エピソード3—無力感
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それは、そんな日の午後だった。背景に雨の音が響く中、のんびりと座り、酒を片手に職場の同僚たちと他愛のない話をしていた、そんな午後。
同僚たちは私を敬っていた。ただ私という存在であるだけで、敬い、慕ってくれていた。そして私も、私自身のことが好きだった。いつもそうだった。つい最近までは、そんなことに疑いを持つなんて一度もなかった。
それなのに、なぜ……? なぜ、物事は狂っていってしまうのだろうか? まさか……私たちの誰かが何か悪いことでもしたのだろうか? 私の人生は完璧だった。
貴族の娘として生まれ、贅沢に囲まれ、最高になるためのすべてを与えられて育った。目標を達成することに迷いはなかったし、自分の能力を疑ったこともなかった。
……
私と同僚たちの会話は、突然遮られた。勢いよく開け放たれた扉の衝撃によって。そこには、息を切らし、ずぶ濡れになったエンリが立っていた。外の豪雨にひどく苦しめられたのは一目瞭然だった。そして、彼は言った。
「ナナミ隊長、泥棒を見つけました! 盗まれたマントを持っています!」
……
「盗まれたマント?」
……
エンリは嘘つきだ。だが、他の隊員たちとは違い、根は善意に満ちた嘘つきだった。迷子の子どもを助けるためなら平気で嘘をつくような、常に良い大義名分のために嘘をつく男だ。おそらく、今回もそんな嘘の一つなのだろう。
……
「泥棒だと? そのクズのところへ案内しろ」
コウタは席から立ち上がりながら言い、すぐにエンリの後を追って走り出した。
他の隊員たちは、盗難や「クズ」が絡むと途端に行動を起こす。私はエンリの善意の嘘に慣れていたため、話を合わせることにした。
「待って、エンリ。そのマントが盗まれたものだって確証はあるの?」
私がそう言うと、エンリは振り返って私にウインクをした。何かを企んでいるようだった。
「隊長、僕を誰だと思っているんですか? そんなことで嘘はつきませんよ」
……
私は返事をせず、ただエンリにその嘘を続けさせた。きっと良い知らせを持って戻ってくるだろう。
「それで……その泥棒を捕まえに行く奴は誰だ?」
「俺だ!」
エンリの言葉に、全員が一斉に叫んだ。間もなく、私は一人残された。嫌な予感がしたが、彼を信じることにした。すべてはコントロール下にあると信じることにしたのだ。
……
「よし、俺も行くか。東の警戒に当たるよ。じゃあね、隊長」
「え、ええ……気をつけてね」
私は思考に没頭するあまり、まだ一人の隊員が残っていたことすら気づいていなかった。彼が去っていくとき、その顔を見ることさえしなかった。
すぐに扉が再び開き、そして彼の後ろで閉まった。
……
「私はどうすべきなの?」
答えを期待して問いかけたわけではなかった。いや、もしかしたら期待していたのかもしれない。自分でも定かではなかった。
「この奇妙な感覚は一体何なのだろう?」
……
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「ナナミ隊長……」
……
「エンリ……」
私にこの感情を抱かせた男の前にひざまずき、私は尋ねたかった。これが何なのか、この感覚は何なのかを。やがて、彼が目を閉じ、二度とそれを開けなくなったとき、私は理解した。
無力感。
そんなものには馴染みがなかったが、この瞬間から、それは私の人生の一部となるのだろう。
「休んで、エンリ……」
私はエンリの首にかかっていた緑色の真珠を手に取った。彼のことを忘れたくなかったのかもしれない。いや、おそらく彼自身のことではなく、彼が私に抱かせたこの無力感を忘れたくなかったのだ。
これまで、どんなに激しい任務であっても、私の部下が命を落としたことは一度もなかった。誰も死なさなかった。しかし、今回の状況は私の限界を完全に超えていた。
左を振り向くと、そこには怯え、圧倒され、すべてが終わってほしいというような表情をした少年がいた。
「ねえ、君……名前は何ていうの?」
私は尋ねた。彼の瞳は激しく震えていたが、私の声を聞くと、少し落ち着いたようだった。そして、言葉を詰まらせながら言った。
「僕は……カイトです……」
……
慰めと共感を示すように彼の肩に手を置き、私は言った。
「そう、カイト。ここから出ましょう。私が君をこの場所から連れ出してあげる」
私がそう言って立ち上がり、彼を助けようと手を差し伸べると、彼は答えた。
「いや、まだダメだ……あ、姉のハナ、お願いです、姉も一緒に探してください」
……
断ることはできなかった。私はただ微笑みを浮かべて頷いた。
「わかったわ。お姉さんも必ずこの場所から救い出しましょう」
……
私は兄との関係が良くない。私たちはあまりにも違っていて、それが原因で激しい口論を繰り返し、最終的には疎遠になった。きっと、私と兄がこの子どもたちと同じ状況に陥ったとしても、お互いを心配することなどないだろう。
...
