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エピソード7:人間は、生まれつきイライラするものだ。

□■■■◇■■■□




部屋の向こう側にいる少年の指が僕を指さした。その表情から、僕に会えて興奮しているのが見て取れた。




「君が転移者だね!」




黒髪の少年はソファから急いで立ち上がると、僕の方へ走ってきた。その動きはあまりに速く、気がついたときには彼の両手が僕の肩に置かれ、左右に激しく揺さぶられていた。




「アルバードから角(つの)についてたくさん話を聞いたよ!」




揺さぶるのを止めようとしたが、その試みは無駄に終わった。




「ずっと待ってたんだ、ずっと転移者と話してみたいって思ってたんだ!」




少年が揺さぶるのをやめたときには、僕はすでに目の前がチカチカして星が見えていた。




「何をしたのよ? ほら、ひどい有様じゃない!」




アルバードの孫娘の叱責を受け、少年は明らかに配慮に欠けていたことを謝罪することにした。




「ごめん、そんなつもりじゃなかったんだ。ライラから君が転移者だって聞いて、つい興奮しちゃって……」




……




「大丈夫?」




大丈夫なわけがない。周囲のすべてが止まることなくぐるぐると回っている。そして、ようやく落ち着きかけたかと思った瞬間、どうすることもできずに吐いてしまった。




「ちょっと、ネズミ! 何てことしてくれたのよ!」




……




胃の中に残っていた最後のものを吐き出すと、腹の虫がいっそう激しく鳴り響いた。 とにかく、僕は目の前に立っている少年少女を見上げた。




「何か……食べるものをくれないか……?」




僕の言葉を聞くと、アルバード의孫娘は僕の手を取り、もう一人の少女の隣にあるソファへと連れて行ってくれた。




「どれくらい食べてないの? 教えて。」




アルバードの可愛い孫娘は、心から僕のことを心配してくれているようだった。でも、何日もまともな食事をしていない人間を前にすれば、それは普通の反応なのかもしれない。




「そんなに心配しなくていいよ……階段を上る途中で少し食べたから。」




どうやら、その答えでは彼女を完全に納得させることはできなかったようだ。




「何言ってるのよ! お腹がペコペコなはずでしょ。それに、汚れだらけで嘔吐物まみれじゃない!」




不思議なことに、アルバードの孫娘はどこか僕の母親を思い出させた。彼女があまりにも心配するので、僕は少し笑ってしまった。




「何か食べるものを用意してあげるから、その間にお風呂に入ってきなさい。」




アルバードの可愛い孫娘は、扉の役割を果たしているモノリスへと向かった。その表面に手を置くと、彼女は今僕たちがいる場所と繋がっている別の部屋へと戻っていったのだろう。




今の僕はソファでだらけていた。立ち上がってお風呂に入るだけの力は、今の僕には残っていなかった。




「ライラの言う通りにした方がいい。お風呂に行って。」




そう声をかけてきたのは、まさに僕の隣に座っている少女だった。彼女は海を思わせる深い青い瞳を持ち、炭のように黒い髪をしていた。

膝を胸に抱えるようにして座っており、白い防寒着の襟元が高くて、彼女の唇を見ることはできなかった。




「わかった。お風呂はどこ?」




彼女は別のモノリスを指さした。 それはちょうどソファのすぐ隣にあった。 どうやらこの場所では、モノリスは普通の扉と同じくらいありふれたものらしい。




モノリスの冷たく垂直な表面に手のひらを当ててみたが、何も起こらなかった。向こう側へ通り抜けることさえできない。




「何をしてるの? お風呂に入って。」


「どうやるの?」




ソファの上の少女はため息をついた。彼女には僕を助ける気は全くないようだ。



「ネズミ、手伝ってあげて。」


「うん!」


(うわ、素直だな。それにしても、本当に名前が『ネズミ』なのか? 面白いな)




ともかく、ネズミは僕を脇へよけると、やり方を教えようと乗り出してきた。




このモノリスは、砂漠の街からここに入るために使ったものと同じように機能し、通り抜けることができる。 一方で、アルバードの孫娘――いや、「ライラ」が僕たちをここに連れてくるために使ったものは、触れると一瞬で別の場所に転移するタイプだ。




「手を見せて。」




ネズミは僕の手を取り、手のひらを見つめた。




「原因はこれだね。」




ネズミは僕の手を放し、僕の顔を見た。どうやら、何が間違っているのか分かったらしい。




「よし、これが見える?」




ネズミは顔の高さまで両手を上げ、手のひらを見せてくれた。そこには少し奇妙な文様が刻まれていたが、不思議なことに僕にはそれが理解できた。




「モノリスの種類に応じた魔法のルーンを使わないと、通り抜けることはできないんだ。」




(魔法のルーンか、いい響きだ)




もしかしたら、エンリの手のひらにもこのルーンがあったのかもしれない。僕がうっかりしていて気づかなかっただけだろう。




「そのルーンはどうやって手に書くんだ? 何か特別な魔法のインクでもあるのか?」




ネズミは中指を立てて否定した。




「おい!」




僕はムッとしたが、ネズミはこの世界ではそれが否定を表す一般的なジェスチャーなのだと説明してくれた。嘘をついているようには見えない。他にも、挨拶や「大丈夫」を示すために小指を立てるという、少し変わったジェスチャーもあるらしい。

