第四話 夜凪
同日投稿四話目になります
通知は一件。
見慣れた名前。
正確には、名前ではない。
ネットの中で使っている、ただのハンドルネーム。
それでも、その文字を見ると少しだけ安心した。
『初出勤、お疲れさま』
たったそれだけだった。
短い文章。
特別なことは何も書かれていない。
今日どうだったのか。
大丈夫だったのか。
詳しく聞くわけでもない。
ただ、そこに一言だけ置かれていた。
その距離感が、ありがたかった。
俺は返信欄を開いた。
『ありがとう』
そこまで打って、消す。
違う気がした。
冷たすぎる。
『疲れたけど、なんとか終わったよ』
打ってみる。
今度は少し重い気がした。
たかが返信なのに。
なぜこんなに悩んでいるのか、自分でも分からなかった。
昔なら、何も考えず送っていたはずだ。
でも今は違う。
誰かと繋がることが、少し怖かった。
また失うかもしれない。
また傷つくかもしれない。
そんな考えが、どこかに残っていた。
結局、何度も文章を直した後、
『ありがとう。疲れたけど、無事終わったよ』
それだけ送った。
すぐに返信が来るわけではない。
当然だ、相手にも生活がある。
分かっている。
なのに、数分後にはまたスマートフォンを見ていた。
自分でも少し笑ってしまう。
以前の俺なら、こんなことはしなかった。
その人と知り合ったのは、引っ越しを決める少し前だった。
きっかけは、詩だった。
SNSに投稿されていた一つの文章。
派手な言葉はなかった。
綺麗に飾った表現でもなかった。
ただ、寂しさや迷いを、そのまま置いたような文章だった。
なぜか気になった。
気づけば、感想を書き込んでいた。
それが始まりだった。
最初は、投稿に対する短いやり取り。
好きな作家の話。
好きな音楽の話。
眠れない夜に書いた文章。
少しずつ、言葉を交わす回数が増えていった。
不思議だった。
顔も知らない。
声も知らない。
どんな表情で文章を打っているのかも分からない。
それなのに、長年付き合った知人よりも、自分の内側を話せる時があった。
人との距離というものは、不思議なものだと思った。
近くにいるから近いわけじゃない。
遠いから遠いわけでもない。
スマートフォンが震えた。
返信だった。
『そっか、よかった』
それだけ。
少し間を置いて、もう一件。
『明日も無理しないでね』
画面を見つめる。
たった二行。
なのに、不思議と胸の奥が少し温かくなった。
俺は返信を打つ。
『ありがとう』
今度は迷わなかった。
しばらくすると、相手のプロフィール画面が目に入った。
表示されているのは、ハンドルネーム。
「夜凪」
静かな名前だった。
夜の海。
風が止まった時間。
そんな景色を想像する名前。
どうしてこの名前を選んだのか。
その時の俺は知らなかった。
彼女が、自分の本当の名前を好きではなかったことも。
その名前に込めた意味も。
まだ何も知らなかった。
翌朝。
目覚ましが鳴る前に目が覚めた。
昨日と同じ部屋。
昨日と同じ静けさ。
でも、少しだけ違っていた。
枕元のスマートフォンを見る。
新しい通知はない。
それでも、不思議と不安はなかった。
昨日まで、この街には何もなかった。
知っている人もいない。
帰る場所もない。
そう思っていた。
でも今は、
画面の向こうに一人だけ。
自分の一日を気にしてくれる人がいる。
それだけで、少しだけ前を向ける気がした。
俺はベッドから出る。
昨日と同じ、フローリングの床は冷たい。
今日も仕事だ。
まだ2日目、失敗もするだろう。
それでもいい。
昨日より少しだけ、この街に近づければいい。
この時はまだ、この小さな繋がりが、どれほど大切なものになるのか、俺はまだ知らなかった。
本日の投稿はここまでになります!
明日は21時10分投稿。
もし、もしここまで読んでくださった方がいらっしゃるなら、心からの感謝を。
湊と夜凪のこれからを一緒に見守っていただけたら……。
嬉しいなぁ。
エタらないよう、がんばります。