■■■
...
「ハナ!」
「カイト!」
……
二人が涙と嗚咽の中で抱き合う姿を見て、私は涙をこらえるのがやっとだった。そして、兄との関係を修復したいという思いが頭をよぎった。
「ハナ、カイト、行きましょう。王都はもう安全じゃないわ」
「はい、ありがとうございます……弟を連れてきてくれて、本当にありがとうございました……」
純粋な感謝、赤らんだ頬、そして腫れ上がった目を認め、私は微笑んだ。まるで、本当に救われたのは自分自身であるかのように微笑んだ。
……
■■■
.....
「神よ……」
これ以上ないほど最悪な状態の人間を想像してほしい。血の海、それも彼自身の血の中に倒れている、痩せ細り、衰弱した一人の若者を。他の者なら「放っておけ、もう手遅れだ」と思うだろう。しかし、私はすでにそんな考えを捨てていた。彼はまだ息をしていた。呼吸をしている限り、たとえそれが苦しげであっても、彼を救う方法はまだ存在する。
意識不明の彼の体を馬車の一台に乗せた後、私たちは瓦礫の下、炎の中、そして土の下から、王都の惨劇による負傷者を捜し続けた。ついに全員を見つけ出すと、私たちは王都からの脱出を続けた。
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「隊長、一体何が起きたと思いますか?」
ミミルの突然の問いに驚き、私は再び前方を向いて答えた。
「わからないわ。私もあなたと同じ疑問を抱いている。これはあまりにも……」
……
「あまりにも滑稽ですよね?」
……
「滑稽? とんでもない、これは凄惨なことよ。なぜそれが滑稽なの?」
……
「まあ……カラスたちは、僕に物事を違った風に見せるんです。すみません」
……
「そう……じゃあ、あなたはこれが嬉しいの?」
……
「確かに悪いことだとは分かっています。でも、結局のところ、カラスたちが僕に彼らの喜びを伝えてくるんです」
……
「いいのよ、謝らないで」
理解はできた。結局、あの二人の姉弟のときも同じだったのだから。彼らは私に喜びを伝えてくれた。王国の状況を考えれば、喜んでいる場合では決してなかったとしても。
「分かるわ、ミミル」
■■■
夜間の移動は最善の選択肢ではなかったため、私たちは再びキャンプを張ることにした。精霊や怪物、あるいは山賊がいつ襲ってくるかもしれないという、現在進行形で絶え間ない脅威にさらされながら。
暗闇とあらゆる怪物の脅威の下、私は焚き火の傍らで短い演説をし、キャラバン全員の士気を高めようと試みた。
まもなく「偉大なる旅人たちの雪の都」に到着します。どうか希望を捨てないでください。王都をめぐる事態も、すべて解決すると私は信じています。
……
「ナナミ、元気づけたい気持ちは分かるけど……ここには、大切な人を失った人たちもいるんだ」
ミミルが言った。
今の彼は、より共感に満ちた話し方をしていた。私たちが交わした会話が効果を発揮したようで、そのおかげで、ミミルは私のそんな無神経な行動を正してくれたのだ。
「そうね、ありがとう、ミミル」
私は彼を見つめて言った。
……
「よし……遅くまで起きていないように。明日は早朝から移動を始めるわ」
私はそう付け加え、地面から立ち上がると、焚き火の暖かさとグループから離れた。
皆から離れた場所に、あの若者がいた。王都で自らの血の海に溺れ、死にしかけていた若者だ。
彼は喪に服しているようで、虚ろな目をしていた。私は彼の真ん前で立ち止まり、声をかけた。
「こんにちは。そっちは大丈夫? 隣に座ってもいいかしら?」
少年は、まるでトランス状態から引き戻されたかのように目を見開いて私を見つめ、答えた。
「ええ……どうぞ」
それから彼は無理に微笑んだ。私は微笑みを返し、彼の隣に腰掛けた。
「デリケートな話題には触れないようにしよう……」
その時、少年が私たちの魔導馬の一頭をじっと見つめていることに気づいた。彼の琥珀色の瞳は、かすかな好奇心で輝いていた。
……
「気に入った?」
……
「え?」
突然の質問に戸惑ったようだった。彼はその大きな琥珀色の目で私を見つめ、私はもう一度尋ねた。
「魔導馬。気に入ったの?」
彼は動物を見て、それから私を見た。その瞳はますます好奇心の輝きを帯びていった。
「魔導馬?」
「見たことがなかったの?」
「ええ、一度も」
