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努力家の陰陽師

 睦月《むつき》の四日、その日の朝は粉雪がぱらぱらと降っていたようだ。

 だが、昼前には雪は止み、徐々に雪雲が少なくなってきた。青空も次第に広がっていき、太陽もはっきりと見えている。


 どうやら、昼頃には晴れてくるようだ。雪が積もったとしても、晴れてくるなら、すぐに溶けていくだろう。




 灯里《あかり》が衣根《いね》ノ国《くに》に迷い込んで、五日間が過ぎた。

 快く洗濯物干し等の手伝いをしたり、〈翠《みどり》の宿〉の人々と積極的に雑談をしたりするようになったので、灯里はリラックスしながら見知らぬ異世界での生活を送っているようだ。



 昼食を食べ終わった後、灯里は火桶《ひおけ》の側《そば》で、窓から外の様子を見ていた。

 雪雲はほとんど消えて、澄み切った青空である。外出したくなるような気持ち良い快晴のようだ。


 その時、客室の出入り口である戸から、聞き覚えのある渋《しぶ》くて落ち着いた声が聞こえたようだ。


「異世界から来た娘……、名を灯里といったかえ? すまぬが、儂《わし》は獣の姿で器用に戸を開けられない故、代わりに開けてはくれぬか?」


 灯里は「……はいっ」言うと、駆け足で部屋の出入り口の方に向かった。

 出入り口の引き戸を開けると、子虎の姿の白虎がゆっくりと部屋に入ってきたらしい。


「白虎様、こんにちは。何かご用でしょうか?」


「ああ……。今、お主が元の世界に帰ることができる方法を探しておる。直匡《なおまさ》も手伝ってくれる上、何故《なぜ》か奴が気配を残してくれたこともあり、早くお主の居る世界に戻れる手段が見つかりそうだ。……安心すれば良いぞ」


「そーなんですね!! 本当にありがとうごさいますっ!」


 元の世界に帰れるかを気にしていた灯里は、白虎の言葉を聞いて一安心したようだ。彼女は深々と頭を下げて、白虎に丁寧《ていねい》にお礼を伝えたのだった。


「それと……、お主は、今日の昼間の予定を決めたかの?」


「そーいえば、二郎《じろう》くんから〈翠の宿〉の近くに、いい感じの遊歩道があると聞いたから、今日の昼過ぎに行ってみようかな、と思っていました」


「それは良い。では……、儂も共に行って良いか?」


「もちろん、いいですよ! なら……、今から一緒に行きましょうか?」




 灯里と白虎は、〈翠の宿〉の大きな玄関帳場から外に出ると、寒空の下を歩き始めた。

 外気は冬らしく相変わらず冷たいが、美しい緑の中に居ると、寒さを忘れてしまいそうな程、とても爽やかな気持ちになる。


 歩いている途中で、突然ボンッと鈍《にぶ》い音が隣《となり》から聞こえたので、灯里は腰が抜けそうになるくらい非常に驚いたようだ。


「あ〜、急に驚かせてすまんの。茅葺《かやぶ》き屋根の家で泊まらせてもろうた時も一応、子虎の姿でな……。子虎の姿に化けているのは、なかなかの神通力が必要で、疲れるものなんじゃ。此処《ここ》らで、本来の姿に戻ろうかと思うて」


 元の姿になった白虎は、子虎の姿より十倍以上の大きさの、立派な凛々《りり》しい白い虎だ。白虎が四つ足で立っている時は、神の背中は灯里の身長より少し高いらしい。



 一人と一頭の神は、〈翠の宿〉の人々が住む茅葺き屋根の家の傍《そば》に行ったようだ。

 茅葺き屋根の家の裏側の近くには、『遊歩道 入口』と書かれた木の看板が設置されていた。黒い墨《すみ》で書かれたような矢印もある。


 多くの木材が敷かれた横幅のある道を、白虎と灯里は前へと進んでいく。

 話すことのできる獣の神と一緒に歩いていて、灯里は夢の中に居るような不思議な感覚になっていた。



 ……と、森の中の遊歩道の途中、少しだけ離れた砂利道の山道に、直匡《なおまさ》が一人で居ることに、灯里と白虎は気が付いたようだ。

 灯里は直匡に声をかけようと、遊歩道から外れた砂利が引かれた山道の方に向かった。彼女のあとを白虎もついていったらしい。


(金《ごん》は木《もく》に勝ち、風となって安全な場所まで運べ)


〈翠の宿〉の休憩室にある炭櫃《すびつ》の炭に火を付けていた時と同じように、直匡は口の前で人差し指と中指を立てながら、そう唱えていた。

 彼は、積もっていた雪の重みで折れてしまった老木の枝を、呪術を使って山道から離れたところまで運んでいるようだった。折れた枝は、竹箒《たけぼうき》の柄より細いものから人の片腕よりも太いものまで、様々な大きさのものがある。


「直匡さん、お疲れ様です。……あっ、今も術を使って、お仕事されているんですね!」


 笑顔で灯里が声をかけると、直匡は灯里と白虎にすぐに気が付いた。彼は穏やかな表情で、灯里たちに話し始めたようだ。


「ああ……、君か。白虎様もご一緒だったんだったんだな。

 ……そうだな。此処《ここ》は都に比べると妖《あやかし》が少なくて、化け狸くらいしか見かけないし、悪さをする者もほとんど居ないから、派手に術を放つ機会が無いけどね。本業以外のことで術を使うのは鍛錬にもなるが、奥日雅《おくひが》の人たちの役に立てて、喜んでもらえるのは光栄なことだと思っているよ」

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