてベッドの正面に置かれたベビーベッドに視線を止めた。
急いでベッドから抜け出し、赤ちゃんのもとへ駆け寄る。
青い目、年齢にふさわしい短い金髪。そして着心地の良さそうな白いパジャマ。
それがベビーベッドの中にいた赤ん坊の姿だった。
少女はその可愛らしさにすっかり魅了され、思わず赤ん坊を抱き上げた。
赤ん坊の瞳と少女の瞳が交差する。二人は互いを慈しむような目で見つめ合い、抱き上げられただけで赤ん坊はピタリと泣き止んだ。
突如、部屋のドアが開き、少女と赤ん坊はそちらへ視線を向けた。開いたドアの隙間から一人の男が覗き込んでおり、赤ん坊はすぐにその男を認識したようだった。
「おや、もう姉弟のご対面は済んだようだな」
あの独特な話し方。
少女には言葉の意味こそ分からなかったが、あの男が話す時の特別な感覚をしっかりと覚えていた。
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「ちょっと待って、ハナ! その赤ん坊って……カイトのこと!?」
ハナは興奮気味に頷き、師匠の話を続けた。
「じゃあ、君の師匠は……君とカイトを引き取って育ててくれたってこと?」
「そうだよ!」
(……なんか、ちょっと危ない物語に聞こえるのは僕だけか? もうこれ以上は聞きたくないな……)
部屋のみんなの思いが通じたのか、アルバードさんが口を挟んでくれた。
「ハナちゃん、言葉を教えてくれたのもその師匠さんなのかい?」
年配者らしい素朴な質問だったけれど、正直、聞いてくれて心底助かった。
「うん! 師匠は私に二つの言語を教えてくれたんだよ!」
「そうかそうか。ご師匠は実に素晴らしいお方なのだねぇ」
アルバードさんとハナの間で、空間が一気にピンク色の和やかな雰囲気に包まれた。ハナは師匠が褒められるのが大大好きで、アルバードさんは人を褒めるのが大好きなのだ。
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