久しぶりの休息
灯里が千夜から後々聞いた話だが、大昔、ある晩秋の時期に、仕事で森の中に居た若い狩人が外つ国の神である白虎から「奥日雅は良い木材が育つし、掘れば素晴らしい温泉も湧くので、やってみなさい」というようなことを拝聴した、という民話があるという。
また、日雅山の中腹にある神社では、奥日雅の守り神として、白虎を祀っているそうだ。
大晦日の次の日は、衣根ノ国でも元旦であるらしい。
灯里が夕食を食べている時、彼女はおとから、明日に初詣に一緒に行かないかと誘われた。
元旦は、数少ない〈翠の宿〉の休館日だ。毎年、おとと二郎と千夜の三人は、日雅山の中腹にある白虎の祀る神社と、神社の近くにある寺院に、参拝しに行っているそうだ。
ちなみに、山の中腹には複数の温泉宿が集まり、木製の家具や小物などを作って販売する店が並んでいるらしい。
山頂近くにぽつんとある〈翠の宿〉よりも、中腹にある広い温泉宿の方が宿泊客が多いそうだ。
灯里は山の中腹にある神社と寺院に興味を持ったが、日が昇る前に徒歩で行く予定だと聞いて、夜中に起きる自信が無いな……、と思ったようだ。〈翠の宿〉から山の中腹までは、少し距離があるらしい。
それに、ゆっくりと温泉に浸かって、身体を十分に休ませることを優先させたいと感じ、神社と寺院に行くことを見送った。繰り返した悪夢のせいで、熟睡できない日が続いていたので、身体の疲れを取るのは時間がかかりそうだ。
ある日の夕方前、日が沈む前に灯里は一人で温泉に浸かった。
七日ごとに男湯と女湯が替わるらしい。今回、彼女が居たのは以前入った檜風呂がある浴室ではなく、石風呂の内湯がある方だ。
石風呂は青っぽい美しい石で作られていて、別の浴室にある檜風呂よりは少し小さいようだ。
内風呂は一つだけで、洗い場も八ヶ所のみである。
体を洗って、石風呂にしばらく入った後、灯里は露天風呂に行ってみた。
ここ数日間は晴れの日が続いているから、外に積もった雪もだいぶ溶けているだろう。
(あれっ?? もしかしてココって、大雪の時に私が居た場所……?)
灯里が衣根ノ国に辿り着いた時は、悪天候でよく見えなかったが、石風呂よりも一回り大きい岩風呂があるようだ。
平たい石の通路を歩いていった先、岩風呂の手前には、大きな備え付けの傘が設置されていた。
それから、岩風呂の側面は、無数の植物で覆われている。森の中に岩風呂があり、地面に生えている植物と岩風呂を囲んでいる植物が繋がっているようにも見えているので、岩風呂はまるで森の一部……かのようだった。
灯里は冒険しているようなワクワクした気持ちになり、露天風呂に入ったのだった。
(とっても幻想的だし、ホント癒やされるなぁ〜)
千夜たちが日雅山の神社と寺院に参拝しに行っている時、留守番をしている太郎が、灯里に檜風呂の内湯がある方の露天風呂について教えたようだ。
そちらの露天風呂も、森と一体になったような雰囲気の、素晴らしい岩風呂だそうだ。
とはいえ、檜風呂側と違う部分が一つあり……。外にある岩風呂の先には少し開けたところがあって、遠くから小さな湖を眺めることができる、とのこと。
その湖は〈香神湖〉というらしい。
初詣から帰って来た千夜は、洗濯を終えた乾かしたガウンやパジャマなどを、灯里が使わせてもらっている寝室まで届けたようだ。
秘境の温泉を満喫しながら、衣根ノ国での正月の三が日は、灯里はまったりと自分のペースで過ごしていたらしい。
まあ……、完全に寝正月になっていたが、彼女の心身の疲れはだいぶ癒えたのだった。




