雪国の優しい人たち
すると今度は、いつの間にか三角巾を取っていた太郎が灯里に話しかけた。
彼の三角巾の下は、坊主頭らしい。
「あんた、外つ国出身の旅人かい? こんな山奥の大雪の中で行き倒れそーになってた、っておばあから聞いたけど……。旅の途中で、何か大事に巻き込まれたりしたのか??」
「う〜ん……。外つ国の生まれではあるのですが、実はあまり記憶が無くて――」
と、灯里が太郎の質問に答えた後、落ち着いた表情だった千夜が「コラ、太郎っ!!」と突然怒鳴った。
「野暮なことを聞くじゃないよ! 辛いことがありゃ、記憶が飛んだって当然だろうがっ。ったく……、娘の顔を見りゃ、相当疲れているんだと、はっきり分かるはずじゃろ!!」
物凄く険しい顔になっていた千夜を見ると、太郎はギョッとして、両肩をビクッと動かした。彼は萎縮しながら、千夜と灯里に頭を下げて謝ったようだ。
「いえ……。外つ国から迷い込んだらしい私にいろいろと気にかけてくださって、本当に感謝しています」
「じゃあ、太郎と二郎や! 灯里を一人用の客室に案内しておくれ。それと、布団も敷いておくんだよ」
「ええっ!? あっ、あの……、私は客ではないし、お金も全く持っていなくて――」
「いーんだよっ、細かいことは気にしないさ。今は雪で山道が塞がっている時期だし、都辺りに住まれている貴族の方々はめったに泊まりに来ないし。山奥まで仕事に来た数人の狩人しか泊まりに来ないから、ほとんど空室なんだよ。
一文無しでも構わへん。お前さんは疲れ果てているんだから、広い部屋でゆっくり休みなっ!」
「……気を遣ってくださって、ありがとうごさいます」
千夜に深くお辞儀をすると、灯里は太郎と二郎のあとについていったようだ。
「あとっ、二郎は替えの部屋着を一式、持っていってくれるかい?」
二郎が「はーい、ばーちゃんっ」と返事をすると、二郎と太郎と灯里の三人は廊下を歩き始めたのだった。
太郎と二郎に案内されたのは、炊事場と反対側のこぢんまりとした客室だった。
客室前の廊下からは、炊事場の出入り口が見える。温泉宿は、コの字型の建物のようだ。
三人が客室に入ると、太郎と二郎は手際良く押し入れから布団を出して、手早く畳の上に敷いた。
それから太郎は、窓際にある、灰や炭が入った火桶と呼ばれる木製の入れ物に、火付け石で火をつけた。衣根ノ国の暖房器具らしい。
「あぁ〜。そーいや、直匡くんは都で有名で高名な陰陽師様のご子息だって、山の中腹にある神社の神主さんが言っていたぜ。……んなら灯里さん、十分に休んでなっ!」
「では、ごゆっくり〜」
太郎と二郎が客室から出ていくのを見送りながら、灯里は礼儀正しくお礼を言った。
灯里がふと窓の外を覗くと、段々と雪が止んできたようだ。
雪雲も少なくなっていて、ところどころ青空が見えている。
(晴れてくるといいな……)
そう心の中で呟くと、灯里は大きな欠伸をした。その後、彼女は敷かれた布団の方にそろそろと向かったのだった。
(悪夢ばっか見てたからか、凄く浅い眠りが続いていたんだな……。とんでもなく眠いから、とりあえず寝よう)
太陽は南の空を通り過ぎても、灯里はずっと眠り続けていたらしい。
トイレに行きたくなって、客室に居た灯里が起きた時には、すっかり夕方になっていた。
客室を出て、駆け足で炊事場まで行ってみると、〈翠の宿〉の四人だけ動いているのではなく、陰陽師の直匡も夕食の支度の手伝いをしていたようだ。
「お世話になっているのに、あまりお手伝いできなくてすみません。とっ、トイ……じゃなくて、厠はどこでしょうか?」
「近いとこだと、廊下を出て、右側の突き当たりにあるよ!」
炊事場近くの厠から灯里が帰ってくると、すでに夕食ができていたようだ。
灯里が朝食を食べた、あの大きな囲炉裏がある場所に皆で集まっている。
麦ごはんに茶碗蒸し……、メインは鹿肉の肉団子が入った、野菜たっぷりの醤油ベースの鍋らしい。囲炉裏には、巨大な土鍋が二つ吊るされている。
茶碗蒸しには、ほうれん草や鶏肉や干し椎茸以外に、大粒の銀杏が複数入っているようだ。
(鹿肉を初めて食べたけど、さっぱりしていて美味しかったぁ〜)
食後にみかん一個を食べ切った後に、灯里は食器洗いの手伝いをしたのだった。
夕食の片付けを終えると、灯里と千夜以外の四人は囲炉裏の前で談笑していたようだ。
慣れないところで一日を過ごしたからか、灯里は少しくたくたになった。
とはいえ、彼女は久しぶりに明るい気持ちになったらしい。素性が分からない異世界人の娘とはいえ、千夜たちが優しく接してくれたからだろう。
「お休みなさい」と千夜たちに伝えると、灯里は炊事場を出て、昼寝をさせてもらった客室に静かに戻っていったのだった。




