呪術に、不思議な獣!?
翌朝になると、外の雪が完全に止み、太陽もはっきりと姿を現していた。
どうやら、今日は気持ち良く晴れそうだ。
灯里が目覚めたのは、日が昇ってから間もない時間だった。
冬の朝は相変わらず寒いが、灯里は心地良く起きられたようだ。彼女は全く悪夢も良い夢も見なかったが、数週間ぶりに熟睡できたらしい。
布団を畳んで、ゆっくりした足取りで客室を出ると、灯里は炊事場まで行ってみた。すると、千夜が洗いたての洗濯物が入った籠を持って、ちょうど外から炊事場に入ってくるところだった。
千夜曰く、〈翠の宿〉の一家と直匡は、温泉宿の炊事場の隣にある、茅葺き屋根の家で睡眠を取っているらしい。
灯里が炊事場近くの厠へ行ってから、千夜から温かい玄米茶を馳走になっていると、直匡の次に、太郎と二郎とおとが起きてきたようだ。
炊事場の窓から外を見ると、直匡たちが茅葺き屋根の家から炊事場へ歩いてくる姿が見えた。
炊事場で灯里が二杯目の玄米茶を飲んでいる時、おとが廊下から灯里を呼んだようだ。
「おはよ、あかりちゃーんっ。今ね、なおくんが、きゅうけいしつのすびつのすみに火をつけてるよ! 見て見て〜」
灯里はおとに朝の挨拶をすると、炊事場の向かい側にある従業員用の休憩室に、おとと一緒に入った。
八畳の畳が敷かれている休憩室には、直匡と二郎が居るようだ。直匡は部屋の角の前でカエル座りをして、直匡の側に二郎が立っていた。
部屋の真ん中には、卓袱台といくつかの座布団が置いてある。
(木は火を生じ、この部屋を隅々まで温めておくれ)
烏帽子を被った直匡は、右手の人差し指と中指を立てながら、心中でそう唱えると、炭櫃と呼ばれる窪みに入っていた炭に火が付き、燃え始めたようだ。
直匡は要領良くスムーズに、四カ所ある炭櫃の炭に火を付けていった。
「なおまささん、さっすが!! 火付け石を使わずに火を付けるなんて、やっぱ陰陽師ってスッゲーなっ!」
「ははは、大したことはしてないよ。でも、ありがとう」
二郎に褒められて、直匡は涼し気な目を細くして、爽やかな笑顔になったようだ。
灯里は、二郎と直匡の微笑ましいやり取りを見て温かい気持ちになり、自然と微笑んだ。そして、直匡の使った呪術を目をして、自分が異世界に居ることを、彼女ははっきりと自覚したらしい。
灯里が直匡と太郎に朝の挨拶をすると、二人は灯里に気が付いた。
「あかりさん、おはよーっ!」
「おはよう。よく眠れたか?」
直匡の問いに「はい、ぐっすりと眠れました」と、灯里は笑顔で答えた。
灯里の落ち着いた返事を聞いて、直匡は「……良かった」と小声で呟いたようだ。
四人は休憩室で一服した後、千夜と太郎と一緒に朝食の準備をした。
今日の朝食は、雑穀米が入ったごはんに大根葉の味噌汁と、大根と厚揚げの煮物と鯵の干物である。大きな蜜柑も一人に一つずつ配られた。
皆で朝食を食べている時、太郎が灯里に自分たちの家族について、いろいろと話していたようだ。
半年以上前に、太郎の妻で二郎とおとの母親であるさゑが、疫病で亡くなったと……。さゑがこの世を去る前は、五人で〈翠の宿〉を切り盛りしていたらしい。
現在は太郎は八歳で、おとは六歳だという。
豪雪地帯の人里離れた山奥で、祖母と父親と共に、太郎とおとは明るくたくましく生きているのだな……、と灯里は感心していたようだ。
と、蜜柑を食べ終わった灯里は、温かい玄米茶を飲みながらハッとした様子になった。
「そーいえば、今日って何月の何日ですか??」
「師走の三十一日だ。大晦日、だなっ!」
太郎が灯里に今日の日付を教えたようだ。
ふと壁を見ると、一ヶ月分の暦らしきものが貼られていた。大きな半紙に手書きで、黒い墨で書かれているらしい。
師走と言えば、灯里が暮らしている日本の十二月……、旧暦の呼び方である。
自分が日本に居た最後の月日を、灯里は何とか思い出してみたようだ。
(たぶん……、最後に寝たのは十二月二十九日だったような……。日本と衣根ノ国では、時間の流れは一緒なのかなぁ……。どーなんだろう?)
考えても分からないことは、どうしようもない。元の世界に帰ることのできる方法は、果たしてあるのだろうか。
灯里は、数日間も世話になっている〈翠の宿〉の人たちに心から感謝しつつも、普段通りに高校に通う等の日常生活にいつ戻れるのか、非常に心配であった。
〈翠の宿〉の者たちと朝食の片付けを済ますと、灯里は一旦、寝泊まりをさせてもらっている客室に戻った。
今日は、心労と悪夢から来る睡魔は襲ってこないようだ。
まずは薫の死を完全に受け入れられるか、いつになったら元の世界に帰れるか、そのような心配事を一時的でも考えないように、灯里は〈翠の宿〉の周辺を散歩してみようと思ったのだった。
窓から入ってくる朝の日光は、とても心地良いものだ。
その時、灯里が無意識に炊事場とは反対側の窓を覗くと、彼は見たことの無い子どもらしき獣を発見した。その小さな獣は突き出た屋根の下で、仰向けになりながら、左右に体を滑らかに動かしているようだ。
灯里は小さな獣が気になったので、千夜から借りた草鞋を履き、外に出て獣に近づいてみた。
……と、その獣は灯里にすぐに気が付いたようだ。澄んだ淡い青色の目で灯里を見つめると、獣は動きを止めて欠伸をした。その後、獣は仰向けになりながら、また左右に手足を動かし始めた。
(そーいえば、動物がおなかを見せている姿はリラックスした状態で、相手を信頼している証だって、ゆいちゃんが言っていたような……)
保護猫を飼っている友人から聞いた話を思い出すと、灯里はゆっくりとしゃかんで、その獣の背中を慎重に撫でてみた。
撫でられた獣は、相変わらず左右にコロコロと動き続けている。どうやら嫌がってはいないようだ。
(人馴れしたホワイトタイガーの子どもかな?? とりあえず、ゴハンをあげてみようっ!)