「わかった、ごめんね。」




「いいよ、気にしてない。説明を続けてくれ。」




……




ネズミはルーンの書き方についての説明を再開した。




「存在するすべての呪文に対応したルーンがあるんだ。それだけじゃない。君は一度も魔法を使ったことがないから、使える支援物資(サポートツール)をすべて使う必要があるね。」




「支援物資? 魔法って、ただやみくもに呪文を放つだけじゃないのか?」




ネズミは再び中指を立てて否定したが、すぐに自分を正した。




「まあ……君が使いたい呪文がどれほど複雑で強力かによるよ。今回のモノリスを通り抜けるくらいなら、かなり簡単だ。手のひらにルーンを刻むだけでいい。」




……




「なるほど。残りの支援物資っていうのは何なんだ?」




……




「魔導書(グリモワール)、詠唱、杖、短杖(ワンド)、そしてルーンだよ。」




魔法を使って怪我をしないために必要なすべてのことについて、ネズミが詳しい説明を始めようとしたその時、ソファの上の少女が割り込んできた。




「ネズミ、声を落として。」




「あ、ごめん!」




……




(彼女は一体何者なんだ? そして、なぜネズミはすぐに従うんだ?)




■■■




簡単にまとめると、それぞれの支援物資(サポートツール)は以下のように機能する。




• 魔導書(グリモワール): 魔力をまだ完璧にコントロールできない人にとって、魔力を封じ込める伝導管(ダクト)のような役割を果たす。




• 詠唱: 伝導管を通して魔力を押し出す「圧力」の役割を果たす。詠唱は魔導書を通じて学ぶことができるが、詠唱なしで使えるようになるには、かなり慣れる必要がある。



ルーン: すべての魔法が放出される「扉」の役割を果たす。皮膚に直接魔法のインクで書いたり、炭やマーカーなど、書けるものなら何でも使える。寒い場所なら、手のひらに息を吹きかけて、その湿気でルーンを描くだけでも、そこから一時的に魔法を放つことができる。




• 杖(スタッフ): 基本的に、安全装置、あるいは増幅器(ブースター)としての役割を果たす。




• 短杖(ワンド): 杖と同じ役割だが、持ち運びが格段に簡単で、呪文を発動する速度が格段に上がる。ただし、杖に比べると安全性はやや劣る。




一回でほぼ完璧に理解できるように、もういくつかの簡単な説明をしておこう。

この世界には、**「魔法核」**と呼ばれる実在する器官がある。この器官は最初、空気中からマナを取り込んで、まだ正体の分からない「容器」に蓄える役割を持っている。




この器官に頻繁に過度な負担をかけ、さらに優れた遺伝子を持っていれば、器官自体が独自にマナを生成し始めることもあるが、それは極めて稀なケースに限られる。




エリオットのような普通の人間は、すべてのサポートツールを使っても、「ファイアボール(火炎球)」を唱えるだけで怪我をする可能性がある。

もしエリオットが詠唱、杖、魔導書、ルーンを駆使して「ファイアボール」を使おうとした場合、完全に未経験で才能がないため、重度の火傷を負う恐れがある。




その次に、もう少し上のレベルが存在するが、彼らをまだ「魔法使い」と呼ぶことはできない。

顕著な疲労や過度の負担を感じることなく魔法を使えるようになって初めて、人は「魔法使い」とみなされる。このレベルになると、「ファイアボール」のような呪文は詠唱なしで、ルーンを使用するだけで放つことができる。しかし、キルヴァーが街の防護結界を解除したときのような、より複雑な魔法を使う場合は、やはり詠唱が必要になる。




その点で言えば、キルヴァーは紛れもない「本物の魔法使い」と呼べるだろう。




ネズミがエリオットに語ったところによると、現在、何のプロセスも踏まずに呪文を放てる魔法使いは一人も存在せず、それは本当に不可能なこととされている。




魔力、精神力、体力の消耗は壊滅的であり、普通の魔法使いがそれを試みれば、成すすべなく命を落とす可能性が高い。




■■■




エリオットがこの世界の魔法システムについて話に花を咲かせ始めたちょうどその時、ライラが料理の乗った皿を手に戻ってきた。




「ありがとう。」


「なんでまだお風呂に入ってないの?」




僕はうなじを手でさすりながら、彼女に微笑みかけた。




「入るよ。ただ、どうやったらお風呂に入れるのか理解させてほしいんだ。」




ライラは軽く笑うと、もう一人の少女の隣のソファに腰掛けた。




今の僕は、文字通り毛布にくるまっていた。この部屋は妙に寒かったのだ。




……




ライラのご飯を一口口に運び、ネズミの方を見た。

「説明を続けてもらえる?」




ネズミは一瞬、目をそらしたように見えたが、また僕の方を向いた。




「うううん、ごめん。もうお風呂に入る時間だよ。」


「わかった。」




僕たちは二人ともモノリスの横に座っていた。僕は食べかけの皿をネズミに手渡した。

ネズミがモノリスに手を置くと、僕が中に入れるようになった。向こう側へ通り抜ける直前、ネズミが僕に話しかけた。




「出たいときは、ただモノリスに触れるだけでいいからね。」


「うん。」


モノリスの向こう側へと進むと、そこにはあらゆる洗浄作業を助けてくれる魔法の道具でいっぱいのサウナが広がっていた。




■■■□◆□■■■

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