異世界へ導いた者は?
衣根ノ国の暦では、睦月の十三日である。
奥日雅の地では、今日も朝から小雪が降っていた。たまに雪は止んでいた時もあったが、昼近くになっても、相変わらず曇り空のままのようだ。
太陽が南中する時間の少し前になった時、灯里を衣根ノ国に飛ばした者が〈翠の宿〉に到着したらしい。
二頭の獣の姿をした者たちが白虎に案内されたのは、広い応接間だった。
二頭が座布団の上に座っている向かい側には、灯里と成獣の姿の白虎が居る。
灯里と白虎の後ろ側、少し離れたところには、直匡と〈翠の宿〉の四人が座っているようだ。
「水越灯里殿。この度は、我が息子が多大なるご迷惑をかけ、大変申し訳ありませんでしたっ! 族長の許可も頂いたので、本日中に元の世界へお帰し致します」
「おねーさん、ホントにホントにごめんなさい……。ボク、おねーさんが長い間ね、悪夢に苦しめされているのを見てられなくてっ!! 悪夢から解放されて、早く元気になって欲しくて、うっかり神通力を使っちゃったのっ! 一気に異世界まで飛ばしてしまって、ごめんなさい……」
白と黒の毛で、細長い口を持つ摩訶不思議な獣は、獏と呼ばれる夢と時空を司る神獣の一族であるという。普段は天界にある離島に住んでいるため、人間に関わるのは大変珍しいそうだ。
直匡は昔、ベテラン陰陽師である父親から、獏は元々、様々な神から言伝を預かり伝える等の役目と果たす使者として、天界で働いている、と聞いたことがあるらしい。一人前の使者になる修行として、地上界に住む人間の悪夢を喰べるという。
そのように父親から聞いた話を思い出している一方で、直匡は灯里が元の世界に帰ることができるのは喜ばしいことだと思いつつ、だいぶ自分の気が晴れないな……と感じていたようだ。
(彼女のことが気になってしまうのは、やはり頼りない半人前の私を努力家だと褒めてくれたから、だろうか。もし彼女と金輪際、会えなくなってしまったなら、果たして私は、この悲しさにずっと耐え続けていけるのだろうか……??
……ああ、そうか私は――)
直匡が灯里に対する自分の感情について自問自答していた時、灯里を衣根ノ国に飛ばした獏の父親が再び言葉を発した。
「いくら灯里殿に同情したからと言っても、『天界の緊急時以外に、時空を超える力を使ってはならぬ』という決まりを破ったことに変わりはない。厳しい罰を与えないといけないなっ! ハアァァ……」
その時、白虎が「待たれよ、獏の父君」と威厳のある声を出すと、獏の父親に堂々と落ち着いた様子で話し始めたようだ。
「決まりを破ったことは、確かに悪いことだ。しかし、この子獏が他種族に寄り添う優しい心を持っていることは、誇りを持つべきであるぞ! それ故、罰を与えるのではなく、特別な修行として、息抜きが苦手な灯里を今後も衣根ノ国へ連れていくことをさせてはどうじゃ? お主の息子の長所を活かすことができるし、灯里がうまく気分転換するための手伝いもできるから、二倍も善い行いができる。……父君よ、どうかね??」
「な、何という勿体ない御言葉っ!! 慈悲深い御名案……、誠に感謝致しますっ!」
「息子殿よ。では、灯里に名を付けてもらうのが良いだろう。この国へ再び行く際に、何かと便利であろうからな」
白虎から予想外の提案を聞いて、灯里と獏の子どもは非常に驚いたようだ。
しばらくの間、灯里は子獏の名前の候補を考えると、恐る恐る自分の案を声に出してみた。
「細長い口が特徴的で、三日月に似てるから、月丸という名前は……?? なんだけど、呼びにくい気がするから、普段はツッキーっていう愛称で呼ぶのはどーかな?」
「二つも名前を頂けたんですねっ!! とっても嬉しいです〜♪」
灯里の偶然の思いつきで決めた名付けに、獏の子どもは目を真ん丸くして、非常に喜んだ。
灯里も子獏の反応を見て安堵し、少し嬉しくもなった。
白虎と月丸と話し合い、灯里は今日の夕方辺りに、日本に戻ることになった。
千夜からもらった〈翠の宿〉の部屋着を着たまま、灯里は洗濯済みのパジャマなどを持ちながら、彼女は衣根ノ国で世話になった者たちに最後の挨拶をしようとしていた。
日が沈む前に、千夜と太郎と二郎とおと、そして直匡と白虎は、〈翠の宿〉の玄関に集まっていた。千夜と太郎とおとは、感極まって涙を流している。
灯里と月丸の近くでは、月丸の父親が息子の初仕事を静かに見守ろうとしていたようだ。
「あかりちゃん、またぜったい来てねっ!!」
「灯里さん、元気でな!!」
「ここを、第二の『実家』だと思ってくれていーからっ。灯里や、必ずまた戻ってくるんだよ! 必ずっ!!」
千夜から両手を握られると、灯里は両目を潤ませながら、何とか頷いたようだ。
「あかりさん、まったね〜!!」
「月丸には、お主の国の時間を異世界転移した日まで巻き戻すよう頼んである。では……、再び会える時まで達者でな」
次々と〈翠の宿〉の者たちと白虎から温かい言葉をかけられて、灯里は胸がいっぱいになった。彼女は深々と長くお辞儀をして、心からの感謝の気持ちを精一杯、皆に伝えたのだった。
「……そろそろ行こうか、ツッキー」
と、灯里が横に居る月丸に声をかけた直後、直匡が全速力で灯里の傍にやって来た。
そして――
「灯里っ!! 次の春になったら、〈香神湖〉に連れていくから……。温かくなった時期に、また会おうっ!」
今まで聞いたことの無い程の大声で、そのように直匡が灯里に伝えると、灯里は驚きつつも、少し恥ずかしそうに「……はい」と返事をした。
その後、灯里と月丸が眩い金色の光に包まれて、完全に姿が消えるのを、衣根ノ国の住民たちは最後まで見届けたのだった。
月丸の父親は、白虎に再びお礼を伝えると、瞬間移動をして天界に帰っていったようだ。




