不安でも、自信が無くても……
すると、水色の光に包まれた白い蝶のようなものが、森の奥からふわふわと飛んできたようだ。その蝶に似たものは直匡の傍まで来ると、彼の左肩に止まった。
「不思議なチョウチョですね! かわいい〜」
「これは式神だよ。てっ、まあ……、式神を使役するのは、実は得意ではないのだがな。余程の悪天候では無い限り、毎日練習しているのだが……、今日も長く飛ばせず……のようだ」
「直匡さんは努力家なんですね。素晴らしいです!! 私も見習って、いつまでもくよくよしないで、前を向いていかないと、ですねっ」
「やはり君は、この国に辿り着く前に、何か……とてつなく辛いことがあったのだな」
何気無く言った灯里の言葉を聞いて、直匡は分かりやすいくらい暗い顔になった。
灯里は直匡の予期せぬ発言を聞いた後、冷静なイメージのあった彼の意外な表情も見つめながら、きょとんとしてしまったようだった。
「……すまない。初めて此の地に来た日の、君の憔悴し切った姿を見た時から、ずっと気になっていて、な……。ああ、もちろん君が話したくないことなら、話さないでいいよ」
そして、灯里は「少しは心の整理がついたかも、ですね……」と呟くと、衣根ノ国に来る前の出来事について、ぽつりぽつりと話し始めたのだった。
幼い頃に事故で亡くし、数週間前には育ての親だった大好きな伯母も、病気のせいで失ったこと……。その伯母は書道教室の師範で、長年、自分も書道も習い続けていたのだと。
それから、今は『高校』という施設で、高齢者等の日常生活のサポートをする介護福祉士になるために、彼女は一生懸命、勉学に励んでいることも……。
灯里は人と接するのが嫌いではなく、体力もある方で、亡き母親も介護福祉士だったこともあり、ちょっとだけでも母のことを知ることができるかもしれないと思ったから、そのような進路をひとまず決めたのだと、直匡に話したようだ。
「両親が亡くなった当時のことは、たった三歳の時だったから、ほとんど覚えていないんです。だけど、はっきりと覚えている伯母さんの死はものすごく心が痛んで、目の前が本当に真っ暗になってしまったからか、これからどうやって生活していけばいいのか、希望している進路は本当に今のままでいいのか、全く分からなくなってしまって――」
様々な想いを吐き出した灯里は、直匡以上に表情を曇らせていた。彼女は両目を潤ませて、涙を流す一歩手前の状態だった。
しばらくの間、灯里も直匡も沈黙していたようだ。白虎は灯里の後ろで、静かに二人の会話を聞いている。
……と、直匡が灯里に優しく微笑んだ後、再び彼女に語り始めた。
「まあ……、将来云々は繊細なことだから、早急に決めることができなくても当然じゃないかな? 日々のことを地道にこなし続けていれば、いずれは己の進むべき道が必ず見えてくる、と思う。私もそうだったから……。
だから、再び冷静に考えることができるようになるまで、進むべき道がはっきりと見えてくるまでは、焦らずにゆっくりと過ごしていくことも大切だよ。『何も考えないと時間をつくってみる』とか……。と言いつつ、それは千夜さんからの受け売りだけどね」
直匡のアドバイスらしき話を聞いて、灯里は少しずつ落ち着きを取り戻したようだ。
百パーセントは理解できなかったかもしれないが、人生の先輩としての直匡の温かい心情は、彼女には十分に伝わった。
話を聞いてもらった直匡に、灯里は何度も頭を下げながら、熱のこもったお礼を伝えたのだった。
「……灯里よ。儂は直匡と話したいことがあるから、遊歩道で先に戻っていてくれないか? 悪いな、すまぬ」
灯里と直匡の長い会話が終わると、白虎はそのように声をかけた。
灯里は「……分かりました」と明るい声で言うと、遊歩道をUターンして、の方へ歩いて行ったようだ。
直匡が白虎に近づこうとする前に、白虎の方が先に直匡の傍に来た。
「あの、白虎様……。お話とは、どのようなことでしょうか?」
「うむ……、直匡よ。お主に関心の無い父親を見返して、格下だと馬鹿にしている兄にも一泡吹かせてやりたい、とは思わぬか?? ……どうだ、この儂を式神にするのは?」
格の高い神獣である白虎から、思いもよらぬ提案をされて、直匡は非常に驚いて、声も出せない様子だった。彼は小さく口を開けて、少しの間だけ硬直してしまったが、絞り出すような声で言葉を発した。
「ごっ……御冗談ではなくて?? 陰陽師として、私はまだまだ半人前で――」
「半人前やら一人前やらは関係無い。ただ儂は、奥日雅に赴任してきた三年程前から、陰陽五行の呪術の鍛錬だけでなく、苦手な式神の使役を練習までもを、ほぼ毎日、怠ることの無かったお主に、深〜く感銘を受けておる。あの娘も、お主のことを『努力家』だと褒めておったであろう?
自信を持つのだ、直匡。お主は、この秋と金を司る神が認めた漢であるぞっ!」




