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蒼月の庭  作者: 夜叶ひかり
4/6

Episode 4 : 白い月

冒険者ギルドは異様な空気に包まれていた。ざわめきに怒鳴り声、不安げな視線。依頼掲示板には、新しい紙が何枚も重ねられている。


「また夜禍だってよ」

「西の街道でも出たらしい」

「最近多すぎる……」


疲れ切った声ばかりだった。誰もが夜を恐れ始めている。ヴェインは掲示板を見上げながら小さく眉を寄せた。胸の奥がざわつく。ただ人々が怯えているからじゃない。夜が近づいている…そんな不安がずっと消えない。


隣でゼファーが依頼書を一枚剥がした。

「これだな」


ヴェインが視線を向ける。


---


北部 レイヴ村 調査依頼


・夜間の異常行動報告

・村人数名が深夜に徘徊

・歌声を聞いたとの証言有り

・夜禍発生の可能性


---


また…歌。その文字を見た瞬間、胸の奥が脈打つのを感じた。最近どこへ行っても聞こえてくる歌への不安。


ゼファーがヴェインを見る。その青黒い瞳は鋭く、小さな変化も見逃さない。

「行けるか」

「……うん」

少しだけ返事が遅れた。


ゼファーは何も言わず、依頼書を丸める。けれどその視線だけは、ずっとヴェインを見ていた。


町を出る頃には、空が薄く曇り始めていた。

冷たい風が街道を吹き抜ける中、二人は並んで北へ向かう。しばらく無言が続いた後、ゼファーが低く口を開いた。


「……その歌」

ヴェインの肩が僅かに揺れる。

「いつから聞こえてるか分かるか」


冷たい風が通り抜ける。


ヴェインは少し俯きながら答えた。

「……覚えてない」

掠れた声だった。

「気づいた時にはもう聞こえてた」


ゼファーは黙ったまま前を向く。

ヴェインは続けた。

「月が綺麗な夜とか、一人の時とか…、なんの前触れもなく聞こえてくる」


静かな声。けれどそこには、自分でも理解できないものへの恐れが滲んでいた。


ゼファーが低く問う。

「今も聞こえるのか」

ヴェインは少し迷ってから頷く。

「…今は聞こえてない。…でもきっとまた…」


その瞬間、ゼファーの表情が僅かに険しくなり、青黒い瞳が冷たい影を帯びた。けれどそれ以上は聞かなかった。聞けば答えへ近づいてしまいそうで…怖かった。


__夕方頃、二人はレイヴ村へ辿り着いた。


小さな村だった。畑、古びた家々、小さな井戸。どこにでもある普通の村。


なのに、空気が重く妙に静かだった。人はいるが誰も笑っていない。村人達は皆、どこか怯えたように空を避けているようだった。


ヴェインは小さく眉を寄せる。

「……変だね」

「あぁ」

ゼファーも周囲を見回す。まるで村全体が、夜を恐れて息を潜めているみたいだった。宿を兼ねた酒場へ入ると、村長らしき男が二人を出迎えた。

「冒険者の方ですか……!」

その顔はひどく疲れていた。目の下には濃い隈。何日も眠れていない顔だった。


事情を聞くと、村の異変は数日前から始まったらしい。夜になると村人がふらりと外へ出て行く。村の中だけでなく、気づけば森に向かって歩いている者もいると言う。彼らを呼び止めても反応しない。その様子はまるで夢遊病みたいなのだと。


「……歌は?」

ヴェインが静かに尋ねる。

村長の顔色が変わった。

「知らないメロディーが聞こえるんです」

掠れた声。

「夜になると……どこからか」

酒場の空気が冷える。

村人達も皆、怯えたように俯いていた。


その時、店の隅から小さな鼻歌が聞こえた。



♪ 〜〜〜〜〜



ヴェインの呼吸が止まる。視線の先には椅子に座っている小さな女の子。虚ろな目で机を指先で叩きながら歌っている。



♪ 〜〜〜〜〜



ヴェインは立ち上がった。

「……君、その歌」

少女はきょとんと顔を上げる。

「うた?」

「今、歌ってた…」

少女は不思議そうに首を傾げた。

「知らない」


……………!

ヴェインの背筋に冷たいものが走った。


知らないのに歌っていた…、誰かに歌わされているみたいに…。


ゼファーも表情を険しくする。その青黒い瞳が静かに細められた。


店の空気は重く息苦しかった。


___夜


二人は村へ泊まることになった。


窓の外には白い月の光が妙に明るく、ヴェインは眠れなかった。胸の奥が落ち着かない。耳の奥で歌が揺れている。



♪ ゆら ゆら



冷たい

苦しい

寂しい

知らない感情がゆっくり流れ込んでくる。


ヴェインは窓へ近づいた。

……………!

ぞわり、と背筋が粟立つ。


彼は感じ取っていた。森の奥にいる夜禍の気配を…それも一体じゃない…複数いる。異様に濃い気配だった。


ヴェインは目を見開いた。

…どうして分かる…まるで繋がっているみたいに。


その時、廊下から引きずるような足音が聞こえた。


ヴェインとゼファーは同時に扉を開く。2人の視界に入ってきたのは廊下を歩く人、村人だった。一人、また一人、その目は虚ろで感情のない顔をしている。皆が行く先には森がある。そして小さくメロディーを口ずさむ。



>♪ 〜〜〜〜〜



ヴェインの胸が大きく脈打つ。

歌が近い

頭の奥が熱い

森から何かが呼んでいる。


ヴェインは苦しげに呟く。

「……森の奥だ」

ゼファーが振り返る。

「何」

「夜禍」

ヴェインは眉を寄せた。

「強いのがいる。すごく近い」


ゼファーの表情が変わる。

これは普通じゃない。夜禍の位置をここまで正確に感じ取れるはずがない。


ヴェイン自身もそれを理解していた。だから怖かった。自分の中で何かが変わっていく。静かに…確実に。


その時だった。



♪ おいで おいで



歌がはっきり聞こえた。


ヴェインの瞳が揺れ、足が勝手に前へ出る。


月明かり

白い霧


引き寄せられる。

頭の奥が、意識がぼんやりとしていく。胸の中の何かがその歌に応えようとしていた。



♪ おちておいで



無意識に外へ歩き出すヴェイン。その背をゼファーが見ていた。青黒い瞳が鋭く細められる。

「……ヴェイン」

呼びかけても返事がない。


ただ歌へ引かれるように歩いていく。

その姿がひどく危うく見えた。

まるで、夜に呑まれかけているみたいだった。


次の瞬間、ゼファーは強くヴェインの腕を掴み、勢いよく引き戻した。


ヴェインの身体が止まる。


「……どこ行く気だ」

低い、とても低い声だった。怒っているわけじゃない。その奥にあるのは強い焦りのように感じた。


ヴェインはようやく我に返る。目の前にはゼファーの顔。鋭い瞳が真っ直ぐこちらを見ていた。その瞳の奥に滲む感情を見て、ヴェインの胸が僅かに痛む。


…恐れている。自分が壊れていくことを。


☪︎••┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈••☽

ちょこっとキャラクター紹介2


【ゼファー】

背は高く、青黒く鋭い目、雑にかきあげたような前髪の青年。ヴェインの幼なじみで4歳上の監視者。黒翼の一族という、人々に忌み嫌われ惨殺された一族の生き残り。口は悪く皮肉屋だが、実際は面倒見が良い。「最悪の場合、ヴェインを止め(殺さ)なければならない」という覚悟を持ち、戦闘では圧倒的な素早さと近接能力、種族特有の力を用いる。感情を言葉にするのは苦手だが、行動で示すタイプ。


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