少年の瞳、その琥珀色の瞳が強く輝いた。彼の無垢な興味に押され、夜空の星々と焚き火の温かい雰囲気の中で、私はその好奇心を満たしてあげずにはいられなかった。
「そう、それならたくさん質問があるでしょうね……一つ残らず答えてあげるわ」
……
「あの……そもそも、どうやって存在するんですか?」
(おっと、なかなかの質問ね)
「そうね……彼らがどのようにして生まれたのか、そのすべての歴史を知りたい?」
ええ、と彼は何度も頷き、明らかに興味を示した。私は魔導馬を見るたびに、何千年も前の本で読んだこの長い歴史が頭の中に浮かぶのだ。だから、語ることはそれほど難しくなかった。何と言っても、私は動物が好きなのだから。
……
「何千年も前、正確には五千年前、ある魔法使いがいたの。今ではその正体について何も知られていないけれど……彼の発見の一つが魔導馬だった……正確には彼らそのものではなく、種の交配という概念ね。魔族、エルフ、天使などの種を、一般的な種の従順さと組み合わせたの……」
……
「待ってください」
「……?」
「あなたの名前を教えてくれませんか?」
私は驚いて何度も瞬きをした。どうやら、この少年を悲しみから連れ出すことに成功し、今は私自身に興味を持ってくれたようだった。
……
「私の名前はナナミ。ナナミ・コシナ。『気高き魂』の王都、その北部騎士団の隊長を誇りを持って務めているわ」
……
「お会いできて光栄です、ナナミ・コシナ隊長」
彼は私に手を差し伸べ、私たちは力強い握手を交わした。
「それで、君の名前は?」
「僕はエリオット。エリオット・ウォードです」
……
エリオットと私は、眠りにつかなければならなくなるまで話し続けた。彼は好奇心旺盛な少年だが、同時に深く傷ついているようでもあった。まるであの頃の自分を見ているようだった。
……
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「何が……?」
すべてが制御不能になった。魔導馬も、周囲の環境も、感情も、そして私の魂を蝕んでいたあの無力感さえも。
「待って、ミミル、やめて……」
彼の両手が私の首を絞めていた、そう思う。どうしてこんなことが現実なのだろう? 彼は私を絞め殺し、窒息させ、殺そうとしていた。
「ハハハ! 隊長、どうしたんですか? カラスの餌になりたくないんですか!?」
……
「う……ぐ……ミ……ミ(ル)……」
「腐敗」
私の首を包むミミルの手のひらのルーンが、私の肌へと魔力を流し込み始めた。
不快な臭いが鼻腔を満たした。「腐敗」の詠唱はミミルの魔法特有のものだ。その名の通り、私の首は急速な腐敗状態へと陥りつつあった。
喉が死の味で満たされ、私は少しずつ諦めかけていた。私は本当に彼を傷つけたくなかった。しかし、完全に意識を失いかけたその時、松明の炎の向こう側に何かが目に入った。あの姉弟の命がけの殺し合いだった。
私は視線をミミルに戻した。
「ご……ごめんなさい……ミミル……」
私は己の意志に反して剣を抜き、腰からの素早い一太刀で、武器の鋭い刃がミミルを真一文字に貫いた。彼の内臓が私の上にこぼれ落ち、彼は苦悶しながらそれを元に戻そうとしていた。
そんなことはしたくなかったが、私は瀕死のミミルを脇へ突き飛ばした。立ち止まることなく地面の松明を拾い、ハナとカイトの方へと走った。
カイトの拳は炎に包まれ、地面に倒れているハナの氷の防御を打ち叩いていた。
……
「だめ、カイト、やめなさい……」
……
この森の何かが私たちの精神を狂わせていた。そして、現に狂わせていた。これが何よりの明白な証拠だった。
カイトの拳の炎がハナの防御を溶かし始めていた。私は剣を抜いたまま、彼らに駆け寄った。
私の剣の柄が、カイトの開いた顎へと的確に動いた。非常に繊細ながらも圧力を込めて叩きつけると、カイトはその衝撃で意識を失い倒れた。
「彼を抱えて、ここを出るわよ」
「待ってください」
ハナはカイトを胸に抱きかかえ、困惑の表情で私を見た。ひどく怯えているようだった。
「全員をここに置いていく気ですか!?」
……
私は無力感に拳を握りしめ、ミミルの方を振り返った。彼はまだ動いており、雪の上で苦痛と悶絶に身をよじり続けていた。
「分かって、行かなければならないの……私たちは……誰も救えない……」
なぜ、数ある人々の中で、私がこんな目に遭わなければならないのか?
そんなことはもうどうでもいい、救える者だけを救わなければ。バカげている……本当に救いたい人たちを、私は救うことができない。
今や私は、自分のこれまでの人生すべてを疑い始めていた。この凄惨な状況を前にして、私の富や努力は一体何の役に立つというのか? 私はこれまでの人生、偽りの中で生きてきたようだ。私は誰も救えない。
……
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……
「何……?」
ナナミ・コシナは、この暗く冷たい森の中で唯一の光と熱の源である松明を掲げながら呟いた。
彼女は何かを見て振り返った。つまずいたのだ。しかし石ではなく、それは……
(嘘……嘘……嘘……)
……
ナナミ・コシナは雪の上にひざまずき、ハナとカイトが見守る中、必死になって何かを掘り返し始めた。それはただの錯乱に見えた。以前にも、歩いている最中にいくつかの幻覚を見ていたからだ。
どうやら、この森は現実と見紛うほどの幻覚で人を狂わせる力があるようだった。だからこそ、姉弟はそれを見てももう驚かなかった。ハナが声をかけた。
「ナナミ、急いで。大丈夫?」
……
やがて、それを正しく処理する間もなく、姉弟はこの場所で実際に何が起きているのかを悟った。その時、彼らはその寒さを直接目にし、感じた。あまりにも冷たい……温度だけの問題ではなく、その場所、その現実そのものが本当に凍てついていた。
「エリオット……」
彼らは、若者の体を覆っていた分厚い雪の層から急いで引きずり出した。その不気味な状態を認め、カイトが言った。
「諦めよう、死んでる。行かなきゃ」
おそらく本当に死んでいた。生まれつき青白かった彼の肌は、今や純白と化し、痩せ細った四肢は硬直して、一度強く動かせば折れてしまいそうだった。しかし、ナナミにとってそんなことは関係なかった。
「彼を置いていくなんてできない」
「何言ってるんだよ、ナナミ? 彼は死んでるんだ」
「置いていかないわ、ハナ」
ナナミは、エリオットが王都で死んだように見えながらも、その後馬車の中で奇跡的に目を覚ました時のことをまだ覚えていた。だからこそ、彼女はそうしたかった。あの奇跡的な出来事をもう一度信じたかったのだ。
……
ナナミの瞳が強い決意で輝いた。たとえ大金を積まれたとしても、彼女がエリオットをそこに放り出していくはずがなかった。その時初めて、ハナとカイトは目にしたのだ。彼女の美しい緑色の瞳にある、その決意の輝きを。
……
腕の産毛が痛々しいほどに逆立った。今や彼らは、理不尽で鋭い恐怖を感じていた。もう、物事を熟考している時間などなかった。
「彼を担いで、今すぐ行くわよ!」とハナが叫んだ。
三人は急いでエリオットの体を抱え、足が許す限りの速さで走り出した。
それから数時間走り続け、彼らはついにあの呪われた森を抜け出すことに成功した。
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「……休みたい……」
カイトがうわ言のように呟いた。
そして、激しい疲労を行動ににじませながら、芝生の上にひざから崩れ落ちた。
「ええ、休みましょう」
意識不明のエリオットをまだ背負っていたナナミが言った。彼女はゆっくりと彼を下ろし、地面に横たえると、自身も腰を下ろして一息ついた。
やがてハナ、カイト、ナナミ、そして意識のないエリオットの四人は、草原の緑の芝生の上に横たわり、他に何も気にすることなく、急ぎ足で空気を吸い込みながら休息をとっていた。
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